第11話 零の魔法師

 僕は不機嫌そうに振り返り、こちらに近づいてくる二人に目をやった。正直、仮面で顔の半分が隠れているからいくら表情を作ったところであまり意味はないんだけど、キャラを演じると決めたら妥協は許されない。


「お前ら……なんで夜遅くにこんな所にいたんだ?」


 正直興味はないけど、この状況なら聞かないのは逆に不自然だから一応聞いてみる。すると、僕の前に立つエステルが気まずそうな顔で視線をそらした。


「え、あの、その……」

「犯罪者を見かけたからよ」


 彼女の代わりにグレイスが真っ直ぐにこちらを見据えながらはっきりとした口調で答える。正直言ってあまりこちらを見ないで欲しい。


「私達は冒険者なのだけど、今日ギルドであの男が手配されている事を聞いたわ。それで偶々本人を見かけたからその後を追いかけていた、というわけ」


 ここまでストレートに言われると何も言えなくなってしまう。でも、今のキャラ的にここで問答を終えるわけにはいかない。僕は努めて厳しい表情を浮かべながら話を続けた。


「男を見かけたら騎士団に教えろって言われなかったか?」

「言われたわ」

「ならなんでそうしなかった?」

「そんな悠長な事をしていたら逃げられるに決まっているからよ」


 あっ、ダメだこりゃ。正論すぎて何も言えない。僕もそう思うしね。仮に彼女達が騎士団を呼びに行ったところで、確実にバートを取り逃がしていたと自信をもって言える。だけど、はいそうですかと納得するわけにもいかない。


「かと言って犯罪者を追いかけるなんて危険だろうが。しかも、女二人でなんて……」

「あら?」


 グレイスの纏っていた空気が変わる。例えるなら極寒に吹き荒れるブリザードだ。


「あなたも女をバカにするのかしら?」


 一瞬にして総毛立った。それほどまでの殺気。そして、絶対零度の視線。普通の女の子が出せるやつじゃないよね、それ。危うく戦闘態勢に入る所だったよ。

 僕は努めて平静を装いつつ、軽く肩をすくめた。


「バカになんてしてねぇよ。ただ、お前さん達みたいな美人が歩いてたらアホどもがほっておかないって話だ」

「び、美人……」


 エステルさん、変なところにだけ反応するのはやめてもらっていいかな。確かに二人とも美人だとは思うけど、この場合は褒めているわけじゃないからね。

 照れたように顔を赤くするエステルに対し、グレイスは全くの無表情。こんなにも正反対の性格をしているのに仲がいいから不思議だ。いや、案外そういう方が仲良くなれるのかもしれない。


「とにかく、ここから先は俺の仕事だ。お前らの出る幕じゃねぇ」


 突き放すように言うと、僕は二人に背を向ける。何か反論が来るかと思ったが、意外な事に何も言われなかった。


「あの! お兄さん!」


 二人のもとを去ろうとした僕を切羽詰まったような声でエステルが呼ぶ。お兄さんって僕の事か? 今の性格だと本来の年齢通り年上に見えるのかな?


「……なんだ?」

「な、名前だけでも聞いていいですか?」


 振り返ると、エステルは遠慮がちに上目遣いを向けてきた。何というか、学院にいる時とイメージが違いすぎて違和感がすごい。


「……ゼロだ」

「ゼロ様……」


 こういう状況で名前を聞かれることは珍しいことではないので、いつも使っている偽名を名乗っておく。それを彼女は心に刻み付けるようにゆっくりと反芻した。

 さて、これくらい相手をすればもうこの場を離れてもおかしくないだろう。僕の目的はこんな場所で同級生と世間話をすることではない。そろそろ行かせてもらうとしよう。



 離れていくゼロと名乗った男の背中にエステルは熱っぽい視線を送る。この胸の高鳴りは、以前騎士団の訓練を見学しに行った時に感じたものと同じだった。


「謎に包まれた男、ゼロ様……素敵な人……」


 流星の如く颯爽と現れ、自分達を救い出すと、風のように去っていく。助けてやった、なんて恩着せがましい態度など微塵も感じなかった。あんなのときめかない方がどうかしている。

 でも、自分には心に決めた人物がいるのだ。それなのに、他の男性にこんな気持ちを抱くのは不誠実極まりない。だからといって、自分の心に嘘をつくことは出来なかった。

 エステルは脳裏に焼き付いたゼロの姿を思い描きながら、親友に目を向ける。グレイスも自分と同じように彼の背中を見ていたが、その目は恋する乙女というよりは、獲物を見定める狩人のようだった。少なくとも、助けてもらった相手に向けるべき視線ではない。


「グレイス?」

「えっ? 何かしら?」


 名前を呼ぶと、いつもの顔でグレイスがこちらを見てくる。ゼロに関して色々と話したい事があったのだが、今の彼女にその話をするのは何となく憚られた。


「……これからどうしようか?」


 だから、差し障りのない話題を振る。それを聞いたグレイスは思案するように口元へと手を持っていった。


「そうね……彼のいう通り、私達の出る幕じゃないみたいね。騎士団の関係者みたいだし、私達はこのまま学院に戻ればいいんじゃないかしら?」


「そ、そうね。うん、帰ろう」


 てっきりあの男には任せられないから自分達がバートを探しに行く、とでも言うと思っていたエステルは多少面食らいながら答える。彼女の同意も得られた事で、グレイスは何の未練もないと言わんばかりにスタスタと学院に向かって歩き始めた。慌ててエステルもその隣につく。


「……気づかれないといいけど」

「えっ?」

「何でもないわ。行きましょう」


 グレイスの呟いた言葉が気になったエステルだったが、どうせ聞き返しても教えてくれないだろうと思い、大人しく学院への帰路に着いた。



「はぁ……はぁ……何者なんだ、一体」


 荒い息を整えながら、暗く陰気な道を進んでいく。ここは王都の下水用通路。王都の民が出した生活排水が一堂に会する場所であり、普通の人が好んで利用する通路ではない。

 生活していく中で出てくる汚水とも呼べる水が流れているため、独特な刺激臭充満していた。こんな所を使うのは増えすぎて行き場を失った鼠か、人目を忍びたい人間くらいだろう。


 先程斬られた傷が疼く。バートは顔を歪めながら胸にある刀傷を押さえつけた。


「あの少女達の登場はさして問題にはならなかった。ただ、あの男は……」


 突然現れたイレギュラー。仮面を被っていたせいで顔はよくわからなかったが、そこから覗かれた双眸は人を殺すということをしっかり理解している目であった。現に、あの男が自分を斬ろうとした時、迷いは微塵も感じられなかったのだ。


「鴉の仮面をした男……噂は本当だったのだな」


 研究員時代、彼が同僚から耳にした噂は、騎士団には裏の仕事をこなす第八の部隊が存在するというものであった。その部隊は少数精鋭ながら一人一人が騎士団の中でも屈指の実力を持つ者達で構成され、その中でも特に危険なのが鴉の仮面をつけた『ゼロの魔法師』と呼ばれる男……あの頃は他人に興味がなかったため、ほとんど聞き流していたが、こんな事になるのであればしっかりと耳を傾けておくのであった。


「街のど真ん中でこの魔道具を起動してやりたかったが、そういうわけにもいかなくなった……あの男がいる限り」


 破壊を芸術と称するだけあって、ただ破壊するだけでなく、そのやり方にも拘りがある。できれば一度の破壊でより多くの建物を土に還したい。破壊の密度こそ美しさの指標。最も効率のいい起動場所を探して歩いていたのだが、悠長にそんなことをしている時間はなくなった。


「次に会った時は問答なしで殺しにかかってくるだろう……あの男はそういう類の『獣』だ。芸術など理解できるはずが──」

「やれやれ……随分な言われようだね」


 バートの足がピタリと止まる。恐る恐る声のした方へ振り返ると、鴉の仮面をした男が気怠そうに立っていた。


「今回は暗殺任務ってわけじゃないから、そんな容赦無く殺したりはしないよ。あぁいや、似たようなものか。……まぁ、獣って言うのは否定はしないけど」


 面倒くさそうに告げるその男からは一切の気配を感じない。それがより一層バートの恐怖を掻き立てる。


「な、なぜこの場所がわかった!?」

「さっきあんたの魔力をもらったからね。少しの間だけど、僕にはあんたの場所が手に取るようにわかる」

「僕? 魔力をもらった?」


 先ほどとは全く違う雰囲気に口調。同じなのは服装と射抜くようにこちらを見ている鋭い視線だけ。


「……本当にさっきの男なのか?」


 バートは戸惑いを隠せずにいた。どうしても先ほどまでの荒々しい男と同じ人物には思えない。知り合いがいなくなったからキャラを演じる必要がなくなった、というレイの事情などバートは知る由もないのでそう思っても仕方がないことだった。


「こんな格好をしている人が王都に二人もいると思う?」

「……それが君の本当の姿か」

「本当の姿なんて大仰なもんじゃないけど、話し方とかはこんな感じだね。さっきは知り合いがいたから咄嗟にキャラを演じただけだよ」


 サバサバした感じで答えるレイをバートは注意深く観察する。


「なるほど……流石は裏仕事に従事しているだけのことはあるということか。……だが、今そんな事はどうでもいい!」


 そう言いながらバートは素早く懐に手を入れると、先程の筒型魔道具を取り出した。それをレイは他人事のように見つめる。


「貴様が容赦のない男だということはわかった! こんないんきくさい場所で起動しなければならないのは甚だ不本意だが、致し方ない!私は作品を完成させていただく!」


「……それを起動したらあんたも死ぬんじゃないの?」


「死ぬ? 違うな! 私も芸術の一部となるのだ! 周りも破壊され、自身も破壊される! それこそが究極の作品なのだ!!」


 バートは身体に大量の魔力を充填すると、一気にそれを魔道具へと流し込んだ。その瞬間、魔道具から莫大な魔力が迸る。彼は狂気じみた笑みを浮かべながら、それをこちらに投げ捨てた。


「芸術は爆発だっ!!」


 こちらに向かってきながら勢いよく炎を噴き出し始めた魔道具を見て、レイはゆっくりと手をあげる。


「"削減リデュース"」


 視界が赤に染まった。このまま薄汚れた地下水路もろとも上にある街は破壊される。期待と興奮で満ち溢れたバートの目の前で信じられない現象が起こった。

 自分の投げた魔道具から無慈悲に繰り出される破壊の炎が、目の前の男に吸い込まれていく。


「なっ……!?」


 言葉が出てこない。それほどに常軌を逸した光景が広がっていた。

 たっぷり十秒ほど魔力を回収したところで、全てを吐き出し終えた魔道具がコロコロと音を立てながら虚しく地面を転がる。レイは何かを確認するように手を握ったり開いたりしながらバートの方に目を向けた。


「結構な量を溜め込んでいたみたいだね」

「ど、どういうことだこれはっ!? 一体何をしたと言うんだ!?」


 バートの声が地下水路を反響する。その目は化け物を見るような酷く怯えたものだった。レイは何も答えずにしばらく彼を見据えながら、学院にいる時は絶対に取らない黒の手袋を徐に外し、自分の手の甲を彼に向ける。それを見て、バートは驚愕に目を見開いた。


「……これが僕の能力。魔力零の僕に与えられた、ね」


 そこにはありありと『零』という文字が刻み込まれている。


「魔力零!? そんな人間が存在するというのか!?」

「僕に言われても困るよ。好き好んでこうなったわけじゃないしね」


 あり得ないものを見るよう目を向けるバートに、レイはどうでもよさそうに答えた。この世界に生まれ落ちたときから魔力は身体に備わっているもの、そう信じて疑わないバートにとってレイの存在はまさしく未知であり、恐怖そのものだった。


「だ、だがそれでは説明がつかないだろっ!? なぜ私の魔道具が機能しなかったっ!?」


 その恐怖を振り払うようにバートは声を荒げる。そんな彼を無表情で見つめていたレイだったが、小さく息を吐いた。


「……あまり人に話しちゃいけないんだけど、冥土の土産に教えてあげるよ」


 そして、見せつけるように自分の右手を上にあげる。


「僕は相手の魔力を身体に溜め込むことができるのさ」

「魔力を……溜め込む?」


 道を踏み外してはいるものの、バートが優秀な研究者であったのは間違いない。そんな彼でもレイの言っていることは理解することができなかった。


「さて……仲良く話をする間柄でもないし、そろそろ任務を遂行させていただこうかな?」


 そう言うとレイは身体に溜まっている魔法を解析する。さきほどグレイス達を助ける時に吸収したのは魔力少なめの一点集中型の魔法で、今のは膨大な魔力にあかしてひたすら広範囲に広がるタイプ。二つを組み合わせれば、いい具合に魔法ができそうだった。


「く、くそぉ!!」


 バートが性懲りも無く自分の身体に魔力を充填する。


「無駄だよ。僕に魔法は効かない」

「ふ、ふざけるな! 魔法が効かない人間なんているはずがないだろぉぉぉぉ!!」


 僕が冷静に事実を告げるも、バートは自棄になって魔力を練り上げ続けていた。もういいだろう、さっさと終わりにしよう。

 レイの持つ異端な能力は相手の魔力を奪うだけでは無い。


「お前はいったいなんなんだぁぁぁぁぁ!!」


 ほとんど発狂した様に絶叫しながらバートが魔法を放出しようとする。そんな彼に向かって、レイは小さく呟いた。


「"再利用リサイクル"」


 地下水路を埋め尽くすほど極太な炎の光線がバート目掛けて一直線に向かっていく。目を見開いたのも一瞬、バートはそのまま何の抵抗もなく炎のうずに飲み込まれていった。


「……僕がなんなのかって?」


 チリチリと焦げ付くような匂いが地下水路に広がっていく。レイは右手を切って魔法を消すと、そこで横たわるバートだったものに背を向けた。


「第零騎士団、ゼロの魔法師だよ」

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