第三十話 ミミック、質問される


「初めまして! 僕は次元龍のハルコです! こちらは魔神のドランさん」

「ハルコに、ドラン。ふむ。名前があるのは良いことだ」

「ハルコというのはオリハルコンスライムから来ていまして、ドランというのはパンドラの箱から来ています。僕たちは、二人とも元は別の魔物なんです」

「ほお、それは凄い。配合されたんだね。それで、そんな二人が、私になんの用かな」


 なんだこいつ、全然落ち着いてるじゃないか。

 捕獲方法が便利過ぎて、初めてウルスラに会った時のような、こういうパターンをすっかり忘れていたな。


「はい。僕たちにちからを貸して欲しいんです!」

「ちからを貸す、か。ふむ。それはつまり、配合素材になれと、そういうことかな」

「はい!」


 おいおい、大丈夫なのか、そんな率直に言ってしまって……。


 まあしかし、こうなったらもう、ハルコに任せるしかない。


「私を使うなら、島クジラだね。協力するかはさておき、フェニックスはもういるのかな」

「はい。あちらは話を聞いてもらえなかったので捕まえてしまいましたが、あなたはそうではないだろうって思いまして」

「なに、フェニックスを捕まえたのか。それは凄いね。君たちは相当強いと見た」

「はい! 特にドランさんは魔神ですからね!」

「魔神か、ふむ」


 ダイヤトータスは依然として穏やかだった。

 今なら首を掴んで強引に引っ張り出せそうだが、俺にももう、そんな気は無くなっていた。


 ハルコは、俺たちの境遇をダイヤトータスに長々と話して聞かせた。

 俺が何者で、今何をしていて、なぜ自分がそれに協力していているのか。

 そして、なぜここに来たのか。

 向こうも嫌がることなく、じっと話を聞いてくれていた。

 いいやつなんだろうな、こいつも。


 ハルコの話が終わると、ダイヤトータスは少し黙ってから、ゆっくり言った。


「二、三、聞いてもいいかな」

「はい!」

「君たちは、私がこの生活に不満があると、そう思うかな?」


 俺はすぐに答えることができなかった。

 ハルコも珍しく困ったように口を閉ざしている。


「……悪いけど、あってもおかしくない、とは思う。ミミックの頃の俺と同じような生活なのだとしたら、きっとそうだろうから」

「ふむ、なるほど」


 やっと絞り出した答えにも、ダイヤトータスは芳しい反応は見せなかった。


 うーん、これは失敗したか?


「私はかつての君たちとは違い、それなりに自由に移動することができる。しかし、私はここに住んでいる。なぜかわかるかな」


 またしても難しい質問だ。

 なんだか、試されている気分になる。


「ここが気に入っているんですね!」

「ふーむ、そう思うかね」


 ハルコのストレートな答えに、ダイヤトータスはニコニコと笑った。

 もはや何が正解なのか見当もつかない。


「では、最後に。私は君たちに協力するつもりだと思うかな」


 その質問には、ついに俺とハルコも黙り込んでしまった。

 二択なのに、正しい答えが全く分からない。

 かと言って、適当に答えるのも気が引ける。


 俺たちがしばらく黙っていると、ダイヤトータスは低い声で、喉をクックと震わせた。


 地面が激しく揺れ、周囲に無数の亀裂が走る。

 砂煙と轟音を上げながら太い前脚が現れ、ダイヤトータスはその全身を地上に持ち上げた。


「私はね、覚醒するほどの長い長い時間を、この地上で過ごしてきた


 砂煙と突風から身を守るため、ハルコと自分にバリアをかけ、飛び上がって距離を取る。

 こうして全身が露わになって分かった。

 こいつ、思っていたよりもめちゃくちゃデカい。


「地上はもう、飽きてしまったんだよ。ずっと岩のふりをして、ジッとして、一人で。次は海か、空か。どちらでも良い。新しい世界を知りたかったんだよ」


 ダイヤトータスが身体を震わせ、付着した砂や土を払いのけた。

 それだけで地震が起こり、周囲の岩山がボロボロと崩れていく。


「不満で不満で、つまらなくて仕方なくて、けれど、諦めていたんだよ。肝心の配合装置はない。フェニックスにも会えない。ミスリルだって見つからないんだから」


 マチルダとウルスラがこちらへ飛んでくる。

 俺たちは四人で固まって、この巨大モンスターの作り出す圧倒的な光景を眺めていた。


「いやあ、よく来てくれた。さあ、配合へ行こう。ああいや、ミスリルがまだだったね。いくらでも待つよ。今更数日、数ヶ月待ったって、そんなものはほんの少しの時間だ。ああ、楽しみだ。君たちを乗せて空を飛ぶのが、私は楽しみで仕方ない」


 ダイヤトータスは地響きのような声で、高らかに笑った。

 俺とハルコは口を開けたまま視線を交わし、それからすぐに吹き出してしまった。

 事情を察したウルスラも笑い出し、マチルダだけが不思議そうな顔をしていた。


 擬態もきっと、悪いことばかりじゃない。

 だけど俺たちは致命的に、飽きてしまったんだ。

 うんざりしてしまって、新しい生活を望むんだ。

 知らない、想像もつかないような自由と苦労に、憧れてしまうんだ。


「ダイヤトータス!」

「なんだい、ドラン」

「勝てよ! フェニックスに!」

「はっはっは! 負けて堪まるものかね!」



   ◆ ◆ ◆



 ダイヤトータスは、配合装置にギリギリ、入りそうなサイズだった。

 あんなに大きいと思ってなかったから心配だったが、ひとまず安心だ。


 あとはミスリルが見つかれば、それで素材は揃う。

 島クジラが作れる。

 問題はそのミスリルだが……。


「とりあえず、ダイヤトータスにはしばらくスカイバレーにいてもらって、俺たちはミスリルを探そう」

「そうですね。私が必ず見つけて見せます」


 俺とマチルダとウルスラとハルコは、次元トンネルで飛んできた配合場で一息ついていた。

 ロベリアとツバキは屋敷でミスリルの捜索中。

 向こうはどうなっているかな。

 フェニックスはおとなしく捕まっているだろうか。


「ミスリルの手がかりは、今は魔王の屋敷しかないんだったね。じゃあ、ひとまずロベリアに状況を確認した方がいいんじゃないかな。もしかすると、もう見つけているかもしれないよ」

「そうだな。一度屋敷に戻ろう。ハルコ、頼む」

「ラジャーです!」


 いつものように、ハルコにトンネルを開いてもらう。

 これを潜れば、屋敷には数秒で辿り着くことができる。


「あれ?」


 ハルコが小さい頭を傾げて、変な声を上げた。


「ん、どうした、ハルコ」

「うーん……何となくいつもと感じが違うような……。気のせいですかね」

「今日は次元渡りが多かったからね。疲れてしまったんだろう。向こうに着いたら、少し休んでもいいかもしれないね」

「そうなのか?」

「どうなんでしょう……」

「お前は身体も小さい。無理せず、体調を優先することだ。戦士は常に、万全の状態でなければならない」

「……分かりました。申し訳ないのですが、少しだけ、休憩をいただきますね」


 ハルコは照れたように笑い、ペコリと頭を下げた。

 まあ、こいつを酷使し過ぎていたのは紛れもない事実だ。

 たとえ疲れていなかったとしても、何かしら労ってやらないといけないだろう。


「じゃあ、行くぞ」


 俺の呼びかけで、俺たちは一斉にトンネルに飛び込んだ。

 いつもなら、これでしばらく視界が閉ざされて、それから屋敷の庭に出る。


 ロベリアもツバキも、頑張っているだろうか。

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