12:帰り道

「見送らなくて大丈夫? せめて広場までは……」

 リタの家を出るとき、一人で大丈夫だと言うシェリルにリタは少し心配そうに問いかけてきた。

「大丈夫よ。広場までの道は覚えているし、子どもじゃないんだから」

「いやぁ、一応お嬢様だしなって」

 気を遣わないわけじゃないんだよ? と笑うリタにシェリルは笑い返す。

「規格外のお嬢様だけどね。お店忙しいんでしょう? 今日は楽しかったわ、ありがとうリタ」

 店のほうはまだお客さんで賑わっているらしい。あれからリタの家族はさっぱり顔を見せなかったから忙しいのだろう。

「うん、あたしも。気をつけて帰ってね」

 手を振るリタに手を振り返して、シェリルは煉瓦の道を歩き始めた。


 まだ夕方にもなっていない。

 ゆっくり歩いて帰ってもいいのだが、お嬢様の選択肢としては間違いだろう。シェリルの体力なら少し長めの散歩だと思えなくもない距離だが、辻馬車に乗って帰るかと日傘をさしながら広場まで歩く。

 そんなシェリルのそばに一台の馬車が止まった。

「シェリル?」

 窓から話しかけてきた人物にシェリルは驚きながらもぱっと表情を明るくした。

「オズワルド兄様! お久しぶりね!」

 オズワルド・ロートン。シェリルのもう一人の従兄でありクライヴの兄だ。

「買い物かな。もしかして今帰るところ? ちょうど君の家に行くところだったんだ。良かったら乗っていくかい?」

「いいの? それならお言葉に甘えようかしら」

 馬車を探す手間が省けたとシェリルは喜んだが、扉が開いて馬車の中を見た瞬間に固まった。


 ――クライヴがいた。


(い、いるなら少しくらい話しなさいよ!? ……えっと、こ、ここで用事を思い出してなんて言い出したらダメよね?)

 むしろオズワルドのことだからシェリルの用事が済むまで待つよ、とまで言いそうだ。

 悲しいことに選択肢がない。しかもオズワルドの隣には荷物があるから、必然的にシェリルはクライヴの隣に座るしかなさそうだ。

「少し狭くなるけどシェリルは小柄だから平気かな。なんなら僕の膝に座る?」

「……オズワルド兄様、もうわたし子どもじゃないんだから」

 冗談なのか本気なのかわからないオズワルドに、シェリルは諦めてクライヴの隣に座った。

 クライヴはさっきから一言も話さない。昔から饒舌なオズワルドと一緒にいるとクライヴはよりいっそう無口になる。

「でもどうしてここに? うちに用事ならこんなところ通らないでしょう?」

「叔母上に手土産をと思って。ミシェル・ロランのパイは好きだろう?」

 よく見ればオズワルドの隣にあるのは人気の菓子店ミシェル・ロランの袋だ。中にはパイが入っているのだろう。

「お母様が喜ぶわ。でもわざわざ手土産を持ってなんて、何があるの? 悪いことじゃないといいんだけど」

 頻繁に行き来のあるロートン家とブライス家では、いちいち手土産なんて持参しない。特別な日か、何かやましいことでもない限りは。

 後者でないといいんだけど、とシェリルは冗談交じりに問う。

「僕の婚約と結婚の日取りが決まったからね。その報告に」

「本当に!? おめでとうオズワルド兄様!」

 馬車の中でなければ抱きつきたいくらいにシェリルは喜んだ。実の兄のように慕うオズワルドの吉事は素直に喜ばしい。

「ありがとう、シェリル。今度彼女を紹介するよ」

「どんな方? わたし、嫌われないといいんだけど」

 残念ながら一般的な貴族の令嬢とは相容れないところが多々あるシェリルだ。オズワルドの妻になる人ならシェリルにとっても義姉のようなものなのだからできれば気に入られたい。

「そのあたりは心配いらないと思うよ。シェリルこそ、一人で買い物なんて珍しいね? コニーは一緒じゃないんだ?」

「友達と一緒だったの」

 令嬢は基本的に一人で出歩いたりしない。外を出歩くときは必ず使用人を連れている。

 シェリルも一応、普段はメイドのコニーを連れているが、今日はついてきてもらってもリタが困るだろうと一人できたのだ。

「友達?」

「リタ・コーベットという子よ。コーベット商会の」

「ああ、なるほどね」

 納得するオズワルドに、シェリルは首を傾げた。コーベット商会という名はオズワルドも知っているだろうけれど、何が「なるほど」なんだろう。

「……相手が貴族の令嬢ならコニーを連れて行くはずだろ。おまえの友達とやらが庶民だったからなるほどってこと」

 言葉足らずなシェリルの話からもオズワルドやクライヴはあっさりと事情を読み取ってしまうらしい。相変わらず、というべきなのだろうか。

「……リタ・コーベットねぇ」

 ため息まじりのクライヴの声に、シェリルはむっとする。あまりいい感情がなさそうな声だった。

「なによ」

「変わり者には変わり者の友人ってことだ」

「わたしの友達をバカにしないでくれる?」

「バカにはしてない。変わり者だと言っただけだ」

 どっちも同じようなものじゃない、と頬を膨らませるシェリルを、オズワルドが「まぁまぁ」と宥める。

「クライヴも安心したんだよ。シェリルにちゃんと友達ができたみたいだから」

「そっ……んなわけないだろ」

 不意打ちだったのかクライヴが妙なところで言葉をつまらせながら否定する。

(……クライヴは初日からあんな場面に出くわしたからちょっと気になっただけじゃないかしら)

 あるいは、三人組に絡まれているらしいところを見られてしまったから。

 心配しなくても、あれ以来木登りはしていない。それに友達が出来たことは既にクライヴは知っているはずだ。

(それにしても、どうしてクライヴも一緒なのかしら。オズワルド兄様の婚約の報告なら、クライヴまで来ることないのに……)

 すっかり黙り込んだクライヴを横目に、シェリルは首を傾げる。

 クライヴがオズワルドと一緒にブライス家を訪ねる理由は思い当たらないし、用事もないのにクライヴがブライス家にやってくるはずもない。

 ここ数年、彼はこちらにもはっきりとわかるほどシェリルを避けていたから。このところはどうも違うようだけれど、それも同じ学園内にいるからつい目についてしまうだけだろう。

 シェリルが学園で遠くにいるクライヴにも気づいてしまうのと同じだ。制服という同じ服装であっても、背格好や立ち姿ですぐにわかる。

「二人は夕食も食べて行くんでしょう?」

「うん、お呼ばれしているよ」

 時間的に、オズワルドたちが夕食も食べずに話だけで帰るはずがない。家族同然の付き合いは昔からだ。

「一緒に夕食なんて、久しぶりね」

 年始の挨拶の時は、両家揃っていたものの昼食だった。

 オズワルドとも、クライヴとも。夕食は久しぶりだ。きっと今頃ブライス家の料理人たちは腕によりをかけて準備しているだろう。

(みんなで家に帰って、食事して……なんだかほんの少しだけ、昔に戻ったみたい)

 懐かしさに目を細め、シェリルは小さく笑う。どんなに昔みたいでも、昔のままではない。




 しばらく馬車を走らせているうちに、ブライス家に到着する。

「お手をどうぞ」

 先に降りたオズワルドが茶目っ気たっぷりにシェリルをエスコートしたので、くすくすと笑いながらシェリルはその手をとった。


「オズワルド様たちとご一緒だったんですね、おかえりなさいませお嬢様」

「ただいまコニー」


 シェリルは笑顔で出迎えに来たコニーに持っていた日傘とバックを渡す。購入したものは後日ブライス家に届けてもらうのでそれ以外にシェリルが持っているようなものはなかった。

「それじゃあ、またあとでね。シェリル」

 そう言いながらオズワルドとクライヴは父の書斎へと向かう。

(報告があるのはオズワルド兄様だけなのに、書斎にまでクライヴも一緒に行くの? ……やっぱり変なの)

 オズワルドとクライヴの背を見送ると、シェリルは自分の部屋へと足を運ぶのだった。

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