第51話 サーカスの獣
いつもは何もない寂しげな広場に、ポツンと建てられた奇抜な色味のテント。そこにダラりと掛けられた豆電球の連なったコード。
最も簡易的で気の抜けた外装だが、一際目立つのはテントの前で人を集めているピエロだ。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!魑魅魍魎、奇人変人、なんでもござれのサーカス団がこの街にもやってきた!未だ嘗て見たことのない、呪い手品妙技に奇跡!どうだい、見て行かないかい?さぁさぁ、お時間あるなら寄っといで〜〜〜〜!」
甲高い声でキーキーと猿のように宣う、何処かで聞いたことのある言い回し。
俺の隣で、ジークヴァルトは深いため息をつく。
「……早速帰りたくなってきたよ」
「え!何でっすか?ジークヴァルト様も見にきたかったんでしょ?いいじゃないっすか!賑やかで!」
「あのねぇ、ペリグリン。私は見にきたくて来たわけじゃないんだよ、君たちの保護者として仕方なくだね……」
一応、心配だから付いてきたというテイで来ているジークヴァルトは、ピエロをゴミでも見るような目で睨んでからテントへ足を運ぶ。
こういう類のものは嫌いらしい。
「ルカ、見て見て、あれ!」
「うん、見てるよ。すごいね、メリー」
嬉しそうに俺の服の袖を引いてピエロを指差すメリーは、いつになく笑顔で楽しそうだ。俺はそんな彼女の頭を撫でながら、ピエロの男に近づく。
メイクはハチャメチャで、口紅は耳のあたりまで引っ張られ、目元はお世辞にも綺麗とは言えない三角のペイントが施されているピエロ。
こちらに気づくと目を細めてニイッと不恰好に笑った。
「おやおや、可愛いお嬢さんにお坊ちゃん!こちらをどーぞ!」
ピエロは手に持っていた風船を一つづつ俺たちに配る。人見知りのメリーは俺の背に隠れて恥ずかしがるも、俺から風船を受け取ると小さな声でありがとうと一言告げる。
まったく、いい子に育って……。
メリーの小さな成長を感じながら、俺も一つ受け取って二人一緒にテントへと進む。
「ルカ坊っちゃん!こっちっすよ〜!」
ペリグリンとジークヴァルトが座っているのは、最前列。人は混み合い、楽しみにしていたのであろう子供達が皆目をキラキラとさせて今か今かとステージを見つめている。
俺とメリーも座り、あとは開演を待つのみとなった。
「何だい、その風船は」
「ピエロさんに貰ったんです」
「へぇ……」
満面の笑みで風船をジークヴァルトに見せるメリー。よく見ると、周りの子供達も同じ風船を一つづつ持っている。
大賑わいのサーカスは、いよいよ開演。
コミカルな小太鼓の音と共に、ノイズの荒いテーマ曲が大音量で流れ始める。
ステージ中央に、団長らしき派手なスーツ姿の男がテクテクと妙な歩き方で現れるとあらゆるところから拍手が湧く。
「紳士淑女の皆様!さぁさぁ、お待たせいたしました〜!我らサーカス団による、今宵だけの特別なショーをご覧に入れましょう!さぁ!まずは、このサーカス団一の美貌の獣使い!チェルヴァ!」
団長の紹介の後、スポットライトはステージ端に立つ女に向けられる。
ピンクのウェーブのかかった髪を垂らした女が、鞭片手にキャッキャッと飛び跳ねる。
ガーターベルトからムッチリとした太腿が露わになっていて……眼福です。
「ンキャ〜〜!ハーイ!皆んな!今からすっごいすっごいすっご〜〜〜〜いの見せちゃうよぉ〜!カモーン!あたいのベイビーちゃん!」
超ハイテンションで鞭を彼方此方にピシッピシッと打つと、後ろの檻から巨大な獣が飛び出す。
胴体は真っ黒の毛に覆われ、首から上は真っ白の毛がフッサフッサに生えている。頭からは立派な鋭い角のような耳が二本生えていて、ピクピクと左右に小刻みに揺れていた。
なんだ、このヤバそうなモンスターは。
どこが”ベイビーちゃん”だ。
観客たちも先ほどの盛り上がりは何処へやら、皆んなポカーンと巨大なモンスターを見つめている。何処からか怯えた子供の鳴き声も聞こえてくる。
これ、大丈夫か?
チェルヴァは、そのどデカイモンスターにぴょいっと乗ると後ろ足をピシャリと鞭打つ。
途端に、モンスターはガルルルッと口の端から白い息を吐いてステージの周りを走り出した。
地鳴りのような音と共に暴れだしたそれを、まるでロデオに乗っているような様子でキャッキャッと笑う彼女は、ある意味狂気的だ。
「ル、ルカァ……」
すっかり怖がってしまったメリーは俺の服の袖を掴んで離さないが、ペリグリンは興味津々らしく ステージに身を乗り出している。
そして、ジークヴァルトは_______
ん?ジークヴァルトが、いない……。
振り返れば、先ほどまでいたジークヴァルトが消えていた。あいつ、まさか帰ったわけじゃないだろうな。
「ペリグリン、先生を知らないか?」
「え?いや、知らないっすね……さっきまでいたのに」
「迷子になっちゃったのかな?」
「……ちょっと、探しに行ってくるよ。ペリグリン、メリーを頼めるかな」
「了解っす!」
俺はメリーと風船をペリグリンに預け、テントの外へと出る。外はもう真っ暗だ。チカチカと点灯しているカラフルな豆電球が、辺りを照らしている。
ふと、建物の陰からジークヴァルトの姿が見えた。誰かと話しているようだ。
そっと足音を立てずにゆっくりと近づく。
一体、誰と喋ってるんだ……?
見たところ、ジークヴァルトの対面には誰もいない。
「………えぇ、分かってますよ。ですが……はい、……なるほど……」
ジークヴァルトは、誰もいない空間に語りかけ続けてている。気持ち悪いことこの上ない。
思い切って、話しかけて見るか?
なんなら、そのまま病院に連れて行って……
俺が本格的にそう考えていた時、一つのことに気がつく。
ジークヴァルトの前には、一匹の蜘蛛が大人しく佇んでいた。それも、その蜘蛛に当たった光は影を作っており、それは蜘蛛のものとは思えない ナニカ の影だ。
なんだ、これは?
喉から漏れそうな声をグッとこらえて、じっとジークヴァルトに見えないように隠れる。
彼はまだ俺に気づいていないのか、話を続け、最後にこう締めくくった。
「えぇ、了解しました……ボス」
ボス……エドワールか?
つまり、この蜘蛛は、エドワール?
そこで、やっと理解できた。
あの影は、エドワールの影だ。
傀儡使い、つまり あの蜘蛛はエドワールの分身でありパペット。操り人形。エドワールは、あれで俺たちトワルの監視をしているのか。
ゾワッと背筋が凍る。
エドワール、食えない奴だ。
俺はそのまま、ジークヴァルトに気づかれないうちにテントへと足を向けた。
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