第10話 助っ人

 《デカ耳のノックス》から有益な情報を得た僕はすぐに居住区に向かった。奴の目的はこのエリアの破壊。いくら範囲魔法が得意だとは言っても限度がある。そのため、僕はなるべく家が密集しているところを重点的に調べた。

 とは言っても、アルトロワ王国最大の街である王都の居住区。その広さは人一人でカバーできるものではない。だが、闇雲に探していたさっきまでに比べれば、格段に負担は軽かった。


 そして、探し始めてから数時間。満月が天頂に差し掛かったころ、ようやくそれらしい人物を見つけた……知っている顔が近くにいるという最悪の形で。


 これは……一体どうしたもんか。


 僕は舌打ちしそうになるのを必死に堪え、建物の陰に身を隠す。ターゲットの近くにいるのはいつも僕にお節介を焼くエステル・ノルトハイムと、他人に興味を持たないBランク冒険者のグレイスだ。

 なぜこんな所にいるのか、と目の前に正座させて小一時間ばかり説いてやりたい。だが、そんなこと出来るわけもないので、僕の溜飲が下がることはない。

 秘密がモットーの第零騎士団は知り合いの前に姿を現すのを嫌う。いくら仮面で認識を阻害していたり、教室で二言三言言葉を交わす程度の間柄であったりしても、こちらの正体に気づく可能性は十分に考えられるからだ。だから、彼女達が近くにいる限り、僕は任務を遂行する事ができない。


 そうは言っても、彼女達がターゲットと一緒にいるのは事実。ここは落ち着いて状況を把握するのが一番だ。


 僕は少しだけ建物の陰から顔を出して様子を伺う。気づかれない程度に距離があるのでよく聞こえないが、何やら話をしているようだ。

 もしかして、顔見知りなのか? 息子の不祥事で中級から下級貴族になったクレイマン家をエステルが知っていてもおかしくないし、デボラ女王の話だと、騎士団がバート・クレイマンの手配書を街にばらまいたらしい。だとすると、大人しく騎士団に投降するように説得でもしているというのか?


 どちらにせよ、そんな説得に応じるようならはぐれ魔法師にはなっていないだろう。問題はその説得が無駄に終わった時だ。

 バートが見逃すならそれでよし。二人がいなくなったところで無力化に動けばいい。だが、もしその場で戦闘にでもなったら……。


 僕が考え込んでいる間にも、話はどんどん進んでいるようだった。エステルがかなり興奮しているように見える。彼女の声は大きいから聞き取ることができたけど、話の内容的に顔見知りではなさそうだ。


 とにかくもう少し会話を続けてくれ。まだ、戦闘になった時のプランが決まっていない。


 そう思った矢先、バートの身体から魔力の鼓動を感じた。狙いはグレイスか……いや、右手は彼女に向けているが、あの目の動きはエステルを狙っている。


 二人は抵抗する気がなさそうだった。何か弱味でも握られているのか? もしくは妙な真似をすれば街を破壊する、とでも言われたのかもしれない。

 それならバートが二人を始末するまで待てば、一人になったところを狩ることができる。結果、目撃者は無しでターゲットを速やかに仕留める事ができるのだ。


 ……そんな事をしたら、二人と仲のいいクロエに後で何を言われるかわかったもんじゃないじゃないか。


 僕は深いため息とともに地面を蹴った。丁度、バートが魔法を放ったところだ。予想通りエステルに魔法の照準が切り替わっている。予想外だったのが、グレイスがエステルを庇いに動いた事だ。助ける相手が二人になって面倒臭い。それに街に被害を出さないように相手の魔法もなんとかしなくちゃいけない。すこぶる面倒臭い。


 僕は全速力で二人に向かいながら、右手を前に出す。


「"削減リデュース"」


 ……あんまり人前じゃ使いたくないんだけど、贅沢言ってられない。僕はそのまま二人を抱え込むと、その場で跳躍した。


「はぁ……頭が痛いよ、本当」


 思わず愚痴ってしまう。仕方がない、こんな厄介な状況は久しぶりだから愚痴りたくもなる。

 ターゲットをしっかりと見据えながら着地すると、二人を地面に下ろした。探るような視線を向けるグレイスに比べ、エステルは呆気にとられた表情をしている。


「……助かったわ、ありがとう」


 表情は警戒しているものの、グレイスは素直にお礼を言ってきた。その言葉で我に帰ったエステルが慌てて頭を下げる。


「あ、ありがとうございます!」

「気にすんな。大したことしてねぇよ」


 僕はぶっきらぼうな口調で答えた。念のため、潜入任務をする際によく装う性格の男にシフトチェンジ。これならばそうやすやすとバレることはないだろう。

 それにしても驚きだ。助けてもらったとはいえ、あの男嫌いで有名な氷の女王が素直に感謝するとは……いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない。僕は余計な考えを頭から消しながらバートに目を向けた。彼は訝しげな表情を浮かべながらこちらを見ている。


「私の魔法が消された……? 君は一体何者だ? その鎧は騎士団のようで少し違う」


 バートは第零騎士団については知らないみたいだ。国で働いていたとはいえ、騎士団じゃない彼が知らないのは当然か。例え騎士団であっても一部の連中以外は詳しく知られていないし、そもそも女王から緘口令が敷かれている。


「いや、待てよ……? その鴉の仮面……聞いたことがあるぞ。零の魔法師の噂」

「……零の魔法師?」


 グレイスが眉を寄せながらこちらを見てきた。……噂程度には聞いたことがあったのか。これ以上余計な情報を出させないように、さっさと仕事を終わらせよう。


「てめぇがバート・クレイマンだな? 悪いがぶちのめさせてもらうぜ」

「ふむ……随分と野蛮なのだな。だが、いいのかな? 僕はこの街を破壊する魔道具を持っているんだよ?」


 そう言いながらバートは手に持つ筒のようなものを俺に見せつける。なるほど、これのせいで二人は棒立ちだったのか。


「なんだ、それ?」

「これは私の魔力が詰め込まれた素晴らしき破壊の道具だ。これを使えばこの貧相な街など一瞬で──」


 バートが説明している途中だったけど、長くなりそうだったので無視することにする。彼が目を見開いている間に、素早く懐に入り込んだ僕は干将を腰から抜き、そのまま振り上げた。


「くっ……!!」


 バートは咄嗟に身体をひねり致命傷を避ける。これは驚きだ。研究者と聞いていたけど、どうやら戦闘に関してど素人というわけではないようだ。後ろへと飛びのき、血が滲む胸を押さえながら、バートが僕を睨みつける。


「……私の話を聞いていたのか? この街を破壊する魔道具を持っているのだぞ?」

「だからどうした?」


 僕は平坦な口調で聞き返した。どんな仕組みの魔道具かは知らないけど、魔力を使っているなら問題ない。


「なるほど……ハリボテの正義ではないという事だな」


 なぜか感心したような目で見られた。やれやれ……はぐれ魔法師の思考はまったく理解ができない。


「あ、あのっ!!」


 バートを仕留めるべく動き出そうとした僕に慌てた様子でエステルが声をかけてくる。一瞬ヒヤリとしたが、このキャラなら問題ないと判断した僕は鬱陶しげな態度で振り返った。


「なんだ?」

「えっーと……その人が持っている魔道具は危険な物なんじゃないんですか?」

「そんな事、俺には関係ない」

「か、関係ないって……無関係な人達がどうなってもいいの!?」


 やばい。すごく面倒臭い。これ以上彼女と会話をしても無駄な時間を過ごすだけだ。早急に話を切らないともっと面倒臭い事になる気がする。


「安心しろ。俺がお前らもここに住んでる奴らもまとめて守ってやるからよ」

「えっ……!?」

「俺のプライドにかけて、あのクソ野郎には誰一人として傷つけさせやしねぇよ……誰一人だ」


 デボラ女王が大切にしているものを、破壊させるわけがないだろう。


「か、かっこいい……」


 ……なぜだろう。面倒臭いのを回避するために言ったのに、さらに面倒臭い事になっている気がする。

 いや、きっと気のせいに違いない。エステルの様子を見る限り、僕だって事に気がついていないし、面倒臭いことになんかなるはずがない。


 僕は気を取り直してバートに向かおうとすると、彼はローブのポケットから違う魔道具を取り出した。


「未知の相手と戦うのは骨が折れる。まずはデータ収集に徹しよう」

「なんだ? 違う魔道具を使うのか?」


 凄まじい性能の魔道具でも魔力を使っているなら僕には関係ないんだけど、何やら自信がありそうだね。バートはニヤッと笑みを浮かべると、取り出した魔道具を地面に叩きつけた。どんな魔法が飛び出してもいいように、僕はすかさず右手を前に出す。


 だが、彼が取り出したのは魔道具ではなかった。


 僕が魔道具だと思っていたものをバートが発動した瞬間、この辺り一帯に白煙が広がる。発煙筒だと? 厄介なものを持ちだしてきたものだ。

 煙から顔を庇いながら慌てて追いかけようとしたが、バートの姿はどこにも見当たらなかった。

 まさかこんな古典的な方法で逃げ出すとは……これは思わぬ誤算だ。ここで逃すと、また一日かけて探さなきゃいけなくなる。クロエの事を考えたら学校を休むわけにはいかないし、それ以上にあの男は大量殺戮魔道具を手にしているのだ。一刻の猶予もない。


 咄嗟の事とはいえ、"削減リデュース"を使っておいて本当によかった。


 逃げたバートを追おうとした僕に誰かが近づいてくる気配を感じた。その前に相手をしなくちゃならない人達がいるみたいだけどね。

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