第27話 ロッカー盗難事件―朝まで帰らないので心配した!
就職してから3か月も経つと、すっかり生活にリズムができた。久恵ちゃんにも落ち着きと自信がついてきて、仕事の話をしてくれるようになった。仕事を楽しむ余裕がでてきたみたいで安心した。
「明日は早番で早く終わるので、同僚に頼まれた合コンに参加したいけど、どう思う」
「若い人は若い人との付き合いが大事だから、遠慮しないで行っといで」
「後学のために一回は行ってみたいと思っていたのでそうさせてもらいます」
「帰り時間をメールで知らせてくれる?」
「はい、心配しないように連絡を入れます」
◆ ◆ ◆
午後8時過ぎに、2次会に行くとのメールが入ったので[了解、気を付けて]と返信した。
ところが、終電の時間を過ぎても一向にメールもなく、帰って来ない。電話するが、電波の届かないところ、うんぬんの伝言ばかりだった。胸騒ぎがするが、どうしようもない。
2時、3時と時間が過ぎていくが連絡がない。眠いが心配で眠れない。ソファーでうつらうつらしていたら、外が少し明るくなってきた。
とうとう徹夜になったと思ったその時、部屋のモニターのチャイムがなるので、急いでモニターを見ると久恵ちゃんが写っている。
「久恵です。開けて下さい」と弱弱しい声が聞こえた。
鍵はどうしたんだ、持っているはずだが。すぐにロックを開けて、玄関のドアのロックも外す。ドアを開けて耳を澄ますとエレベーターが登ってくる音がする。
「ただいま」という顔が青ざめている。
「おかえり、どうした、何かあった」と聞くと「心配かけてごめんなさい」とだけ言って、部屋に入ってしまった。
手には何も持っていなかった。何があったんだ?
しばらくして、着替えて部屋から出てきて、ソファーにいた僕の隣に座った。その時はもう落ち着いているように見えた。
事の顛末はこうだった。1次会の合コンで盛り上がったので、2次会に行くことになった。みんなで新宿のディスコのような踊れるところへ行くというので、どんなところかと興味があってついて行った。ロッカーにバッグを入れてホールで踊ったとのことだった。
終電の時間が近づいてきたので、荷物を取り出そうとしたが、ロッカーの中は空っぽになっていた。ロッカーの場所を間違えていないかと探したが、間違いなく盗難にあったことが分かって血の気が引いたそうだ。
店の人に言ってもらちが明かないので、警察へ行った。バッグの中味は財布、金額は1万円くらい、運転免許証、健康保険証が入っていた。それにマンションのカギ、携帯電話、化粧品セットなどの小物だった。警察で盗難届と運転免許証の再発行の手続きをしたという。
友人から交通費を借りて始発電車に乗ってマンションにたどり着いた。僕の声を聴いて安心して力が抜けたとのことだった。
「起きて待っていてくれて、ありがとう。パパの声を聴いて安心して力が抜けてしまって、疲れがどっとでてきたの」
うなだれて泣いたので、思わず抱き締めてしまった。久恵ちゃんも抱きついて泣き続けた。
「盗難だけで済んで良かった。免許証や保険証は再発行してもらえばいい。携帯電話はまた買えばいい。久恵ちゃんの身に万一のことがあったらと心配でならなかった。無事で本当によかった」
久恵ちゃんは頷いていた。父親の気持ちってこんなんだろうな!
今日は、久恵ちゃんは休みの日だったので、そばにいてやりたくなって、急遽会社を休むことにした。それから、トーストとコーヒーの簡単な朝食を作った。
「これを食べて、少し休んだら? 今日は休みなんだろ」
「ありがとう、少し休みます」
お腹が落ち着いたところで、それぞれゆっくり眠ることにした。
気が付いたらもう午後3時を過ぎていた。僕は心労でよっぽど疲れていたんだろう。久恵ちゃんは昼過ぎに目が覚めて、僕を起こさないように部屋の片づけをしていたという。久恵ちゃんは気を取りなおしていて、もう元気にそうに見えた。
「もうあんなところ、絶対に行かない。ろくな男いないし。パパみたいな良い男は、早く家へ帰って、ちゃんと食事をして、お風呂に入って身体を休めて、好きなテレビを見たり、本を読んだり、お酒を飲んだり、音楽を聴いたり、部屋を片付けたり、明日のための準備をしているのね」
そう言って、夕食を作ってくれた。いや、行くのが億劫で、めんどうくさいだけなんだけどね!
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