強弓《ごうきゅう》の引き手

 ガストンは口が渇ききるほどの恐怖を感じる。強者つわもの二人と、老いぼれ一人では分が悪すぎる。さっき窮地を救ってくれた白獅子ホワイトライオンに頼るわけにもいかない。ハーヴィの槍には瘴気の素である黒死毒が塗ってあったらしく、傷口が紫色に変わり膿んできていた。獣は野生の本能に従って、傷口を周りを自ら噛み切り、地に捨てた。放っておけば全身が腐って死んでしまったであろう。

 二つに分かれたエルマーの双剣が激しく打ち合わされる音がした。それだけでガストンには、背後にある剣が火花を散らしていることがわかる。思い出のなかと変わらない。変わったのはガストンが年老いたことと、エルマーが敵だということだ。

 ガストンはエルマーからの攻撃を避けることは諦め、眼前の槍遣いハーヴィに集中することにした。屍人と化した師匠は人生最期の敵にふさわしいと思えたからだ。たとえ期せずして背中から双剣で真っ二つにされることになるとしてもだ。

 覚悟を決めてオリハルコンの槍を構える。といっても自然に上にあげただけだ。若い頃は槍をぶん回したり、目にも止まらぬ連続突きを披露して威嚇したものだったが、今はもうしない。本当に強い奴はそんな所作しょさはしないと分かっているし、疲れるからだ。動作を最小限にしないと持久力がもたない。ガストンは老人なのだ。

 鏑矢かぶらやが空を切る派手な音がした。最初、音は一つだったが、三つに分かれて、それぞれが別の場所を目指す。ひとつは女魔王へ、もうひとつは魔槍遣いへ、そして最後のひとつは双剣を一つにまとめて振りかぶっていたエルマーに。エルマーの後頭部から入った矢は青い浄化の炎をあげながら、額から出て来た。エルマーは動きを止める。その首から上は焼け落ち、身体は松明のように燃え続ける。ハーヴィは斜め後ろに大きく退いて矢をかわし、女魔王は右手で矢を掴んだ。青い炎があがり、指が燃えていくが魔王は慌てる風も見せず、はるか遠くから矢を射かけた強弓の遣い手を睨む。女魔王の瞳に映るのは、まだ少女といっても通用する年頃のエルフの女だった。ララノアである。

「バアさん、やってくれるじゃねえかよ。嬉しいぜ」

 ガストンが呟く。視界にララノアの姿はないが、こんな矢が射れる者を彼女以外にガストンは知らない。

 ガストンの背後から、馬の蹄の音が聞こえてくる。その音に合わせるように、なん本もの矢が動く屍体どもリビングデッドに突き刺さる。

 さらに馬が近づくとララノアの叫び声も聞こえるようになった。意外にもそれは罵声であった。

「人間たちなんで私に助けを求めないの。バカなの? 死にたいの? 特にガストン。ソフィアに手紙出させたの、あんたの入れ知恵でしょ。そんな暇があったら私を呼びなさい。ソフィアのことなんだから私も行くわよ。むしろ、あんたが邪魔なくらいよ、バカ!!」

 ガストンはララノアの罵詈雑言を聞き流し、溜息をひとつついた後、槍を構え直す。魔槍遣いとオリハルコンの聖槍遣い。師弟対決が今始まる。

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