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001

  夏の更衣をよめる


をりふしは こきもうすきも なついろに すずしくうつる ころもがへかな


◯折ふしは、衣服の、濃い系統の色も薄い系統の色も皆、夏向けに変わって涼しく映える、そういう夏の衣替えであるよ。

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002

  卯月、十日あまり五日頃の更衣を思ひやりて


いまこそは ひとしらがさね うすらよの しらかげになほ すずしかるらめ


◯夏になった今こそ、いわゆる白襲の色合いは、布地そのものが薄く、また、うっすらと白い夜の月の光に重なって、いっそう涼しく見えることであろう。

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003

  卯月の月夜を思ひやりて、更衣の心を


しろたへの つきかげひとへ なつごろも うすくあはるる しらがさねかな


◯ ((衣替えをし、白襲に袖を通して、その白襲が折しも月の光に照らされている。物に感じて思うことは、)) 月光の白が一枚薄く自然に合わさって、また同じように自然に、薄くも調和しているこの白襲であるなあ。

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004

  陰暦の夏の更衣を


おりふしの かさねのいろめ うのはなに あふちにあやめ かきつばたかな


◯夏の季節の、和服の袷の、表裏の色の取り合わせは、ウノハナにオウチにアヤメにカキツバタであるよ。

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005

  夏の更衣を


いろあひも かけおくほどに さごろもよ このひまたのひ うすくうつろふ


◯厚みも色合いも、部屋に掛けておくうちに、夏の衣替えの服よ、お前は、今日も明日もと薄くなっていくなあ。

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006

  夏の更衣の心を


すこしまた またすこしまた かけおくに かけおくほどに またもうつろふ


◯日増しに暑くなって、脱いで掛けておく衣の枚数が増えつつ日を過ごすうちに、また一段と、衣服の色も厚みも薄くなって、夏らしくなっていくよ。

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007

  夏の初風を


なつかぜや はなもかすみも はるさめも ふきかきけして いましきにけり


◯夏風が、春の花も霞も春雨も吹きかき消して、今まさに、薫ってやって来たことだなあ。

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008

  初夏の風を


ふきかへし きつるなつかぜ はなのかげ なききのえだに みどりむすぶか


◯春風が行き去り、吹き返してやって来た夏風は、花なき桜の木の枝に、今度は葉を茂らせるのかなあ。

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009

  初夏の風を


わかきはを むすぶみどりの なつかぜや ひかりもそへて いよよきぬめり


◯草木の若葉を生じさせつつ夏風が、夏の日光も添えて、本格的にいよいよ吹いてやって来たようだ。

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010

  夏風を思ひやりて


なつかぜや あめもひかりも ならしては ことしもしげく ふかむとすらむ


◯夏風は、繰り返し雨も、稲妻を走らせる雷も鳴らして、今年も激しく吹こうとするであろうか。

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011

  珍らかなる鳥を


うぐひすや などかなくらむ いづかたの いづらともなく こえきこゆなり


◯夏の日に、ウグイスよ、どうして鳴くか。どこからともなく鳴き声が聞こえてくるようだ。

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012

  珍らかなる鳥を


うぐひすや きこゆまじきの なつのよに いづらともなく なきまさるらむ


◯聞こえるはずのない夏の夜にどうして、ウグイスが、どの辺りともなくしきりに鳴いているのであろうか。

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013

  里の時鳥を


をちかへり ものすほのねは さとふかく あまたたびなく やまほととぎす


◯繰り返し聞こえるかすかな鳴き声は、人里の奥深くの山でしきりに鳴くホトトギスであるのだなあ。

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014

  時鳥を


ほととぎす たれしもとはぬ わがいほに ここらしなきて いかよしあらむ


◯ホトトギスよ、誰も訪ねてこない我が家に向かって、長くしきりに鳴いて、いったい、どんな理由があるというのだろうか。

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015

  時鳥を


ほととぎす なけどもひとも もふどちも われおちぬれば たれかたづねむ


◯ホトトギスよ、お前は鳴いて訪ねてくれるが、わたしは落ちぶれてしまったので、ちょっとした知り合いも、親しい人も、いったい誰が訪ねてくるだろうか。誰も訪ねてこない。

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016

  時鳥を


ながめたる にはにきこゆる ほととぎす いかにおもひて あまたたびなく


◯眺めやっている庭に聞こえるホトトギスよ、お前はいったい、どういうふうに思ってそんなに何度も何度も鳴く。

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017

  時鳥を


いかにもあれ よはうつろへど ほととぎす とまれかくまれ むかしのままか


◯どのようであっても世の中というものは、はかなく移ろっていくが、ホトトギスよ、とにもかくにも、お前の鳴き声だけは昔のままか。

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018

  時鳥を


などいとど さもなかるるか ほととぎす ながのどぶえは げにつよきかな


◯どうして、しきりにそのようにも鳴くことができるか、ホトトギスよ。聞けば聞くほど、お前の喉笛は、本当に強いのだなあ。

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019

  月に卯の花といふことを


うのはなや つくよかきねに しらびかり あまたうかびて ゆひにほひけり


◯ウノハナが、月夜に照る垣根に白く光って、その数多くの花が浮かび上がりつつも明るく照り映えているなあ。

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020

  月に卯の花といふことを


よがきねの つきのうのはな さもしろく てるさざなみと おもひてやみむ


◯夜の月に光る垣根のウノハナは、そのようにも白く照るさざ波と思って見ようか。

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021

  月に卯の花といふことを


ひさかたの つくよのかきね うのはなや しろきひかりに つがふかあらじ


◯月夜に照る垣根に群がり咲くウノハナは、その白さから、「花に鳴くウグイス」や「水に住むカワズ」のように、「月に咲くウノハナ」となって、月と二つで一組であろうか、いやそんなことはあるまいよ。なぜなら、月といえば秋なので。

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022

  月に卯の花といふことを


さざなみの よるのうのはな しろたへの つきあかりにや あやしくあるも


◯夜の、群がり咲くウノハナは、月明かりのためであろうか、不思議にも神秘的にも見えるなあ。

(第四句は、挿入句。)

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023

  五月五日、鯉のぼりをよめる


きなむやと さそふらむかぜ でどころは やのうへたかき こひのぼりかな


◯来てくれないだろうかと誘っているような風の出どころは、屋根の上より高い空に泳いでいる鯉のぼりであったよ。「来い」と人「恋」しがっているはずの「鯉」のぼりであろうから。

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024

  五月五日、鯉のぼりを


こひのぼり ひとつところを およぐさま よのうきひとの やうにあるかな


◯鯉のぼりの、いつまでも同じところを泳ぎ続けるそのさまは、世の中のつらい状況から抜け出せない憂き人たちのようで、まことに、あわれであるよ。

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025

  五月五日、鯉のぼりを


はてにけり ふけふけかぜよ こひのぼり たとひそのみの ふけむとすとも


◯風がやんで、死んでしまったように見えるなあ。吹け吹け風よ。たとい、鯉のぼりのその身が、風に吹きさらされてボロボロになって、老け込んでしまおうとも。

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026

  五月五日、菖蒲をよめる


ゆどののゆ けふはしゃうぶを うかべそへ こころからだも ねからなぐさむ


◯風呂の湯に今日はショウブを浮かべて、湯につかって心も体も芯から疲れが取れるよ。

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027

  五月五日、菖蒲をよめる


しゃうぶゆに ひちてここちの よきうへに きりくちのゆに なほなぐさむよ


◯ショウブ湯につかって気持ちのよい上に、ショウブの根の切り口を流れる湯に鼻を近づけるとよい匂いがして、その匂いによって、いっそう気持ちよくなることよ。

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028

  皐月五日を思ひやりて


よのつねの うきあやめぐさ わかでなほ そでにかけたる ねにぞなかるる


◯今日は、泥に浮いているアヤメ草の根を袖にかけた。それにしても、世の中は何事につけてもつらいことばかりで、しかも、そのつらい世の道理がちっともわからず、今日はもう、いつもよりいっそう声を上げて泣かずにはいられないよ。

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029

  橘をよめる


たちばなの におふむかしの そでのかの するはわがみの おいばむゆゑか


◯昔のことが色々と思い出されるのは、自分自身が老人めいたからであろうか。

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030

  橘を


おいにけり たちばなはなど おもかげを うすくあわくも かきけしぬらむ


◯すっかり、老け込んでしまったなあ。それはそうと、昔を思い出させるというタチバナの香を嗅いでも、どうして昔の人とのことを思い出すことができないのだろうか。ああ、老いさらばえたせいか、頭から記憶が消えていくよ。

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031

  橘を


ゆくさきの はなたちばなに さそはれて いつしかゆかむ ひとのたもとへ


◯出歩いた先々に匂うタチバナの花に誘われて、わたしも早く逝こう。昔の人を思い出させるというタチバナの香をたきしめている袖のところへ。

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032

  若葉を眺めて


わかきはの おふるくさきよ われもまた としごとわかさ てにえましかば


◯若葉の生え伸びる草や木よ。わたしもお前たちと同じように毎年毎年、若さを手に入れることができたらよいのに。ああ、草や木のお前たちの若さが、うらやましい。

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033

  まだらの文目を


こもれびは なほまだらにも なりにけり こずゑになつの かげしげれれば


◯木漏れ日の模様は、いっそうまだらになったなあ。こずえに夏の葉が茂ったので。

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034

  緑、のどかなる日、雲居を眺めてよめる


うきぐもは そぞろにながれ をやみなく むすびてきゆる よのならひかし


◯空に浮かぶ雲は、当てもなく流れていき、途切れることなく生じては消えて、そのさまは、世間によくあることと同じであるよ。

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035

  縁先の夏を


えんのさき なつになりけり あをかども てすりあしすり とびてきたるよ


◯縁側が夏になったなあ。若くて未熟な蚊どもが、手足をすりすりさせながら飛んで来たよ。あっちへ行け。

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036

  歩きて蚊取り線香といふことを


なつやきぬ かやりのけぶり まがきより ゐてふくかぜも なつのにほひか


◯ ((散歩をしていて、物に感じて、)) 今年も夏がやって来たのだなあ。蚊取り線香がどこかの垣根からにおってきた。その煙のにおいを連れて吹く風そのものも、夏の匂いであるよ。

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037

  寝られで、蚊をよめる


よまくらに かのなかりせば いかばかり いもやすくもね らるべからまし


◯夜の寝床に蚊がいなかったなら、どんなに安眠できたであろうか。

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038

  夏にわく虫を


いやくるな いやなよりにそ えきのある むしはひとつも あらじそあらじ


◯来るな。寄らないでくれ。夏に、人体に益のある虫は、一つもあるまいよ。

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039

  五月雨をよめる


そことなく やまむややまず さみだれや わかばしめらせ はやくふりけり


◯いつまでも、また、どこということもなく、やみそうでやまない。五月雨は、すでに、若葉を湿らせつつも降っていたのだなあ。

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040

  五月雨の心を


かそけくも こしさみだれは ながめよと よるをひるとも わかでそほふる


◯やみそうでやまない長雨がやって来て、物思いにふけりながら雨を眺めろとばかりに、夜昼問わず、しとしと降る。

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041

  五月雨の心を


さみだれは わくもわかずも よるひるを あじさいぞめに つぎてそほふる


◯五月雨は、夜昼を問わず、その夜昼を、アジサイの開花を促しながら、しとしと降り続けているよ。

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042

  紫陽花を


さみだれの にはのあじさい ながめにも はえてさけるか うちしめりけり


◯五月雨の降る中、庭のアジサイは、その長雨によって生長し、また、鑑賞に堪えうるほど見ばえよく咲いているなあ。まことに、しっとりとしているよ。

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043

  紫陽花を


うちしめり ふかくもあるか さみだれの しげみにうかぶ あじさいのはな


◯長雨がしとしと降り、草木が色濃く、また、奥深くも生長したなあ。五月雨まじりの茂みに浮かぶアジサイの花よ、周りが緑濃くなって、なおのこと引き立って見えるよ。

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044

  五月雨に虹といふことを


さみだれの はるるともなき きれまより ゆらめきのぼる かげろふのにじ


◯五月雨の晴れそうで晴れない雲の切れ間から、ほのかに光る虹が、はかなく消えやすくも揺らめくようにのぼるよ。

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045

  五月雨を


あくるより ひのくるるまで ながめきと ひとのききなば いかにおもはむ


◯夜の明けてから日の暮れるまで長雨を、物思いにふけりながらずっと眺めていた、ということを人が聞いたら、その聞いた人はどう思うであろうか。心の中で暇人とでも言い放って、そして、陰に回ってそしるであろうか。

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046

  長き五月雨を


つぎてふる あめはたれかの なみだかな よのひとにとふ あめとみるべし


◯いつまでもしとしと降る雨は、誰かの涙であるのかなあ。まあ、世間の人に問う涙の雨、とでも見て取るのがよかろう。

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047

  五月雨の夜の蛙を


たのかはづ あまぎるよるの さみだれに やみてもやまず なほひびくこと


◯田んぼに住むカエルは、夜空一面に曇る五月雨がやんでも、鳴き声をやめず、そのカエルの鳴き声は、ますます響き渡ることよ。

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048

  五月雨の月夜を


うすきつき さみだれやみの なつのよに あがりてみゆる はるのやうにも


◯光弱き月が、五月雨のやんだ夏の夜空に見える。朧月のようにも。

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049

  五月雨の夜空を


ながめのち くもりしよるに などあらむ かそけきかげの おぼろづきかな


◯しとしと降る雨がやんで、曇った夜に、どうしてそのように浮かんでいるのだろうか、春でもない夏の夜空に、朧月が見えるよ。

(第三句は、挿入句。)

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050

  五月雨やみの月夜を


みせむずと おもひけむやは つきのよに さみだれやみの くものむらぎえ


◯浮雲は、その趣ある姿を見せようと思ったのだろうか、いや、そのようなことはなく、たまたまなのであろう、まあ、とにかくも、五月雨のやんだ月夜に、雲がまだらに消え残って、月に照らされながら趣深く浮かんでいるのが見えるよ。

(初句から第二句までは、挿入句。)

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051

  五月雨やみの月夜の浮雲を


くものなみ つきよにうかび ひきたちて よせてはかへし つきにあそぶか


◯ ((夜空を眺めて思うことは、)) 海原のように波打つ雲は、月夜に照らされて、ひときわ趣あるさまで浮かんでいて、そして、その雲は、風に吹かれては波のように寄せては返し、そうやって月と遊んでいるのかなあ。

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052

  五月雨の夜半を


さみだれの よはのまくらは あまだれの おとをききつつ くさぐさしのぶ


◯しとしと降る五月雨の夜更けに、眠りから覚めては、雨垂れの音を聞きながら様々なことを思い出す。また、思い出されてくる。

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053

  五月雨のうたた寝を


うたたねの のきのあまもり ゆめうつつ つたひておちて いづこにきゆる


◯寝床に入らず、うとうとと眠っているさなか、夢か現か、軒から伝って落ちる雨垂れの音が聞こえて、はて、その雫は、いったいどこに消えていくのであろうか。

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054

  五月雨の雨垂れの音を


むすびかつ きえかつむすび あまだれの かつむすびかつ きえかつむすぶ


◯しとしと降る雨の、その雨垂れの音が、聞こえては消え、聞こえては消えして、そして、また聞こえてきて、そうして、ただ時が流れていく。

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055

  五月雨を


くもゐより ほそきしづくの みずのわを こしめりむすぶ さみだれのあし


◯空から、細々とした雫が水たまりに落ちて、そうして、物静かに水の輪を作りだす五月雨の雨脚であるよ。

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056

  降りしきる五月雨を


あをくさや こくもなりゆく よをひるに なしてさみだれ ふりしまさりて


◯青々とした草木の色が、ますます濃くなっていくか。夜昼問わず、五月雨が降りしきっていって。

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057

  五月雨の湯殿を


さみだれに いぶせきなれど ゆにひちて ここちもよくも うちしめりけり


◯いつまでもしとしと降る五月雨のために気が晴れないけれども、風呂の湯につかって、心地よくもしっとりとなったなあ。

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058

  初蟬を


さみだれの ふりてあつくも あらぬひに さりとてなくか はつせみのこゑ


◯五月雨の降り続いて暑くもない日に、そうであっても、鳴くというのか。今年一番のセミよ。

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059

  夏の暇を


なつびきの いとままだまだ さみだれに いぶせきここち あなはれまほし


◯夏休みはまだまだ先だ。降り続く梅雨に気分もふさがって、ああ、早く梅雨明けして夏休みになってほしいよ。

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060

  五月雨の折に、ふる日を迎へて


さみだれの いよよふりゆく あぢきなさ またもふりゆく おのがみゆゑに


◯しとしと降る五月雨が、本当にいつまでも絶え間なく降り続けるという、このつまらなさよ。なぜなら、五月雨が「ふる」ではないが、繰り返し誕生日を迎えて、年を取って「古く」なっていくので。そして、この五月雨のように、いつまでも古くなっていく我が身が察せられるので。

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061

  頭を下ぐる紫陽花を


ひとしきり さきしあじさい おのがみの おもきにたえで たふれかかるや


◯しばらくの間、盛んに咲いたアジサイは、自分自身の重みに耐えかねて倒れかかっているように見えるかなあ。

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062

  螢をよめる


さきくさの みつのほたるは やみのよを うつろひながら とびちがひたる


◯数匹のホタルが、火を三つほどともしては、迷い惑うばかりの人の世の、この暗い夜の中を、ぼんやりとほのかに光りながら、入り乱れて飛んでいるよ。

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063

  螢を


みひふよの よひのほたるは ゆめうつつ ふひとをよみの ひにとびちがふ


◯宵の口に、三つ一つ二つ四つ、とぼんやり光る多数のホタルは、眺めていると夢か現かはっきりしないようすで、二つ一つ十、四つ三つ、とほのめきながら入り乱れて飛んでいる。また、その、ほのめくホタルの火は、黄泉というあの世へと誘う火でもあろうか。

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064

  螢を


ゆくほたる いましもゆかむ わがたびの みちのしるべに さうせまほしき


◯飛んでゆくホタルよ、今まさに死出の旅に立とうとしているわたしの道しるべのために、右に左に飛び交いながら、あれこれと手配しておくれ。

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065

  月下美人をよめる


におひたつ なつきのしたの しろきはな よひよはならで いつあふべしや


◯芳香を放ちながら、夏の夜のもとに咲くゲッカビジンよ、宵・夜・深夜でなくていつ逢うことができようか。

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066

  七夕に海といふことを


いかにみむ まさごのうえの あまのがは いづるみなとは うみなるぞかし


◯さあ、どういうふうに見ようか。思うに、砂浜の上に広がる天の川の、流れ出る河口は、マチガイナク海なのだよ。

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067

  七夕に海といふことを


みわたせば はまのうへには あまのがは そのままおちて うみにながるる


◯見渡すと、浜の上に天の河が浮かんでいて、その河はそのまま流れ落ちて海に入っていくのだなあ。

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068

  七夕を


としごろは きえはてにけり あまのがは たなばたひとら しとどなかるる


◯街の灯が明るすぎて、数年来、消えはててしまったよ。天の川が。七夕の二人は、泣かずにはいられないであろうよ。涙に袖がびっしょりと濡れて、さらに、その袖から涙の露が滴り落ちるほどに。まあ、それで、七夕の日は、雨の降ることが多いのだろうよ。

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069

  日照りを


くものゐを しろにあをにも そむゆゑに なつはひでりの うちつづくらむ


◯空を白にも青にも染めて、そして、染めるときには水を多く使うので、それで、時に夏は、日照りがうち続くのであろう。

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070

  日照りを


てるなつは ひるといへども くものゐを しろにあをにも そめわたすかな


◯日照りの夏は、水分がなくなって田が乾くといっても、一方では、空を白にも青にも染めて水をたくさん使っているなあ。

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071

  山里の曙の心を


あけぼのの さとのけしきは をかしくも くもらはしくも きりやわたるか


◯山里の曙の景色は、趣よく霧が立っているが、その兆候としては、曇るようにも一面に霧がかかるであろうか。もしかしたら、雨が降ってくるかもしれないな。

(第二句「気色」は、「景色」と「兆候」の二つを訳出。)

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072

  梅雨の折に夏の海を恋ひて


つゆしげし いましもはるか うみのもも あぶるらむぞよ あなうみきたれ


◯梅雨がしとど降っている。物に感じて思うことは、今まさに遠くの海もこの梅雨で水があふれるほどであろうよ。ああ、早く、梅雨が明けて、海よ、やって来てくれ。

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073

  梅雨の折に夏の海を恋ひて


うみのひを こひつつまてり つゆこえて よせてはかへせ はまのなぎさよ


◯「海の日」である七月の第三月曜日を、期待して待っている。さあ、梅雨を越えて夏の海まで、その波を寄せては返せ、浜の渚よ。

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074

  しげき梅雨を


はてなきと おもはるるあめ のこりなく あらひながせよ このみのうさを


◯いつまでも降り続くと思われる雨、お前は、残りなく洗い流せよ。このわたしのつらく苦しい心を。

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075

  長雨を


はてもなく あめぞふりたる おもふには よのうきひとの なみだなりけり


◯いつまでも雨が降り続くなあ。思うに、この雨は、世の中で苦しんでいる人の涙であるのだなあ。

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076

  しげき梅雨を


おおあめや なかばをかしき ながめかな かぜになびきて なみうつやうぞ


◯激しく降る雨は、ここまでひどく降るともう、趣ある長雨であるなあ。雨脚が、風に吹かれるままになびいて波打つように見えるよ。

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077

  しげき梅雨を


ここらふる あめをながめて よのなかは いかにならむや なにほろべかし


◯長く、かつ、しきりに降る雨を眺め、物思いに沈んで、思うことは、「世の中は、この先いったいどうなるのであろうか。なに、構いやしない、滅んでしまえ」。

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078

  梅雨の月夜を


つゆのよの たなだのくもに しらかげや みえつかくれつ ほのあかりたり


◯梅雨のやんだ夜空に、棚田のような雲が広がって、その雲に月の姿が見えたり隠れたりしつつ、月はぼんやりと光っている。

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079

  梅雨の月夜を


ほのつきの かげにうつりて たなだぐも ねぶるやうにも はへてひろごる


◯かすかに光る月影に照らされて、棚田のよう雲が、横になって寝るように延び広がっているよ。

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080

  梅雨の月夜を


きみかかる つゆのはれまの ぬばたまの よるのくもゐの はかなきつきよ


◯あなたのことが気にかかってしまいますよ、本当に。梅雨の一時的にやんだ夜空に、頼りなくも浮かぶお月様よ。

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081

  梅雨の晴れ間に風邪といふことを


おりもしも つゆのはれまに いみじくや かぜをひきける あはれいぶせし


◯せっかくの梅雨の晴れ間に、ああ、ひどく風邪を引いたかなあ。あわれ、気がふさぐよ、まったく。

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082

  梅雨明けを


ときもしも いづちのくもゐ さりげなく はれむきざしの おとまさるらむ


◯今、どこかの空にかけては、それらしいようすもなく、梅雨明けの兆しの音が、広がりゆくであろうか。

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083

  梅雨明けを


あけにけり いぶせきあめも かきけして まあをきひかり いましもそそぐ


◯やっと、梅雨が明けたなあ。ふさぎがちの気分も、頭痛を誘うような雨もかき消して、空にも山にも海にも、本当にグリーンとブルーの混ざったような太陽の光が今、降り注ぐよ。

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084

  夏の暇を


かはすずし やまもしげりぬ たきつせの はやもこまほし なつのいとまよ


◯波の音も、見る目にも、川は涼しげだ。山もよく茂った。早くやって来てほしい。夏休みよ。

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085

  夏の暇を


いさなとり うみにやいかむ あしひきの やまにやいかむ いづれにせむや


◯海に行こうか。それとも、山に行こうか。どちらにしようかなあ。

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086

  盛夏の山を


しげりけり のはらもやまも あをふかく なつかぜさへも あをくみゆるか


◯よく茂ったなあ。麓の野原も、山も青深く。夏風までも青く見えるよ。

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087

  盛夏の里山の池を


さとやまの このまのえだの したやみに きえぎえひかる たゆたふなみま


◯里山の、茂った木々の暗がりに、消えたり光ったりしながら揺れ漂う池の波間であるよ。

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088

  盛夏を


くさふかく しげりしなつの かぜやその ままもみどりに ふかくあつかれ


◯深く茂った草の辺りを吹く夏の風よ、そのまま緑深く暑いままでいろ。夏よ終わるな。

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089

  夏の暁を


やまぎはの そらもほのぼの あかつきや こぐらきかげも あけそむるにや


◯山ぎわの空もほのぼのと白んできた。暁よ、こんもり茂って暗い木陰も明けはじめるであろうか。

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090

  夏の暁を


むらさきに こくもうすくも あけそむる みじかきよはの なつのあかつき


◯濃い紫、薄い紫の混じって明けはじめる短夜の夏の暁であるなあ。

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091

  盛夏の図を


なつのづは まへにせみらの こゑとよみ うしろにあをと しろのくもにや


◯盛夏の構図は、手前にセミたちの鳴き声が響いて、背景に青い空と白い雲が浮かぶ、という絵であろうか。

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092

  山水図をよめる


あしひきの やまをうしろに いはばしる たきのおちみづ しぶくなつかな


◯山を背景にして、手前に滝があって、その滝から流れ落ちる水がしぶいているという夏の涼しげな図であるなあ。

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093

  山水図を


やまたちて たきおちみづの はしりなば あとはたちまち すずしきづかな


◯背景に山がそびえ立ち、手前に、滝の水が流れ落ちたなら、その墨跡は、たちまち涼しい図となるのであるなあ。

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094

  夏の海を


いざうみへ ひるはなぎさに ゆふぐれは いるひにそまる さざなみをみむ


◯さあ、海へ行こう。そして、昼は波打ち際ではしゃいで、その後の夕暮れは、沈みゆく夕日に染まる海のさざ波を見よう。

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095

  夏の海を


なつなぎさ よせてくだけて うちあがり ひかりにもゆる なみのしぶきか


◯夏の波打ち際は、寄せては返すあいだに、その白波は砕けて打ち上がり、そのまま太陽の光に燃える波のしぶきであるかなあ。

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096

  夏の海の夕暮れを


はまのしほ ひくひとかげに あかねさす ねつもさかりも かたへすぎぬる


◯夕暮れ、砂浜の汐が引いていく中、家路につこうとしている人たちに夕日が差す。夏の熱も盛りも少し過ぎ去ったよ。

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097

  夏の夕凪を


うすぐらし すずしともふに ゆふなぎや などそこばくの かぜをかきけす


◯薄暗くなった、これで、少しは涼しくなる、と思ったのに、夕凪よ、どうしてすべての方角の風をかき消してしまうか。

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098

  月夜の海を


つきのうへ ひとおよぎたり うみのもの しろきなみまに あとをのこして


◯夜、月の映る波の上を誰かが、ひと泳ぎしている。白影の揺れ漂う波間に、泳いだあとを残しながら。

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099

  花火を


さけやさけ そらのはなびよ はかなくも みじかきひとの なつのよゆゑに


◯どんどん咲け。夜空に打ち上がる花火よ。あっけなくも短い人の一生のうちに、夏の花火を見る機会はそんなに多くないはずだから。また、夏の夜も短いから。

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100

  花火を


こころうき よのなかなれば いざはなび ちるがよからむ ひともさらなり


◯何事につけてもひどくつらい世の中なのだから、いざ、夜に咲く花火よ、さっさと散ってしまうのがよかろう。人においても言うまでもない。

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101

  花火を


あがりては うきたつむねも みじかよに きゆるはなびの まぼろしのわか


◯夏の花火は、短夜に打ち上がっては、期待に心浮き立つ胸も一緒に消えていくという幻の花火の輪に見えるかなあ。

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102

  夏夜の千本鳥居を


あかくこき よるのやしろの かがりびを やみにもぬける はるかのとりゐ


◯見やると、夏夜、神社の参道の篝火に沿って、はるか遠くの闇にまで続いている千本鳥居であるよ。

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103

  夏の籬垣を


あをあをき はのつらなりの ませがきに のぞかせいづる なつくさのつる


◯青々とした葉が垣根に連なって、その葉の連なりからのぞかせている夏草の蔓よ。

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104

  夏の蔓草を


ろぢうらの のきばにみえつ すずしげに ひかげあたらぬ なつのつるくさ


◯路地裏の軒端に見えた。太陽に当たらず、涼しげにしている夏の蔓草が。

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105

  夏のメダカを


なつぞらの したにめだかの およぐのを ながめておもふ すずしきかとぞ


◯夏空の暑い中、メダカの泳ぐのを眺めていたところ、ふと思った。メダカよ、水の中は涼しいか、と。

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106

  盛夏を


くさふかき かげのなつかぜ もろともに あつからまほし すずしくなるな


◯夏の太陽の照らす緑深い草と、夏風とは、ともにずっと暑くあってほしい。涼しく物寂しい秋など風吹いてやって来るな。

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107

  夏の星をよめる


よはもこき しげみにすけて ほしかげや このまのやみに うかぶときかな


◯夜の色も濃い茂みに透けて、星影が木の間の闇に浮かぶ、そういう折ふしであるよ。

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108

  大和撫子を


うすくこく のべににおふは とこなつに にしきにさける やまとなでしこ


◯薄くも濃くも野辺に広がっているのは、夏の間ずっと美しく咲いているヤマトナデシコであるよ。

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109

  盛夏の夕暮れを


あかながき ひぐれのかげや たやはたに あかねまじりに さしそふるかな


◯時間長く明るい夕日が、田や畑、川などに、あかね色まじりに、その光を差し添えていることだなあ。

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110

  盛夏の夕暮れを


あかねにも あはれにてるか ひとのよの にごりおおかる つちのはてまで


◯夕日が、あかね色にしみじみと趣深く照っているなあ。人の世の、濁り多き地の果てまで。

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111

  盛夏の夕暮れを


ゆふぐれの うすあかきころ あやしくも じふさんやつき まじりてうかぶ


◯まだうす明るい夏の夕暮れどきに、見上げると、神秘的なさまで十三夜月が南の空に、夕暮れのうす明るさにまじって浮かんでいるよ。

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112

  盛夏の夜を


あつきよに はるかむしのね きこゆなり なつのさかりの あきのこゑかな


◯暑い夜に、はるか遠く虫の鳴き声が聞こえてくるようだ。夏の盛りの秋の声であるよ。

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113

  盛夏の夜を


なつきのよ かぜにさそはれ ふかくさの しげみになくか むしよはやるな


◯夏も盛りの月夜、風に誘われて深草の茂みに鳴くか。虫よ、焦るな。そんなに焦らなくとも、秋はじきにやって来るぞ。

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114

  盛夏の夜を


なつきのよ かぜにまぎれて あきかぜや まづはしげみに そのみやつすか


◯月夜、草木の茂みに吹く夏風に紛れて、秋風よ、お前は、まず、目立たないように、草木の茂みにその身を隠すというのか。((風吹く夏夜、暑いながらも、茂みの擦れ合う音は涼しげである。))

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115

  盛夏の短夜を


なほけふも よるはなあけそ あけなむは はやもうきよの やみにまよはむ


◯夜が明けるのはわかっているが、それでもやはり、今日も夜は明けてくれるな。明けたなら、寝床から起きて、すぐにも浮き世の闇に迷うであろう。

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116

  盂蘭盆会をよめる


のきさきの うすきほかげに みちびかれ いつしかゆかむ ひとのみわざへ


◯ ((此岸の視点)) まだ暮れきっていない薄暗い中、歩く先々の軒先にぼんやりと浮かぶ提灯の影に導かれ、さあて、早く行こう。祖先の霊を祭る仏事へ。

  ((彼岸の視点)) 死んでしまったあとにぼんやりと見える提灯の影に導かれて、さあて、早く行こう。わたしの霊を祭る家族のもとへ。

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117

  盂蘭盆会の折に、物思ひて


いざまゐる しでのやみぢの みつせがは いづれのせをや さをさしてゆく


◯さあ、参ろう。死出の旅の先にある三途の川に。その川の渡し船は、いったい三つのうちのどの瀬を棹さしてゆくであろうか。

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118

  夕立を


ゆふだちや いかにふるらむ あまづたふ いりひのかげの さしながらなほ


◯いったい夕立はどういうふうにして降っているのだろうか。入り日の差し込む中、依然として、夕立は降っているよ。

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119

  夕立を


ゆふだちや のきよりもれる おとのまま そらさりげなく はれわたるかな


◯夕立ちよ、お前は、軒から漏れている雨音をそのままにしつつ、何事もなかったかのように晴れ渡るのだなあ。

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120

  夕立に蟬といふことを


ふとせみら なきいでたるぞ さてはあめ のきもれすれど やみはてぬなり


◯ ((部屋で本を読んでいたところ、)) ふと、セミたちの鳴き声が聞こえだした。さては、夕立は、軒漏れの音はするけれども、すっかりやんだようだ。

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121

  夕立に雀といふことを


むらすずめ ゆふだちはれて みだれなき こゑやのごとく あなたへぞとぶ


◯夕立が上がって、スズメの群れが、入り乱れて鳴き、その声は、矢のようにあっという間に遠く向こうの方に飛んでいった。

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122

  夕立を


あかねにも さすかゆふだち ふりしあと はやもすぎゆく なつのひざしよ


◯秋のあかね色のようにも差すか、夕立の降ったあとに。早くも過ぎ去ってゆく夏の日差しよ。

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123

  夕立の湯殿を


ゆふだちに いぶせきなれど ゆどののゆ からだにながす ここちよきたき


◯夕立に打たれて嫌になるが、風呂に入って、その湯は、あたかも体に流す心地よい滝のようであるよ。

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124

  夕立を


ゆふだちや しろにあをにも くものゐを そめあましては などてふるらむ


◯夕立よ、お前は、いったいどういう理由で、白にも青にも空を染め残して水を余らせては、雨を降らすのであろうか。

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125

  蟬を


さてなかむ とせみおもはば なけよなけ よもしのびねに なかむとすらむ


◯さて鳴こうか、と思ったなら、ためらわずに鳴け、セミよ。世の中も、今どこかで誰かが声をころして泣こうとしているであろうから。

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126

  蟬を


あなせみや なかであるかは さだめなき うきよにあれば などてたえらる


◯ああ、セミよ、鳴かないでいられようか。いや、思わず鳴くに決まっている。どうにもこうにも、はかない憂き世なのだから、どうして、鳴かずにこらえることができようか。できるわけがないよ。

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127

  蟬を


とりとびて なきしせみのね やみけるを はかなきこのよ ひともさらなり


◯ ((眺めていたら、)) 鳥が飛んで、叫ぶように苦しみ鳴くセミの声が、とうとうやんだよ。食われてしまったのだなあ。はかないこの世、人においても今さら言うまでもないよ。

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128

  蟬を


あなせみよ なけどなけども としごとに つゆときえはて かひなきぞかし


◯ああ、セミよ、お前たちは、何を思ってか鳴くに鳴くが、毎年、はかなく露と消えはてて、力の限り鳴いたかいもないなあ。((まったく、世の中、どんなにわめいたところで、そのかいもないよ。))

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129

  蟬を


せみのなく そとながむれば ひもすがら そのいろとなく あはれぞかしや


◯セミの鳴く外を眺めていると、朝から晩までどの時間帯であっても、どこがどうということもなく、ただ全体的に、しみじみとした趣があるよ。

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130

  蟬を


ききつつも かぜふくそらを ながむれば いろうつろふか ひるせみのこゑ


◯セミの鳴き声を聞きつつも、夏風の吹く空を眺めていると、何となく秋に移ろっていくか。昼に鳴くセミよ。

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131

  蟬を


くれがちの なつのゆふかぜ せみのこゑ ともにすずしく うつろひゆくか


◯暮れやすくなった夏の、夕風とセミの声は、ともに絡み合いながら、涼しく秋に移ろっていくか。

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132

  蟬を


つちあるく せみのあしにも ちからなし むなしくなるか なつのをはりに


◯わたしもそうなのだが、地面を歩くセミの足にも力がない。むなしくなるか、わたしも、セミも。この、過ぎ去ろうとしている夏の終わりに。

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133

  晩夏に百日紅といふことを


ふくかぜに いろはみえねど さるすべり うつろふかげに あきぞしらるる


◯吹く風に秋の兆しは見えないけれども、サルスベリの、風に吹かれて色あせていく花の姿に、秋が自然と感じられることよ。

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134

  晩夏に百日紅といふことを


さるすべり ひのてるなかに おちにけり はやもみるかな なつのをはりを


◯サルスベリの花が、日差し照る中に落ちたなあ。早くも見るよ。夏の終わりを。

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135

  晩夏の風を


かたそらの すずしきかぜや いまふきて なつのいほりを たづねそむらむ


◯夏空にまざる涼しい風よ、お前は、今吹いて、そうして、夏模様のわたしの家を訪ね始めているであろうか。

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136

  晩夏に蜩といふことを


きこえけり かたへすずしき そらかぜに さそはれなくか ひぐらしのこゑ


◯いよいよ聞こえだしたなあ。夏空にまざる涼しい風に誘われて鳴くか。ヒグラシよ。

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137

  晩夏に蜩といふことを


ゆふさりて ひぐらしなくや それとなく そのこととなく おちかかりたる


◯夕暮れになって、ヒグラシが鳴きだしたよ。それとなく、そのことともなく、夏の太陽は落ちかかっているのだなあ。そして、秋の太陽に変わっていくよ。

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138

  晩夏の風を


なつかぜは ひとをおきさり ひぐらしの こゑなくなかを ふきすぎゆくか


◯暮れかかる夏風は、わたしを置き去りにして、ひぐらしの鳴く中を吹きすぎてゆくか。

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139

  晩夏の日影を


はやあきか とながめもふは あまづたふ ひかげのいろや うつろひぬらむ


◯早くも秋かと眺め思うのは、夏の太陽の色が移ろったからであろうか。

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140

  晩夏の日影を


あかねさす なつもいるひに むらさきの かかりまさるか うつろひにけり


◯あかね色の帯びた夏の夕焼け空に、少しずつ紫色が増えていくか。秋へと移ろっていくのだなあ。

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141

  晩夏の蜻蛉を


かげろふや ゆふもはかなき くれどきに むれてうかぶか なつのをはりに


◯カゲロウよ、言うもはかなき夕暮れ時に、水辺に群れて飛ぶか。この夏の終わりに。

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142

  晩夏の風を


すずしやと そのこととなく おもほゆる はやしもふくか あきのはつかぜ


◯涼しいかなあ、とそのこととなく感じられた。早くも吹くか、秋の初風よ。

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143

  晩夏の風を


なつすぎぬ とはそれとしも おぼえねど やましたにとふ あきのはつかぜ


◯夏が完全に過ぎ去った、というふうには感じられないが、山の麓に秋の初風が吹いてやって来たことだ。

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144

  晩夏の野分を


のをわけて すさびてふかば かたつかた いろのうつりて ひとついなむや


◯野分が吹き荒れたなら、野の片方の草は秋に色づいて、また一歩、夏は暮れてゆくであろうか。

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145

  晩夏の夕立を


ゆふだちを ながめせしまに あきながめ になるかはやく なつはいにけり


◯夕立を眺めていた間に、その夕立は秋雨になるか。すでに夏は過ぎ去ったのだなあ。

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146

  晩夏を


ゆふぐれに なりてたちまち ぶどういろ つるべおとすか なつはいにけり


◯夕暮れになったと思ったら、たちまち空はぶどう色になった。折ふしは、つるべを落とすか。夏は過ぎ去ったのだなあ。

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