じゃじゃ馬令嬢は初恋をこじらせている

青柳朔

プロローグ

 恋というものはままならないものなのだと、シェリルは十二歳の時に知った。

 それは晴れた日のことだった。

 シェリルは庭に飛び出して、彼の姿を見つけて歓喜した。話しかけようと近づいたところで、シェリルの足は地面に縫い付けられてしまったのだ。


「バカ言うなよ! あんなじゃじゃ馬と結婚なんて絶対にごめんだよ!」


 聞くつもりはなかった。だって立ち聞きなんてとてもはしたないことだ。いくらシェリルがとても活発で、未だ淑女には程遠い少女だったとしても、必要最低限のマナーくらいはわかる。

 けれど自分のことを話しているのだと気づいて、シェリルはつい声をかけそびれてしまったのだ。

 声の主を、シェリルはよく知っている。

 クライヴ・ロートン。

 シェリルより二つ年上の従兄であり、幼なじみのようなものでもある。


『ゆくゆくはおまえとシェリルが婚約、結婚かな。父さんも伯父さんも乗り気みたいじゃないか』


 クライヴは兄であるオズワルドにそう言われていた。だから思わず、シェリルは立ち止まったのだ。

 そうなったらいいな、なんて思っていてもシェリルはまだ誰にも言っていなかった。そうなるかもしれないという予感もあった。

 けれどクライヴにとって、それは『絶対にごめん』なのだそうだ。

 悲しいという感情より先に怒りが湧いた。日頃から遠慮なく言い合っている相手だったからこそ、シェリルは深く考えるより先に身体が動いたのだ。

 クライヴはこちらを見た。一緒にいたオズワルドも同じようにシェリルを見る。


「わたしだってあんたなんかお断りよ!」


 そう叫びながら、シェリルは手にしていたものを投げた。クライヴにプレゼントしようと思って持ってきた、手作りの栞だった。

 投げつけられたクライヴは変な顔をしていた。困ったような、驚いたような、慌てたような。けれどそんなことはどうでもいい。シェリルはお構いなしに踵を返す。クライヴの顔なんて、一秒でも長く見ていたくない。


 従兄のクライヴは口が悪いし、たまに意地悪だったりすることもあるから喧嘩も絶えなかったけれど『喧嘩するほど仲が良い』というやつなのだと思っていた。

 少なくとも、シェリルはクライヴを嫌ってなんていなかった。むしろ気兼ねなく言い合える存在だと思っていた。


 まさか、クライヴからあんなに嫌われているなんて思っていなかったのに。


 ああ初恋は、叶わないものだというけれど。

 始まってすぐに、こんなに苦い終わりがあるだなんて思っても見なかった。

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