悪夢のカタチ

「古の門」の柱の影から現れたのは大柄の大人の大きさをした人型のものだった。異変に敏感な冒険者たちが気づかなかったのは、目の前に現れたものは全身が柱と同じ材質の石でできていたからである。

「錬金術でいうところのゴーレム。身の丈は我が友、クラリスとほぼ同じ。中身は歩く武器庫です。火力だけでいえば、この一体の石人形が、あなたたち全員より強いのです。でも、『国一番の槍遣い』と『エルフの暗殺姫』、『歴代最強の回復魔道士の娘』のほうがはるかに敵にわかりやすい。強敵と知れば手を出さないかもしれない。抑止力として皆さんを雇ったのですけども」

 オリヴィアは言う。目の前にいる冒険者たちには期待していないとも受け取れる言い方であった。経歴を調べあげ、嫌味を交えている。しかし、ガストンは動じない。

「錬金術や魔法、歯車仕掛けでも悪かない。人間みたいに疲れたり、眠くなったり、怠けたりしねえからな。けど、いざ事が起きたら頼れるのは人間だろう。エルフでもいいがな。とにかく自前の頭で考えられるやつじゃねえと頼りになんねえぜ」

 と言い放った。

「その意見には同意します。しかし、わたくしは冷たいものが好きなのです。この町の冒険者ギルドに所属する彼らのような方が」

 オリヴィアの言葉をきっかけに、何かが花壇の地面から飛び出してきた。

 ガストンは槍を構えようと手を伸ばし、ララノアは弓をつがえる。ソフィアは治癒魔法用の魔道具を出すところまではできた。

 しかし、相手の得物ほうが早かった。奇襲はかけたほうに分があるものだ。

 3人の喉元に突きつけられたのはギザギザとした硬いキチン質の外骨格で作られた鎌だった。複眼に映ったソフィアの顔は冷や汗が頬を伝い、恐怖に引きつっている。

「お見事!」

 ガストンが言い、ララノアが頷いた。

 穴を掘り、泥をかぶせた布の下に隠れていたのは、両手が巨大な斧の形をした昆虫人の一種「蟷螂族マンティスター」たちだった。

「回復魔法の遣い手がいると聞いた。いま、首を落としても治せるか」

 ひときわ体格のいい一人が流暢な人語で言う。まるで悪夢から抜け出してきたきたような光景であった。


 同じ頃、墓守町では、別の恐怖が手紙の形となって現れていた。ソフィアの実家であるカモミール治療院にそれは置かれていたのである。

 みつけたのはソフィアの母、イライザであった。往診から帰ってみると、机の上に置かれていたのだった。

 五輪のバラの封筒に入った手紙は「愛するイライザへ」から始まり、「バークより」で終わっていた。筆跡は彼女の夫であるバーク・ラズモフスキーのものであった。左上がりの文字の形をイライザは覚えていた。しかし、彼女の夫は20年ほど前に亡くなっている。それは死者からの手紙であった。イライザは口に手を当て、いつまでも手紙から目が離せないでいた。少しでも隙があれば、その手紙が動きだすのではないかいう不吉さを彼女は感じていた。なぜなら、すでに死者は動きだしているから。動く死者が書いた手紙もまた蠢きはじめてもおかしくないのではないか。

 イライザと死者からの手紙との格闘は、夕刻に治療の予約をしていたクラリスがやってくるまで続いた。

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