花柄のアンドロイド
ami
夢なら夢で覚めざらましを
そっと彼女の手を握る。返ってくる弾力はない。
一つずつ指が折れていき、優しく握り返してくる。
「怖い?」
「いいや、これでよかったと思ってる」
震える手を抑え、彼女のからだを寄せる。シーツの間に隠れるからだは無機質で冷たい。体温はないはずだが、どこかに微かな温もりを感じた。
「ねえ、ゲームしない?」
「ゲーム?」
「そう、今何考えているでしょーゲーム。お互い見つめ合って、分かった方から答えるの」
「君の考えていることが分かるかな」
「どうだろう。でも、もしきみが私に勝てたら人類はこの戦争に勝てるかもしれないよ」
「大げさな」
そう言って彼女の目を見つめる。青く澄んだ瞳。視線の揺らぎは少なく、どこか遠くを見つめている。交わることのないその目は、見ているものを彼女の内へと引き込み、窓の外で起きていることさえを忘れさせる。それは、石像のように神秘的で、グラスのように虚しい。たちまち起こる銃撃の音。突如として現実の世界がよみがえる。
「分かったよ、考えていること」
「なあに、教えて」
「君は、僕のことを好きだと考えている」
彼女が不敵な笑みを浮かべる。
「自分でそれを言うんだ」
「だって、それがルールだろう」
「ふふ、きみのそういうところ嫌いじゃないんだ。けど、どうして分かったの?」
「君が今ここにいることの理由なんてそれくらいしかないだろ」
一瞬、彼女の瞳が揺らいだような気がした。
「うーん、そういう理屈遊びがしたかったわけじゃないんだけどなあ」
少し戸惑ったような顔で、彼女は続ける。
「自分じゃ分からないの。きみのことを好きなのかどうか。私があなたに好意を寄せていることは分かるわ。でも、それだけで君のことをちゃんと好きになったって言えるのかな」
「考えすぎだよ。ここに二人で残った、それだけで十分」
「これまでは疑うことなんてなかったもの。データに基づいて行動し、全てはデータのために回収される」
「…」
「でも、今は違う。きみと一緒にいたいと思う。ずっとすきでいたいと思う。離れるのが寂しい。ねえ、好きってどんな気持ち?私はちゃんと、きみのことを好きになれてるのかな?」
硬い腕が体を掴む。肌にめり込む力の強さに、思わず身をよじってしまった。
「ごめん」
彼女は急いでその手を離した。
「大丈夫だよ、ちゃんと伝わってる」
ロボットと人間の恋が成就するのかなんて、結末は知らない。こうして二人で戦争の最中、身を寄せて最後の時を過ごしている。それだけが事実で、それだけで十分に思えた。今も刻一刻と彼女の時間は減り続けている。
「不思議だね、人間って。こんなに曖昧なのに」
「面と向かって言わないでくれよ。少なくとも、僕はそう信じてる。それで、さっきの答えは正解ってことでいいのかな」
「うーん、そうだね。きみがそういうなら、正解ってことにしちゃおうかな。少なくとも、きみとの間ではそれでいいよね」
「素直に好きって言ってくれればいいのに」
「ふふ、好きだよ」
言葉を確かめるように互いを見合う。沈黙が部屋の中を流れ、秒針の音までも聞こえてくる。今を大切に思えば思うほど、流れていく時が惜しい。
「あと、どれくらいもつ?」
「1時間と24分」
決してもう長くはない。外では相変わらず戦闘が続くが、部屋の中で眠って終わらせてはいけない気がした。戦闘用アンドロイドの彼女を、再び戦火の中に連れ出すことには少し気が引けるが、それでも、二人の結末はここではなかった。
「最後に外に出たい」
「今から?もう外は危険だよ」
「分かってる。でも、君と過ごしたこの街を見ておきたいんだ」
「どうして。ここにいればまだ安全だよ」
何も言わず視線を飛ばす。それを受けた彼女は何を思ったか、少し呆れたような表情をして、外を眺めた。
「もう、きみという人は全然分かんないよ。いいよ、行こう。きみが行くところならどこにでも行くよ」
「ありがとう」
唇を交わし、ベッドから身を起こす。それまでの優しい時間とは打って変わって、喧騒が気持ちを刺激し、かつての戦争の記憶へと誘う。肌着を身に着け、壁に掛けた軍服を手にする。退役したにも関わらず、結局最後は軍服か。そう思いながらも、シャツに身を通し、襟を正す。彼女の方は準備できたのかと振り向くが、いまだクローゼットの前で衣服とにらめっこをしていた。
「何してる。早くしないと」
「着ていく服が決まらないの」
「そんなの何でもいいだろ」
「何でも良くなんてないよ。最後なんだよ、二人で出かけるの」
こっちを向いていた首を引っ込め、再びクローゼットの服を探し始める。どうしてそう悠長なことをしていられるのか。焦る気持ちで、彼女の方を見ていると衣服が飛んでくる。
「それと、あまりこっちをじろじろ見ないでもらえるかな」
別に君の裸を見ていたわけではない、なんて言いそうになったが、無駄口は挟まず、そのまま目を逸らした。しばらくして、ぼそっとした声がクローゼットから聞こえてくる。
「どうかな」
「悪くない」
見ると、春色のワンピースに身を包んだ彼女がいた。
「もうちょっと誉め言葉とかあるんじゃないのかな」
「君らしくて、似合ってる」
「ふーん」
少し上ずった調子の声の主は、軽い足取りで帽子を取りに行った。その姿は、まるで可憐な少女で、裾からこぼれ落ちる両腕は、白く、柔らかなかたちをしていた。
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