第5話 ドキドキする新しい生活が始まった—まるで新婚家庭?

5時半に物音で目が覚めた。久恵ちゃんが起きて朝食の準備をしてくれている。起きる時間だ。洗面所へ行って歯を磨いて、髭をそって、顔を洗う。電気カミソリは使わない。爽快感が違う。


部屋に戻ってスーツに着替える。6時にリビングダイニングへ出ていく。スケジュールどおり。


「おはよう」の挨拶を交わして、朝食を摂る。


「朝食の献立、それでよかったですか?」と聞かれた。


僕が頷くと、久恵ちゃんも食べ始める。すぐに食べ終わった。


「ごちそうさま。準備ありがとう。僕が朝食の準備をしてもいいけど」


「いえ、私の仕事ですから」


「まるでお嫁さんをもらったみたいだ」


「そう思っていてください。やりがいがありますから」


久恵ちゃんは後片付けを始めている。意外な返事だった。


「今日から昼間は一人になるけど、大丈夫?」


「大丈夫です」


「来訪者が来たらモニターで十分に確かめてから、開錠してね。セールスは来ないと思うけど、必要ありませんと言って、相手にならないこと。そうすると帰っていくから。それと部屋を空けるときは玄関のカギを必ずかけること。いいね」


「大丈夫です」


大事なことだから2度言っておくと言って、2度も同じことを言ってしまった。


6時半過ぎには「いってらっしゃい」の声を聞きながら、マンションを出る。


会社には8時前には到着する。昨日は休暇を取ったので、机の上に回覧の書類がたまっている。それに目を通していると、始業時間の9時になる。


「姪子さんとの生活はどうですか? 随分嬉しそうですね」


「そうでもないね、いろいろ気を遣うことが多くて」


「川田さん、目じりがたれていますよ」


「もう、からかわないでくれ」


兄貴が事故で亡くなったことは葬儀のために休んだから皆知っている。義理の姪を引き取って同居することは会社にも報告しておいた。扶養家族にする必要があったからだ。


周りは40近い独身男が若い娘と同居を始めることに興味深々なのだろう。仕方ないとあきらめよう。


◆ ◆ ◆

今日は定時になったら早めに引き上げることにした。まわりは姪が気になると思っているようだけど、その方が好都合で帰りやすい。そのとおりなのだから、そういうことにしておこう。


帰りは自由が丘から[今自由が丘]のメールを入れる。帰りは疲れているから歩かないで電車で帰ることにしている。およそ25分でマンションに着く。歩いて帰る時間とほぼ同じ時間がかかる。今日は7時前に着いた。


帰宅時のドアの鍵はそれぞれが自分で開けることに決めていた。玄関ドアの開く音で久恵ちゃんが跳んでくる。


「おかえりなさい」


可愛い久恵ちゃんが迎えてくれる。それに夕食のいい匂いがする。きっと新婚さんってこんな感じなのだろうと思ってしまう。


もうそんなことはないだろうと諦めかけていた。こんな新婚さんの気分を味わえるなんて、今が一番いい時かもしれない。


すぐに自分の部屋でスーツを着替えて食卓に着く。


「初めての夕食はクリームシチュウにしてみました」


「美味しそうだ」


「食べてみてください。味はどうですか?」


きっと新婚のお嫁さんもこうして味を聞くんだろうな。一口食べてみる。


「美味しい」


「よかった。美味しいと言ってもらえて。たくさんありますからお替りしてください」


美味しいシチュウだった。お替りを2回もした。久恵ちゃんはとても喜んでいた。本当に美味しかったんだ。


一緒に後片付けをしたら楽しいだろうと後片付けの手伝いを申し出たけど即断られた。しかたなくソファーで後片付けを見ている。


「コーヒーをいれるけど、久恵ちゃんもどう?」


「いただきます」


「コーヒーの後片付けは僕がするから」


「お願いします」


後片付けが終わるタイミングでコーヒーメーカーで二人分作る。久恵ちゃんが隣に座って一緒に飲んでくれる。


こういう暮らしを幸せな生活というのだろう。東京へ連れてきて本当に良かった。生活に張りが出てきた。若い娘と居ると若返るというのは本当だ。身体に活力がみなぎってくる。


◆ ◆ ◆

僕はお風呂を上がってソファーでテレビのニュースを見ながら一息ついている。水割りが飲みたくなって1杯作った。冷たくて旨い。こうしてソファーに寝転がってゆっくりニュースを見るのも久しぶりだ。


久恵ちゃんはお風呂に入っている。今日も結構長風呂だ。


新婚さんだったらこれから一緒の布団で寝るんだろうな。それが違うところだ。日曜日にソファーでうたた寝をしていた久恵ちゃんの寝顔を思いだした。あんな寝顔でそばに寝ていたらきっと我慢できなくなって・・・。


「もう寝ましょうか?」


眠っていたのかもしれない。久恵ちゃんの声にびっくりした。タイミングが良すぎる。驚いてしばらく返事ができなかった。


パジャマ姿の久恵ちゃんが水の入ったグラスを持ってキッチンのところに立っていた。僕が眠っていたので声をかけたようだ。


「久しぶりに出勤したので疲れた。そうしよう」


ソファーから起き上がって自分の部屋に入った。このままでは眠れそうもない。今夜は久しぶりにHビデオでも見て寝るとするか!

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