オーダーは探偵に
近江泉美/メディアワークス文庫
『オーダーは探偵に 謎解き薫る喫茶店』――シリーズ第1巻試し読み
プロローグ〈1〉
青く輝く空に
「うわああ、遅刻するー!」
そんな中、必死の
きっちりと結わえた黒髪に、黒のスーツ。書類で膨れたバッグを肩に掛け、
美久の前方には数分前に乗る予定だったバスがある。
「待ってってば……っ」
走行するバスを追う事およそ一キロ。距離は依然として縮まらない。パンプスでの強行軍に息はとっくに切れ、足も悲鳴を上げていた。走り続けるのも限界だった。
一度歩調を緩めると、もう走れなかった。美久はよろめきながら足を止め、
まずい、貧血かも……どこかで休まないと……。
目で辺りを探すとすぐそばに脇道があった。背の高い木々に挟まれた小道はいかにも涼しげで、美久は考えるより早く足をそちらに向けていた。
しかし行動するには遅すぎた。
小道に入って数歩も行かないところで、がくん、と膝が抜けた。あ、と思った時にはアスファルトが視界一杯に迫っていた。
ああ、頭ぶつけたら痛いな──
「
ごく近いところから涼やかな声がした。
通行人が抱きとめてくれたのか、腹のあたりに人の腕を感じた。返事をする間もなく
目を細めると、
少し
「しっかりしてください」
光に彩られ、透き通るように美しい少年が美久の顔を
高校生だろうか。
「────」
少年が何か言ったが聞き取れなかった。美久は目を閉じ、意識が薄れるに任せた。
と、ふわりと体が浮く感覚があった。重力から解放され、まるで雲の上を滑るように移動していく。
美久は
吐息が触れるほど近くに端正な横顔があった。さらに背中や膝の裏に力強い腕を感じる。抱きかかえられているのだと理解するのに時間がかかった。それも、おとぎ話に出てくる王子様がお姫様にするように。
……これは、夢?
自分とは違う硬い胸板。人ひとり抱えているというのに少年の腕は微動だにせず、足取りも淀みない。風に揺れる柔らかな黒髪。眼鏡の奥の長い
うそ。こんな、こんな夢みたいなことってあるのかな……。
少年が美久を見下ろして優しく
美久の体の支えていた力がふっと
落ちる感覚さえ心地良かった。
体が柔らかな物の中に沈み込む。舞い上がる白いレース。歓声を上げるように飛び出す真っ赤なリボン。
「う……!? う、うう……」
美しい夢が悪臭に
美久はうなされるようにして目を開いた。
『資源ですか? ごみですか?』
そこには、そんな親切な確認の言葉がプリントされた
美久の額についたリボンのように長いリンゴの皮が、ぷらん、と所在なげに揺れた。
見粉う事なきゴミ捨て場。いや、ゴミの中だった。
「しっかりお休みください。何なら永遠に」
視界を埋め尽くすゴミの向こうで少年が輝くばかりに微笑んだ。
わけがわからなかった。
なんで、ゴミ。なんでゴミ捨て場。なんで不燃ゴミ日にリンゴの皮────!?
「リ、ゴは、燃える……ゴミの……日に」
美久は言いかけ、力尽きた。
薄れゆく意識の中、少年だけが変わらず美しい笑みを
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