10:情報メモと週末の予定
パティたち大中小の三人組は、たった一度の失敗では挫けなかった。とはいえ、ハンカチ事件のようなことはやらずにシェリルに会うたびにネチネチと嫌味を言って来る程度だ。
「木登りなんて、まるで子リスみたいね! とても私には真似できないわ!」
「はぁ……」
今日もパティは相変わらずシェリルにも絡んでくる。木登りのネタなんていつまで引きずるつもりなのか、それとも他につつくネタがないのか。
「なんなのよその返事は! 友人はやっぱり似てくるものなのかしら!?」
友人というのがリタのことであるのは明確で、彼女のあのはっきりとしない返答はパティ専用のものだったのだとシェリルは最近知った。
(というか、パティ相手にはそれしか言葉が出ないわ……子リスって……せめて小猿くらい言ってくれないと反発しようがないもの)
悪口のつもりなのかと説教したくなる。それとも普通の令嬢なら子リスと言われるだけでもしょんぼりするほど落ち込むものなのだろうか? リス、可愛いのに。
「あなたにはなんだか親近感が湧く……でもどうしてそんなリスみたいに動けるの?」
(リスからは離れないのね……)
エイミーとは身長があまり変わらないので親しまれるのかもしれない。平均身長に届かないほどの小柄さは、日常の些細なことでわずらわしいことが多い。
「……おやつの数を減らしたら?」
機敏に動けるようになりたいと思うのなら、お腹の肉は一番の敵だ。動きが鈍くなるどころじゃないし、木に登れたところで重みで枝が折れてしまう。
「あたしからおやつを奪うやつは敵……! 仲良くできない……!」
手のひらを返すようにエイミーはむすっとしながら持っていたおやつを奪われまいと守る体勢になる。そんなことしなくてもシェリルはおやつを盗ったりしない。
一日に一回はそんな感じに絡まれるのだが、正直彼女たちが望むような精神的ダメージはゼロだ。
「……なんていうか、やるならもう少しやり返しがいがあるようにして欲しい……」
「わかる。あの三人、なんていうか……しょぼいのよね」
リタはうんうん、と同意を示してくれる。そうだろうと思っていた。
どこか詰めが甘いというか、的外れであるというか、嫌がらせが嫌がらせの域に達していないことがほとんどだ。子どものいたずらでももう少しマシだろう。
「それにしても、私が気に食わないからって毎日しつこいわよね」
ふぅ、と息を吐きながらシェリルは机に突っ伏した。リタは頬杖をつきながらそんなシェリルを見下ろしている。どちらも本来なら行儀が悪いと叱られるだろうが、今ここには二人しかいない。
「シェリルが気に食わないっていうか……」
ぽつりと、独り言のようにリタが呟いて「いや、うん」と言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
「なに? 途中でやめるなんて気になるじゃない」
もったいぶらないで、とシェリルが抗議するとリタはあっさりと口を割った。
「シェリルってクライヴ・ロートンと知り合いなんでしょ? ヴィヴィアン・ベックフォードが彼のことが好きだから、あの三人ががんばって嫌がらせしてるんじゃないの?」
「えっ……!?」
シェリルが驚いて顔を上げる。勢いあまって膝を机の下にぶつけてしまって痛い。うぐぐ、と膝の痛みが引くのを待ちながらシェリルの頭はぐるぐると目が回るように混乱していた。
(ヴィヴィアン・ベックフォードは、クライヴのことが好き……!? それって、それってあれよね、男の人としてってことよね……!?)
女友達がいなかったシェリルはこういう話に疎かった。リタの他にも雑談をする程度の知り合いはできたが、そんな話題がのぼったことはない。
「そ、それってけっこう有名なの……?」
シェリルが疎すぎて知らなかっただけだろうか。
「まさか。このあたしの観察眼をもって見抜いただけよ」
でも察しのいい人なら気づいているんじゃない? とリタは言う。自分で自分のことを持ち上げる言い回しはリタみたいにさっぱりした人が使うと嫌味がなくていっそ心地いい。
「……そうね。わたしがクライヴと知り合いだとも言っていないのに気づいていたくらいだものね」
シェリルが驚いたのはそこもだ。
リタにはあれこれ事情を話しているものの、クライヴと知り合いである……親しくしていた、ということは言っていない。隠していたわけでもないけど、いつ気づいたのだろうかとリタの言う『観察眼』には驚くしかない。
「それはだって、この間二人で歩いていたでしょ? ハンカチ事件の日のやつ」
「それはたまたま彼が助けてくれたから……」
「意識してるときは『彼』っていうのに、気を抜くと呼び捨てにしてるよね」
「うっ」
容赦なく痛いところをつかれる。
昔からの癖でクライヴを呼ぶときについ呼び捨てにしてしまうのだ。今更他にどう呼んでいいのかわからないから、できるだけ名前を口にしないようにしているのに。
(馴染みすぎて、意識してないとするっと出てきちゃうのよね……)
「それにちょっと調べれば親戚なのはすぐにわかるもの」
貴族社会は広いようでけっこう狭い。血の繋がりだけならあちこちで縁が続いていたりするものだ。
シェリルとクライヴは母親が姉妹だから特に調べれば簡単に関係がわかる。貴族相手の商売もしているコーベット商会の娘だ。そのあたりも多少は勉強しているのだろう。
「そ、それにしても趣味が悪いんじゃないかしら。だってあの人、無愛想だししゃべったと思ったらけっこう口が悪いしけっこう過保護すぎるところがあるし」
「クライヴ・ロートンのこと? 他はおおむね同意できそうだけど、過保護すぎるってのはシェリルにだけなんじゃないの?」
「そんなの知らないわよ。わたしはわたしの知る彼しか知らないもの」
クライヴはなんだかんだで世話焼きだから、シェリル以外に対しても過保護な振る舞いをしていてもおかしくはない。
(……あれ?)
ちくり、と胸が痛くなる。想像のなかでクライヴが誰かにやさしくしている、それだけだったのに。
彼への恋心は、四年前にすっぱり捨てたつもりだったのに、時折こうして胸の奥でシェリルに訴えてくるのだ。本当にもう好きじゃないの? と。
「んー。あたしの情報メモによればクライヴ・ロートンって女子生徒にはとっても無愛想って話だけど」
「……情報メモってなに」
なんだかリタが口にするとちょっと怖い響きの言葉である。メモを見るような様子はなかったから、情報メモというのはリタの頭の中にだけあるのだろう。
「いやだなぁシェリル。情報だって立派な商品だよ?」
リタはにんまりと笑いながら眼鏡の位置を直した。
「あら、それじゃあわたしはいくら払えばいいのかしら」
「自分から勝手に話したことにお金を求めたりしないよ。友達だしね」
冗談交じりに笑うシェリルに、リタは降参するように両手をあげた。
商売に関して一途なリタが無料で、というのはそれはそれで怖いものがあるが。
「……その情報メモとやらに、わたしのことまでメモしてあるの?」
「さぁ? それは企業秘密だから言えないなぁ」
それは遠回しにシェリルのこともメモしてあると言っているようなものだ。
「……リタが友人を売るような人でないと信じることにするわ」
「そうしてくれると嬉しいな。大丈夫! もし売るとしてもちゃんと相手は選ぶから!」
「……そうね、お願いね」
シェリル自身のことで売れるような情報はないとは思うが、万が一のときはリタの良心を信じるしかないようだ。
(相手を選ぶって言ってるし、まぁ平気だと思うけど……)
「話変わるけど、ウチで買い物するのは今週末でいい? いい商品が揃ってるよ」
ちょうど季節ものの新商品が入荷するから、とリタは手帳を確認しながら教えてくれる。
「頼もしいわね。今週末なら予定が空いてるから大丈夫」
友人らしい友人といえばリタくらいだ。おかげで休日は持て余していることが多い。
「わかった。じゃあ広場で待ち合わせようか」
「お店の場所は知ってるわよ?」
コーベット商会は有名だ。シェリルはまだ一度も行ったことがないけれど、場所はわかる。
「学園の友達を自分の家に連れていくってのをやらせてよ。これでもあたしも楽しみなんだから」
照れたようにリタが言うので、シェリルは思わず「ふふ」と笑った。
「わたしもリタのお家に行くの楽しみだわ」
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