第二十三話 ミミック、特訓する
「そうか、黒龍は消えたか」
ツバキは誰にともなくそう言って、窓の外の吹雪を見た。
あの戦闘での傷は、もうすっかり癒えている。
書斎には俺とツバキ、今はこの二人しかいなかった。
「まあ、あやつらしい最期かもしれんな」
「……つらいか?」
「まさか。清々しておるよ。それに、失望もな」
言いながらも、ツバキはどこか寂しそうだった。
ドラゴンの個体数は決して多くない。
どんな関係の相手であれ、仲間が減るのは悲しい、ということだろうか。
「覚醒するまで生き永らえておきながら、大した生き甲斐も見出せんかった。あやつの負けじゃ」
「ツバキは厳しいんだな」
俺の言葉には答えず、ツバキは小さく吐息をついた。
俺の方に向き直り、あっさりした顔で次の言葉を続ける。
「ハルコがおれば、これからの配合はずっと楽になる。問題は、次にどんな魔物を仲間にするか、じゃな」
「それなんだけどさ」
「ん?」
「しばらく、配合はロベリアに任せようと思うんだ」
「……ふむ。それで、ぬしはどうする。もう隠居か?」
「……いや」
◆ ◆ ◆
振り下ろされる刀をギリギリで避けて、相手の懐に潜る。
裸の拳を突き出し、振り抜いた。
ツバキが左手でそれをいなし、回し蹴りで俺を牽制する。
二人の間に距離が出来、俺たちは互いに構えを解いた。
「……ふむ」
「な、なんだよ」
「ぬし、今どうやって妾の太刀をかわした」
「え? ……どうやってって、どういう意味だ?」
質問の意図が分からず、俺は聞き返してしまった。
現在、俺は屋敷から少し離れた場所で、ツバキに戦闘訓練をつけてもらっていた。
まあツバキだって元はドラゴンだ。
人型の近接戦闘の技術はまだまだだから、本格的な訓練とは程遠いものなんだろうけれど、圧倒的に場数が足りない俺にとって、学ぶものは多い。
「見て避けたのか、それとも読んで避けたのか」
「……見て避けたけど」
「なるほど。見えておるなら救いがある、か」
ツバキは身体の前で腕を組んで、ない胸を腕の上に乗せた。
「黒龍の攻撃や、ドラゴンだった頃の妾の攻撃も、見えておったのじゃな?」
「あ、ああ。そもそも、見て避けるの以外不可能じゃないのか? 相手の動きを予測して、なんて、初見の敵じゃあまず無理だろ」
「練度の高い者であれば可能じゃ。相手の重心移動や、筋肉の動き、目線、そして経験。そういったものから次の相手の行動を見極め、いち早く対処する。それが熟練者の戦い方じゃ」
ツバキが流れるように説明した。
うーん、なんてレベルの高い話なんだ。
「ゆえに、本来は逆なのじゃ。多くの者は、相手の攻撃を見てからでは避けられない。だから予測する腕を磨き、予測されない技術を身につける。じゃがぬしには、どうやらその必要がないらしい。ドラゴンの攻撃を、見てから避けられるのじゃからな」
「そ、そういうもんなのか……。でも、なんで俺にそんなことができるんだ?」
「おそらくは、ぬしの俊敏性SSS+。それが原因じゃろう。ぬしは全く気にしておらんようじゃが、SSS+、などというステータスは、本来存在しない」
「そうだったのか! 本当はSSSが最高ってことか?」
「うむ。いや、妾が出くわしたことがなかった、というだけなのかもしれぬがな」
「そうか……。いやぁ、ミミックの頃の俺に感謝しないとなぁ」
「ミミックの頃のぬし、じゃと?」
俺の何気ない言葉に、思いがけずツバキが食いついてきた。
「ああ、ミミックの頃、習得スキルとして【俊敏性アップ中】を持ってたんだよ。それが魔神になった今にも引き継がれてるらしくて、まだあるんだ。それのおかげじゃないかと思ってさ」
「……ふむ。なるほど」
ツバキはどこか納得していなさそうな反応だったが、そこまで気にしてもいないのか、あっさりと次の話に移った。
「ドランよ、ぬしはまず魔法と攻撃を覚えよ。回避と己の防御は、今のままでも問題なかろう」
「まあ確かに、これまで自分がピンチになったことはないな」
「ぬしが周りの者を守りたいと言うなら、魔法の方がより重要じゃろうな。ぬしの魔力量ならあらゆることができよう」
「おお、そうか! それじゃあ、さっそく便利な魔法を教えてくれ!」
「そんなもの、妾が知るわけなかろう」
「えぇ……」
なぜか偉そうに胸を張るツバキ。
せっかく希望が見えたのに。
まあ、ツバキはあんまり魔法が得意なわけじゃないみたいだから、仕方ないといえば仕方ない。
サムライエルフの魔力はSだが、魔力が高いことと、魔法の扱いが上手いことは必ずしも一致しないのである。
「じゃあやっぱり、ウルスラに教わるしかないか」
「ロベリアではないのか? あやつは気に食わんが、こと魔法に関しては眼を見張るものがあるぞ」
「それはそうかもしれないけど、魔王が家来に魔法を教わるなんて、どう考えてもおかしいだろ?」
「ああ、そういえばそんな設定じゃったな」
気楽そうにそんなことを言うツバキを睨んでみたが、ツバキはどこ吹く風だった。
これでも一応、バレないように努力してるんだからな?
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