29:ドレスの準備(2)

 シェリルが楽しいと思っていられたのも最初のうちだけだった。


「シェリルが着るのならやっぱりデザインはこちらのほうがいいと思うわ」

「でもヴィヴィアン様、それじゃあ普通なんですよ、インパクトが欲しいんです。シェリルに似合っていてかつちょっと予想を裏切るようなデザインじゃないと!」

「普通というほどじゃないわ、グラデーションの色合いだけでも十分印象に残ると思うの」


(さっきから意見のぶつかり合いがすごい……)

 採寸を終えたシェリルはデザインを選んでいるリタとヴィヴィアンのもとに参加したのだが、二人ともまったく妥協する気はないらしい。

 わたしのドレスの話よね? と聞きたくなるほどだ。まるで二人とも自分のドレスを選んでいるんじゃないかというほどの気合いの入り方に、シェリルが置いてけぼりにされている。

 意見を求められてもドレスの流行に疎いシェリルに出る幕はない。盛り上がる二人が喧嘩に発展しないように見守るのが正解らしい。


「シェリルの身長と見た目だと、可愛いだけのドレスになりがちですけど、そんなドレスは山ほどあるんですよ」

 同年代の少女たちが集まれば、ドレスの傾向は偏るものだ。大人っぽいものよりも愛らしく可愛らしいものが昔から好まれている。

 小柄なシェリルには大人びたドレスは似合わないので、必然的にいつも可愛らしいドレスを着せられていた。

「シェリルには可愛いけどちょっと色っぽいくらいがいいんです。ほんのり背伸びしたくらいの」

 それくらいじゃないと、意表をつけないです。リタが真剣な顔でヴィヴィアンを見る。誰の意表をつくのだろうと思いながらシェリルは首を傾げていた。

「……それもそうね。シェリルにとっても勝負の場ですものね」

 リタの熱弁にヴィヴィアンも納得したらしい。こくりと頷き合っている二人にシェリルはますます首を傾げる。

「念のため確認するけど、わたしのドレスの話よね?」

「そうよ?」

「当たり前でしょ」

 シェリルの問いに答えるヴィヴィアンとリタは「何を言っているんだ」という顔をしている。

 ともあれ、ドレスのデザインの方向性がようやくまとまったようだ。まだ出来上がったわけではないがどうにかなりそうでシェリルもほっと胸を撫で下ろしている。

「アクセサリーはどうしましょうか? シェリルが持っているもので合うものがあるかしら」

 ヴィヴィアンが紅茶を飲みながら一息ついていると、ふとドレス以外のことも思い出した。学園でのパーティとはいえ、大半が貴族の子どもたちが参加するのだ。ドレスだけ着ていれば形になるわけではない。

「んー。合わせるにしてもそれはドレスが出来上がってからですかね。あ、でも新しく揃えるなら安くしておくよ?」

「商売上手ね、リタは……」

 シェリルもアクセサリーは持っているけれど、その数は多くない。もしかしたら今のうちに揃えておくほうがいいかもしれない。シェリルはちらりとコニーを見る。コニーは心得ているように頷いて傍まで歩み寄った。

「デザインを拝見してもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 コニーがデザイン画を見る。シェリルが所有するアクセサリーについてなら、本人よりもコニーのほうが詳しい。

「ドレスの色は……なるほど、でしたら首飾りはどんなものが理想なのでしょうか? お嬢様はあまり華やかなものは好まれなくて」

「小ぶりなもののほうがあたしはいいかなと思うんだけど」

「そうね、シンプルなデザインで首の細さを強調するくらいのほうがいいわ」

 休憩だったはずなのに三人はアクセサリーについて盛り上がり始めている。宝石はどれがいい、耳飾りは少し大きめで髪は結い上げるのがいい、靴はどうしようか等々と話し合う話題は尽きそうにない。

(……わたしのドレスとそのアクセサリーの話よね?)

 本人がいつも放置されているのはどういうことなのだろうか。




 たっぷりと話し合いが行われ、終わった頃には日も暮れかけていた。

「わたくしの家の馬車で送りましょうか?」

 コーベット商会の前まで迎えに来たベックフォード家の豪奢な馬車にシェリルは圧倒された。

 今日もシェリルは家の馬車に店の前まで送ってもらって、帰りはコニーと共に辻馬車に乗るつもりでいたのだが。

「……ええと、そうですね、どうしようかな」

 ここは素直に厚意に甘えておくべきだろうと思いながらも、緊張してしまいそうだなと思う。

 ぼやぼやしているうちに暗くなってしまうだろう。今日はコニーがいるけれど、それでも女二人で夜道をふらふらとするものでもない。

 それじゃあとシェリルが口を開きかけたとき、店の傍にもう一台の馬車が止まった。

(ん?)

 見覚えのある馬車だ。

「ロートン伯爵家の馬車ですね」

 すぐに気づいたのはコニーだった。よく見ているのは彼女も一緒だ。

「ってことは……もしかして」

 シェリルが予想を口にしようとするのとほぼ同時に、馬車から人が下りてくる。

 黒髪に青い瞳。無愛想そうな顔の一人の青年。

「……クライヴ」

 やっぱりもしかしなくても、シェリルの迎えだったらしい。

「伯父さんが帰りが遅いって心配している」

「……それならうちの誰かに迎えに来させればいいのに」

 どうしてクライヴがやってくるのか。そもそもシェリルが家を出たときにはクライヴはブライス家にやって来ていなかった。なにか用事でもあったのに父に使いぱっしりにされてしまったのだろうか。


「……これで嫌われているって認識しているんだもんなぁ……」

「……どうにかならないのかしらね……」


 シェリルとクライヴを見ながら、リタとヴィヴィアンはため息を吐き出していたのだがその呟きは本人たちの耳には届いていない。コニーだけがこっそりと同意するように何度も頷いていた。

「お迎えが来たみたいだから、わたくしも帰るわね」

「あ、今日はありがとうございました!」

「ふふ、わたくしも楽しかったわ」

 馬車に乗り込み帰るヴィヴィアンを見送り、リタに別れを告げるとクライヴと共に馬車に乗り込む。

 ベックフォード家と同じ伯爵家とはいえ、やはり慣れたロートン家の馬車だと緊張もしない。

(別の緊張はするけど……)

 コニーがいて良かった、と思いながらシェリルはちらりと向かいに座るクライヴを見る。二人きりだったらドキドキしすぎてちょっと耐えられないかもしれない。

 小さな馬車の窓の向こうを見たままクライヴはこちらを見ない。目が合ったらそれはそれで落ち着かなくなるからちょうどよかった。

「……今日は何しに街まで出てたんだ?」

「学年末のパーティのドレスの注文に」

「コーベット商会に?」

「そうよ。わたしも知らなかったけど、ドレスも作っているらしいわ」

 へぇ、とクライヴは相槌を打つ。興味があるわけではないのだろう。

「おまえも友達増えたんだな」

「ヴィヴィアン様のこと?そうよお友達になったの」

 入学したばかりの頃は友達ができないのではと思ったが、今ではリタやヴィヴィアン、そしてパティたちも友達だと自信を持って言える。

「……エヴァンは?」

 クライヴは窓の外を見たまま、一人の名前をあげる。その名前にシェリルは「なんで?」と思いながら答えた。

「彼とは友達になった覚えがないけど?」

 知人ではあるが、友人ではない。向こうだってシェリルのことを友人だとは思っていないんじゃないだろうか。

「わりと仲良くしてる気がしたけど」

「そりゃあ、悪いわけじゃないけど……?」

 仲良く、と言われる要因には心当たりがない。会えば話はするし、この間のようにエヴァンがシェリルを待ち伏せしているようなこともあるけれど、会話が盛り上がることもない。

(むしろあの人、わたしのこと好きじゃないし……)

「エヴァンは友人としては悪いやつじゃないけど、恋人にはオススメしないな」

 クライヴは相変わらず目を合わせない。

 その言葉の真意がわからなくて、シェリルはその横顔をじっと見つめた。


「……彼を恋人にしたいなんて思ったことないけど」


 ぽつりと零したシェリルの言葉には相槌すらなかった。

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