パパと恋人のはざまでー義理の姪が誘惑している?

登夢

第1部 気儘な専門学校生編

第1話 義理の姪を引き取ることになった訳

4月の朝は毎日明るくなるのが早まるのが分かる。まだ5時半まで時間が随分ある。一度目が覚めると、まだまだ時間があるのにもう眠れなくなってしまう。でも、うとうとするこの時間がとても心地良い。


久恵ちゃんがここへ来た始めのころはお互いに戸惑うことが多かったけど、何とか同居生活に慣れてきた。一緒に暮らし始めてもう3週間余りになる。


それに先週末は楽しかった。一人では行く気にもならないような東京のにぎやかななところへ案内して、それもうら若き女性と二人きりだ。春の日差しの中で本当に彼女がとても眩しく見えた。こんなことが現実に起こっていることが信じられなかった。


父親代わりに面倒をみると言って暮らし始めたのは良いけど、僕はこの先どうしたらいいんだろう? 手の中にいる可愛い彼女とどう向き合っていけばいいのだろう? 気持ちをこのまま抑えられるだろうか? 


もう枕元の電波時計が5時を指している。久恵ちゃんが自分の部屋のドアを開けるかすかな音が聞こえる。僕を起こさないようにとの心配りが分かる。


すぐに洗面所で身繕いをして、部屋に戻ってお化粧をして、それから朝食の準備をしてくれる。かすかな物音でそれが分かる。


だめだ、だめだ、こんなことでは。その様子を想像している自分がいる。そのうちにキッチンから朝食を準備する音がかすかに聞こえてくる。


5時半になると僕は起床して身繕いをして出勤の支度をしてから食事を始める。トースト、牛乳、チーズ、果物の簡単な朝食だ。これを久恵ちゃんが二人分用意してくれる。


「おはよう」


「おはようございます」


「パパの今日の予定は?」


「今日は記者クラブとの交流会で遅くなります。2次会まで付き合う予定だから帰りは午前様になるかもしれません。夕食はパスでお願いします」


「了解です」


「久恵ちゃんの予定は?」


「学校の友達と帰りにショッピングに行く予定です。7時前には帰ってきています」


「お小遣いはあるの。足りなければ遠慮はいらないからね。前借りもOKだよ」


「ありがとう、大丈夫です。十分あるから」


「東京にはまだ慣れていないから、気を付けてね」


「大丈夫、パパこそ気を付けてね」


僕は川田かわだ康輔こうすけ、38歳独身。大手食品会社に勤めている。役職は課長代理だ。収入もそこそこある。


7時前に出勤して、8時前には六本木の本社に到着する。最寄駅は池上線の雪谷大塚だけど、運動のために東横線の自由が丘まで約25分かけて歩いている。


朝の早い出勤はラッシュを避けるためと、会社での朝の挨拶が億劫なためだ。7月に入ると早朝でも暑くなって歩くのがいやになるが、今はまだ気温が低い。これまでの二人の生活をあれこれ思い出しながら歩くこの時間が楽しい。


なぜ「パパ」かと言うと、話は4か月ほど前まで遡る。去年の12月9日に故郷の兄夫婦が突然の自動車事故で他界した。


もらい事故で、居眠り運転の車が車線をはみ出して、対向車線を走っていた兄の車に正面衝突した。助手席の義姉は即死して兄は1日後に亡くなった。幸い娘の久恵ちゃんは友人と別行動をしていて無事だった。


午後一番の会議の最中に電話が入り、あわてて新幹線に飛び乗って、3時間以上かけて雨の金沢に到着した。


病院に駆けつけると、兄にはまだ意識があり僕の手を握って「久恵の力になってやってくれ、必ず」と頼まれた。


その時、久恵ちゃんにも「いいか、康輔おじさんを頼れ、いいね」と言い残した。言いたいことを伝えて安心したのか、すぐに眠った。それが最後の言葉になった。


久恵ちゃんは憔悴していて、ただ泣きじゃくるだけだった。それを見るとかけてやる励ましの言葉もなかった。ただ、僕が面倒をみてやろうとその時心に決めていた。


お通夜からお葬式の段取りと日程は母と相談して決めた。久恵ちゃんに聞いたが、連絡が必要な義姉の親戚は知らないとのことだった。喪主は久恵ちゃんが務めた。


お葬式を済ませると僕はいったん東京へ戻った。久恵ちゃんのそばにしばらくはいてやりたかったが、当面は母がなんとか面倒を見るというので、担当している会議の予定もあったのでいったんは東京へ戻ることにした。


それからは週末毎に帰省して、兄の死亡に当たってのいろいろな手続きをしなければならなかった。久恵ちゃんはと言うと家に引き籠っているだけだった。帰省のたびに会いに行ったが、慰めの言葉の掛けようもないほど憔悴しきっていた。


僕より5歳年上の兄は父の家電サービス会社を継いで細々と経営していたが、その死により経営が破たんした。銀行からの融資残額が4,000万円近くあり、兄の自宅と実家を売却して、これに充てて会社を整理した。


また、事故の保険金もあったので、仕事で世話になった弁護士さんに頼んで、なんとか借金が残らないように収拾できて、久恵ちゃんにも当面の生活資金が手元に残った。


兄夫婦は実家の母の面倒も見てくれていたが、これもできなくなり、母には高齢者専用住宅に入居してもらうことにした。


母は気丈で、父の会社の始末は自分がつけると兄の名義になっていた実家の売却を承諾した。母には幾ばくかの預金と父の遺族年金があり、今後の生活については特段の問題はなかった。


久恵ちゃんとは7年前、兄の結婚式の時に初めて会った。その時は中学1年生で、目がクリクリしたはっきりとものを言う活発な女の子だった。


兄は再婚だった。恋愛結婚した前の奥さんは、母と折り合いが悪く、結婚して1年足らずで家を出て行った。


義姉はシングルマザーで少し陰のある美しい女性で優しい人だった。兄の会社でパートとして働いていたのが縁で結婚することになった。


兄は実家で母と同居していたが、以前のこともあり、結婚を機に近くに小さな中古住宅を購入して、家族3人の生活を始めた。


久恵ちゃんとは、その後は年に1回くらい、帰省した時に会う機会があったが、会ったのはせいぜい3、4回だったと思う。会えば、お年玉やお小遣いを渡していた。


事故直後は、目を真っ赤にして憔悴しきっていた。お葬式を済ませてからもしばらくは家に閉じこもっていたが、年が明けたころには現実を受け入れて落ち着きを取り戻していた。芯はしっかりしている娘だと思った。


久恵ちゃんも20歳になっていて、改めて近くで見ると初々しくて可愛いし、年頃の娘さんらしくなっていた。学生時代に思ったが、女子は20歳くらいから急に綺麗になって女性らしくなってくる。


兄貴と二人だけの男の兄弟で育って、姉妹がいなかったので、久恵ちゃんがとても眩しく見えた。歳が離れているのに彼女にじっと見つめられると何故かこちらがドキドキした。


2月のはじめ、会社や住宅の整理に目途がついたころ、久恵ちゃんに兄の会社の負債状況と自宅の売却や財産の状況を説明した。そして今後の彼女の身の振り方について相談した。


「3月に短大(短期大学部)卒業だよね。就職は決まっているの?」


「公務員試験受けたけど不合格だった。銀行の新規採用に応募したけど不採用で、就職活動中です。3月までに良い就職先が決まらなければ、パパの会社のお手伝いをすることになっていたけど、こういうことになって」


「住む家がなくなるけど、どうする? 就職先も見つかっていないし、東京のおじさんのところへ来ないか? 丁度ひと部屋空いているから大丈夫だ。おじさんは兄貴から久恵ちゃんのことを頼まれているから、父親代わりになって力になりたいと思っている」


「ありがとう。心配してくれて」


「短大の専攻は?」


「コミュニティー文化学科です。私、お勉強にはあまり向いてなくて、パパには高校までで良いと言ったけど、これからは女の子でも大学まで出ておいた方がよいと言われて。それでは迷惑がかかると断ったけど、お嫁に行く時も今では短大くらいは出ていないと相手の両親が気に掛けると説得されて、短期大学部に入ったの」


「久恵ちゃんは何がやりたいの?」


「やりたいことがよく分からないんです」


「何が好きなの?」


「強いて言えば、お料理かな。ママに教えてもらっていたけど好きです。ママはお料理が上手で、パパが美味しい美味しいと食べていました。それを見ていたから、私も料理が好きになり上手になりたいと思うようになりました」


「料理か…」


「これからは女の子も自立できなくてはいけないと思う。兄貴も久恵ちゃんが自立できるようにしたかったのだと思う。東京へ来ても今からでは大きな会社への就職は難しいけど、派遣社員になれば何か仕事はあると思う」


「それでもいいけど」


「だけど自立するには、何か手に職をつけるとか、資格を持っていないとだめだ。おじさんの提案だけど、好きな料理の勉強をするのはどうかな?」


「料理の勉強って?」


「東京へ来たら、調理師の学校へ行ったらいい。1年位で調理師免許がとれると思う。給料は底々だと思うけど、就職口は沢山あると思う。好きなことを仕事にするのが一番良い。好きなら頑張れるし上手くなる。才能があれば一流にもなれるし、お金は後からついてくる」


「おじちゃんはどうだったの? 今の仕事は好きなの?」


「ううーん、いろいろあって今の仕事をしているけど、やっているうちにやりがいがあると思うようになって好きになった。仕事ってそんなものかもしれないね」


「調理師学校か、料理を基礎から勉強したいから行ってみたいです。東京へいきます。お願いします」


思い切りのよい娘だ。


「学費はおじさんが出そう」


「そんな迷惑かけられません。住まわせてもらうだけで十分です」


「兄貴との約束を果たすだけだから、気にしないで。おじさんにまかせて」


「それじゃあ、おじさんの愛人になって、そのお手当ということでは?」


「ええ! 驚かすなよ」


「へへ冗談」


「そんなこと二度と口にしないように」


「ごめんなさい」


結構、茶目っ気があるのか、ドキッとすることを平気で言う。少しは気が晴れてきたのならいいのだが。


「だったら、家事をやってもらうということでどうかな? 掃除、洗濯、料理など家事一切をお願いする。学費と生活費とお小遣いはおじさんが負担する」


「家事をすることでいいのなら、そう難しくないし、気が楽なので、それでお願いします。おじちゃんの家計は大丈夫?」


「おじさんはこの歳だから妻子を養えるぐらいの給料は貰っている。久恵ちゃんを扶養家族にするから、税金も安くなるだろうし、健康保険も大丈夫だから」


「親身になってくれて、何から何までありがとうございます。よろしくお願いします」


「一緒に暮らすことになるけど安心していていいから。おじさんは、昔、研究所にいるとき、『乾燥剤』と言われていたくらいだから」


「乾燥剤?」


「書いてあるだろう。人畜無害、でも食べられません!」


「そんなことないです。とても素敵です」


まあ面白みがないからそう言われていたんだろう。確かにあのころは真面目一方で研究に没頭していた。


それからも兄貴の家と実家の整理や母の引越しのために何回か帰省した。幸い久恵ちゃんは3月末までは兄貴の家に住むことができて、後片付けをしながら、無事短大を卒業した。

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