第48話 とある配達員の話 後編

「おい!お前!こんな所にいたらあぶねぇだろうが‼︎こっちこい‼︎」




グイッと手首を掴まれて、誰かに引っ張られた。この声、さっき俺を追い回してきたヤツだ。俺は、パッセルを背負ったまま彼に引かれるがままに倒壊した建物の壁際へ移動した。

誰かが撃たれている音が、壁の向こうから鳴り止まない。




「お前……何考えてんだ‼︎死ぬ気か‼︎」




男はいきなり怒鳴りつけてくると、肩をガタガタと荒々しく揺する。俺の二倍はあるだろう背丈の男が与える その衝撃に、パッセルの腕がだらりと力なく落ちた。

男の目線が、パッセルに向けられる。




「おい、怪我をしてるのか……?」




ゆっくり、彼の手が、パッセルに_____




「やめろ‼︎触るな‼︎」




パッセルを、連れて行かれる‼︎

とっさに彼の手を払う。

俺が動いたせいで、背中からパッセルが崩れ落ちた。彼の体はドサリと地面に叩きつけられた。


彼は全てを察したのか、そっとその場に跪いてパッセルの額に手をかざしてボソボソと呪文のようなものを唱える。




「何してるんすか」



「死者が安らかにあの世へ行ける為の、ちょっとした祈りだ」



「そんなの知らないっすよ」



「俺の住んでる土地じゃ、皆んなやってる。ほら、お前も手を取ってやれ」




男の言う通り、俺はパッセルの手を取る。

冷たくて小さいけれど、まだ柔らかい。

ポタポタと拳に涙が落ちた。




「ごめん、パッセル……ごめんな……ごめん。お前を置いてったりして、ごめん。あの時、ここに残ってたら、一緒に死ねたのに……ごめんなぁ……」




しゃくりあげて泣く俺を見た男は、俺の頭に手を乗せた。ゴツゴツとしていて、大きな手だった。




「ここ一帯に、違法な実験施設が建てられていると言う情報が入り 俺が率いる部隊が突入した。この施設を殲滅せよとの命令だった。だから火をつけ 燃やし尽くした。戦闘の責任者は、部隊長であるこの俺だ。お前の大切な家を、友人を、家族を殺したのはこの俺だ。お前、名前は?」



「……ペリグリン」




俺の名前を聞いた男は そうか と漏らすといきなり髪の毛を掴んでグッと乱暴に頭を上へ持ち上げる。いきなりの痛みに、涙も引っ込んだ。




「俺は、ドクトル。俺の住んでる土地じゃ、大切な人の命を奪ったやつはテメェで仇討つのが礼儀だ。いいか、この俺のことを忘れるな。必ず、俺を殺せ。こいつの墓場に俺の首を手向けるまでは、死ぬんじゃねぇぞ」




俺が何か言おうと口をパクパクさせている間に、ドクトルはパッと手を離して俺を地面に落とす。


待てと言おうと起き上がれば、彼は壁の向こうへ銃を片手に走り出していた。彼の義足のガタゴトという音が遠のく中、俺はその背中に復讐という名の生きがいを見出していた。


俺は、俺はあの男を_________


__________



_____







「__________リン」



「_____て、ペリグリン」



「起きて、ペリグリン」



「ん、ん〜……ん、あれ、メリー?」




目がさめると、目の前にはメリーが心配そうに俺を覗き見ていた。彼女のふわふわの髪の毛が揺れている。綿毛みたいだ。




「ペリグリン、大丈夫?魘されてた……」




あぁ、また、夢を見てた。

じっとりと湿った背中、額にも汗がびっしょりだ。


そっか、俺 庭でうたた寝してたんだっけ。




「大丈夫っすよ!ちょっと夢見が悪かっただけっす!へーきっすよ!」



「なら、いいんだけど……」



「お二人とも、お紅茶の用意ができました」




心配するメリーの背後から、ニナの声が聞こえた。彼女の向こうには、既に椅子に座って俺たちを見ているルカ坊っちゃんが見えた。




「二人とも、早くおいで」




そう言って、クスッと笑う坊っちゃん。


彼は、今まで見てきた誰よりも美しく、誰よりも賢く、誰よりも不思議だ。


まるで王族の人間のように優雅で、周りがキラキラと輝いている。優しくて、親切で、友達思いで、温厚で。両親と離れ離れになっても、泣き言一つ言わない。


完璧で、美しい坊っちゃん。


俺よりずっとずっと年下なはずなのに、何故だか全てを見透かしているような感じがするし、いつもニコニコと笑っているのに、ふとした時に冷めたような瞳をしている。


冷静で、謎に満ちた坊っちゃん。


ルカ坊っちゃんは、一体何者なのか。

本当の坊っちゃんは、一体どれなのか。


そんなこと、この俺には計り知れない。


ただ、一つだけ分かる。




「ペリグリン、どうしたの?」



「いや、何でもないっすよ!ルカ坊っちゃん!」




どちらにしろ、坊っちゃんは、誰よりも強くて 俺たちをどこまでも導いてくれる 主導者だ。

俺を、俺たちを幸せに導いてくれる救世主。


彼にパッセルの面影を重ねながら、俺は今日も彼を慕う。




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