第八話 ミミック、名付けられる
問題が二つ、あった。
「後は任せた。抜かるでないぞ」
「うん。え、でも、シンプル操作だよな?」
「妾が知るわけなかろう」
「えぇ……マジかよ」
問題その一、場所。
配合には、設備が必要だ。
魔王の記憶によれば、俺と魔王が配合されたのは、元勇者専属魔物配合師シグムンドの所有する配合研究所だった。
が、そこはなぜか更地になっていて、もう使えなかった。
なんとなく、理由は想像できなくもない。
記憶を辿ると、シグムンドは同じような施設を他にも、いくつか所有していたことが分かった。
その中で、このデカいドラゴンを入れられる配合カプセルが設置されている場所を、二人で飛び回って探した。
各施設は互いにそこまで離れていなかったので、これは案外、あっさりクリアできた。
屋外に配合カプセルが設置された、巨大魔物用の配合施設。
二つ並んだ、ドームのようなカプセルの左側に『血統』のクリムゾン・ドラゴン。
そして右側に、『相手』のコスモ・フェアリーを入れる。
今回も特殊配合だが、『触媒』は必要ないらしい。
「いや、いける。このスイッチを押すだけだ。と、思う」
そもそも、大掛かりな施設なのに、操作に使いそうなスイッチは一つしかない。
レバーも無ければ、メーターとかもない。
大丈夫だろう、さすがに。
ドラゴン規模の溜息を聞き流しながら、俺はスイッチに指を掛けた。
「……本当に、平気なのか?」
「軟弱魔王と一緒にするでない」
問題その二、精神。
「でも、相手もお前と同じ、SSランクの魔物じゃないか。もしかしてってこともあるんじゃ……」
今さら言うことでもないが、魔物の配合では、素材になった二体のうち、より精神力が強かった方が、誕生する魔物の人格として宿ることになる。
そしてその結果、なんの手違いかミミックが魔神になってしまった。
こんな理不尽はそう何度も起こるものではないだろうが、今回は話が違う。
同じランクSS同士、ガチンコのメンタルバトルだ。
どんな感じで戦うのかは、実際に経験したはずの俺にも全くの不明なんだけれども。
「もしお前が負けたら、どうするんだよ。お前は消える。俺は助けを得られない。ダブルパンチじゃないか」
「妾が勝てばいいのであろう。それに、案外コスモ・フェアリーも情に厚いやつかもしれぬぞ」
「たとえそうでも、お前に申し訳が立たないだろ。頼むから勝ってくれよ、絶対に」
俺が言うと、ドラゴンは静かに、笑ったように見えた。
「もし負けても、それは妾の自己責任じゃ。この配合も妾の提案じゃからな。貴様が気にすることではない。それに」
ずっと厳かだったドラゴンの声が、少しだけ震えていた。
そして、聞き逃してしまいそうな、小さな声で言った。
「……それに、消えたら消えたで、それも悪くはあるまい」
「お前……」
「さあ、さっさとやれ。躊躇しても結果は変わらぬ」
「あ、ああ!」
意を決して、配合開始のスイッチを押し込んだ。
激しい明滅。
二つのドームが黒炎と稲妻に包まれて、中の様子が見えなくなる。
ドーム同士を繋いでいた管が激しく暴れ、混じり合ったエネルギーが奥の広大なスペースに放出されていく。
それはゆっくりと人型を形成し、ものの数秒で一体の魔物の姿になった。
深い紅色の髪が後ろで結ばれた、尾の長いポニーテール。
前髪の揃った姫カットから覗く、漆黒の瞳と尖った耳。
所々切り裂かれた赤と白の巫女服からは肌が露出し、腰に下げた黒い鞘の長刀が存在感を放っていた。
控えめな胸に巻かれたさらしの白さが目に痛い。
そいつは直立不動のまま、目を閉じて俯いていた。
とりあえず、配合自体は成功したらしい。
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『』
種族:サムライエルフ SS
HP(生命力):S
MP(魔力):S
ATK(攻撃力):SSS
DEF(防御力):A
INT(賢さ):S
SPD(俊敏性):SSS
固有スキル:【煉獄】【根無し草】【陽炎】
習得スキル:【刀装備攻撃力アップ大】【目利き:装備適性アップ大】【俊敏性アップ大】【防御力貫通】
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【魔王の慧眼】がステータスを表示する。
相変わらず便利だ。
攻撃力と俊敏性に特化した、これまたバケモノ。
さすがはSS二体の特殊配合だ。
だが、問題はそんなことではない。
サムライエルフの目が、ゆっくりと開かれた。
一歩、また一歩と進み、俺の前まで来て足を止める。
俺の唾を飲み込む音だけが、微かに鳴る。
「お、おい? どうだ?」
「……」
「ど、どっちなんだよ、お前は」
「……妾はコスモ・フェアリーじゃ」
「嘘つけ」
ドラゴンだった。
◆ ◆ ◆
「時に、ミミックよ」
魔王の屋敷への帰途。
二人で明け方の夜空を飛んでいると、ドラゴン改めサムライエルフが、ふと声をかけてきた。
「なんだよ」
「これから妾とぬしは、頻繁に言葉を交わすことになるじゃろう。それにあたり、互いに名を与えぬか」
「名? 名前ってことか?」
「うむ」
そう言われれば、なかったな、名前。
魔物にはほとんどの場合、各個体に名前はない。
理由はさまざまだが、基本的に大きいのは、なくても困らないから、だ。
事実、魔王にも名前はなかった。
だがマチルダとロベリアには、種族のほかに個人としての名前がある。
人間の言葉で会話する以上、あった方がそりゃあ、便利か。
少なくともこいつのことを毎回、サムライエルフ、なんて呼ぶのはなんだか、変だ。
「じゃあなんて名前がいい?」
「いや、特には」
「なんだそりゃ。じゃあ俺は何がいいと思う?」
「特には」
「お前が言い出しっぺだろ……」
「ふむ……。『ドラン』が良かろう。ミミック系最上位モンスター『パンドラの箱』をもじったものじゃ」
「なんかドラゴンみたいな名前だな」
「文句を言うでない」
「はいはい、ドランね」
ドラン。
まあ、良いだろう。
俺は何度か、無言で繰り返してみた。
ドラン。
うん、案外悪くない。
ただ名前がもらえるってだけでも、俺は正直、かなり嬉しかった。
「お前は?」
「今度はぬしが決める番であろうが」
「そ、そうか」
人に名前を貰ったこともなければ、あげたことも勿論、ない。
俺は唸った。
ミミックだった頃の記憶を辿り、何かヒントになりそうなものを探してみた。
そういえば、旅人の一行が俺のいたダンジョンを通ったことがあった。
俺のことを宝箱だと思って開けようとしたら、バクリといってやる。
そんな風に考えていたが、結局、俺は発見されなかった。
だがその旅人の一人が、俺のいるあたりを指差して、言ったんだ。
赤い花が咲いている、と。
その花の名前は、確か。
「……『ツバキ』がいいな」
「ふむ、ツバキ。まあ、よかろう」
どうやら合格点らしい。
由来は内緒にしておこう。
「では、ドランよ」
「なんだよ、ツバキ」
改まった様子で、ツバキがこちらを向いた。
「妾は今日より、全力でぬしを守る。ぬしは責任を持って、妾を楽しませよ」
「……ああ、任せとけ。この先どうなるか分からないけど、頑張るよ」
「姿まで変えたのじゃ。ガッカリさせるでないぞ」
「姿は俺も変わったんだよ」
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