蘖《ひこばえ》の魔王
ソフィアの眼前に曲がりくねった
「そもそもを話そう。お前らはなんだ」
憂いに満ちた表情でイブリータが言う。
「人間です」
ソフィアは答えた。しばらく女魔王のそばにいて、率直であってもよいと分かっていた。人質にとられたとき「ともに楽しもう。服を脱げ」と言われたときは、気が遠くなったが、泥と小便に汚れた服から着替え、ともに会話を楽しもうという意味であったと分かり、ソフィアは安堵からまた失禁しそうであった。女魔王は殺しを楽しんでいるわけではないのだ。また、嘘を見抜くので率直であるよりほかないとも言えた。
「人間か。この世界には人間の類が多すぎるとは思わぬか。人、獣人、エルフにオーク。ドワーフ、ラミア、モスマン、アントマン、リザードマン。みんな話せば分かる者たちだ。こんなに雑多なのがそもそもおかしいとは思わぬか」
「考えたこともないです」
女魔王の問いが終わるか終わらぬかのうちにソフィアは答える。
「考えよ。そのうえ魔族もおるのだ。こんなにいる必要はないだろう」
「わかりません…」
「これは神のいたずらに違いないと私は思っておる。私など、まったくありえぬ存在だ。死なぬのだからな」
「魔王って死なないのですか?」
ソフィアは驚く。
「ああ、死なぬ。眠るだけだ。変わるだけだ。すべての記憶は引き継がれる。おまえら人間が『魂を吹き込まれたモノ』だとするなら、魔王とは『魂を吹き込まれた現象』なのだ。私は吹く風であり、打ち寄せる波だ。荒れ狂うこともあれば、凪ぐ日もある。変わっていっても同じものだ。ゆえに魔王は永遠に今を生きる。ただし、時には厄介事が起きることもある。私のように」
「いったい何が…」
「私は先代魔王の一部分だけが息を吹き返し、意思を持ったものだ。大きな樹木を切った後に生じる若芽である
イブリータが熱弁をふるうのを聞きながら、ソフィアは、この女魔王を幽閉すれば、父親が生命がけで滅ぼしたような大魔王が出てこなくなっていいんじゃないのかなと思った。その矢先、察したかのようにイブリータが言う。
「お前の父親に会わせてやろう」
と。父親の亡骸が墓地を徘徊しているとは聞いていた。それはどんな姿をしているのだろうか。ソフィアは父の顔も姿も知らない。母親がソフィアを宿している間に死んでしまったから。
「ついでに、この墓地の地下も案内してやろう。人間はそういうのが好きらしいからな」
ソフィアはイブリータの案内で初めて見た父の姿を見る。それは感傷を一切許さないものであった。彼女の父親は既に…。
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