第47話 とある配達員の話 中編

扉の向こうは、青い空がどこまでも続いていた。頬を撫でる風が心地いい。




「さぁ、みんな こっちにおいで」




大人が先頭に立って、俺と数人を率いる。



ここが、外の世界……あの鉄の扉の、その先の世界なのか!



あちらこちらをキョロキョロ見回しながら、初めて見るものに声も出ないぐらいに驚きながら歩き続けた。



俺たちがいた場所は、外から見れば真っ白な箱そのもの。それが、視界にいくつも建っている。そこを大人が入って行ったり出たりを繰り返し、所々に配管が張り巡らされていて、ちらほらと白衣姿の大人も見えた。




「ペリグリン、これ、俺たちがいたところなのか?」



「そう……かもしれないっすね」



「私たち、どこに連れて行かれるんだろう?パパとママはどこ?」




新しい家族の影は見えず、ただただ道と建物があるだけ。

少しずつ、不安が胸に募る。



パッセル……。



別れ際の、あの瞳が忘れられない。

彼を置いて来て、本当に良かったのだろうか。

やっぱり、今からでも______




「あ、あの、やっぱり俺……」



「さぁ!みんな、この先の車の荷台に乗り込んで!この車の行く先に、君たちの新しい暮らしが待っているよ!」




やけに明るい声が、俺の声を遮った。


俺たちを先導していた大人の先に、列ができている。その列は俺たちと同い年らしい子供達がわらわらと連なって出来ていて、その先には何台ものトラックが止まっていた。



アレに乗り込むか?



募った不安が俺を疑心暗鬼にさせたが、他の子供達は何の疑問もなさげにキラキラと目を輝かせながら乗り込んでいる。




「あの……」



「ん?どしたのかな?」




近くの大人に声をかけると、やはりニコニコとした表情でしゃがみこむ。




「このトラック どこに向かうんっすか?」



「それはね、君たちの新しいお家だよ。君たちを待っている人たちが住んでいるお家に連れていくために、あの車に乗るんだ」



「新しいお家って、パパとママもいるの?」



「すぐに着く?捨てられたりしない?」




次々に沸く質問に、大人は笑みを崩すことなく答えた。




「大丈夫!君たちは必ず幸せになれるよ!」




このトラックの行く先に、幸せが待っているのだろうか?パッセルのいない先で、俺は幸せになれるのだろうか?



流れに身を任せ、大人の手を借りて 荷台に乗せられる。




「いってらっしゃい」




大人たちのその言葉を合図に、ゆっくりとトラックが進み始める。

ガタゴトと整備のされていない道のせいで、何度も荷台が揺れて 子供達はお互いに手を取り合って耐えた。



どこまでも続く青い空が、少しずつ赤く染め上がって行く。


この光景を見たら、パッセルはきっと喜ぶだろう。

見せてやりたい、俺の隣で。

彼の、喜ぶ顔が見たい。

彼と、一緒に見たい。


そうだ______パッセルと一緒じゃなきゃ‼︎



ガタンと、大きな揺れで荷台が軋む音。

それと共に、俺は荷台から飛び降りた。




「ペリグリン、どうしたんだよ⁈」



「ごめん、やっぱり 俺 パッセルと一緒じゃなきゃ嫌だ‼︎俺 帰るっす‼︎」




行っちゃダメだ、と背後から声がしたが 俺は振り向くことなく駆け出していた。

トラックの運転手は、俺に気づいていないようで そのまま遠くへと走り去って行く。

俺は夢中で来た道を走った。



走って、走って、走りきった先に 赤黒い空が見えた。



まるで、空の色を吸い込んだような 強烈な赤。

そして、舞い上がる 黒。

メラメラと燃え上がる、炎。




「あ、あぁ……あぁ…………」




俺の家は、燃えていた。



ゴオゴオと唸り声をあげて、炎は怪物のように燃え上がって 白い箱を飲み込んでいた。

あちこちを大人が走り回っていて、俺に気づくことはない。皆んな、鬼のような形相で何かを叫んでいる。子供の悲鳴、泣き声、野太い怒号、銃声、いろんな音が混ざり混ざって地獄のように思えた。



ピュンピュンと鋭い音が聞こえて、その場に尻餅をつく。

目の前で、大人が数人 倒れ込んだ。

もう、ピクリとも動かない。




「はぁ……ぁぁ、ぁ、パッセル……パッセル‼︎」




混乱の中、ただ彼の顔だけが頭の中に浮かぶ。

そうだ、パッセルを守らなくちゃ。



よろめきながら、俺はパッセルのいる箱へ走って行く。パチパチと飛んでくる火の粉に怯えながら、足を止めないで走り続ける。

途中、ガラガラと崩れ落ちる音がして咄嗟にしゃがみこむと 目の真ん前に配管が落ちて来た。

ゾッとして右を見れば 崩れ落ちた壁から、その壁の向こうが見えた。



子供は一人もいない。

ただ、水槽の中に、”子供らしき何か”がたくさんの管をつけられて浮いていた。


カヒュッと喉から悲鳴が上がる。

なんだ、これ。気味が悪い。


配管から、水槽に満たされていた乳白色の液体が流れ出た。水槽はヒビからチロチロとその液体をこぼしていたが、耐えきれなくなったのか大きな音を立てて崩れた。

中にいた”子供らしき何か”がそれと共に、水槽の穴から出てくる。


真っ白で、ヌメヌメしていて、透けた肌から妙に青緑色の血管がドクドクと脈打っているのが見て取れる。彼らの顔はそれぞれ違うのに、どこか同じで、一瞬 俺とパッセルの面影がちらついた。


全身の毛穴から、冷や汗が出る。

わぁぁぁっと大声で叫びながら、俺は逃げるようにしてその場を後にした。



違う、俺の知っている 俺が暮らしていた場所じゃない!こんなの、俺の家じゃない!




「ん?……おい!生存者発見‼︎子供……か?子供だ‼︎お前ら、手出しするな‼︎」




俺の存在に気づいた大人の声がした。

俺を追いかけて来ているようで、後ろから素早い足音が聞こえてくる。


ダメだ、ここで捕まったらいけない!


息を切らしながら全速力で走るも、足音からして 追いつかれるのは明白だった。

もっと、もっと早く‼︎

足に力を込めて一点に集中する。


俺には風が操れる特殊な力があると、大人たちから教えられていた。他にもその力を持つ者は多くいて、俺もそのうちの一人だった。


グッと力を入れ、地面を蹴り離す。

ヴァッと全身を高く吹き飛ばす風が巻き起こり、遠くへと飛ぶ。




「おい!待て!……クソ、特殊魔法か!」




俺を追いかけて来た大人は、チッと舌打ちをすると苛立った様子で それでも諦めずに走って来た。俺はそんな彼と距離を取るように、風を使って遠くへより遠くへと飛ぶ。


早く、パッセルを守ってやらなくちゃ!




「パッセル‼︎パッセル‼︎どこにいるんすか⁈」




ゴオゴオと燃え上がる箱の中に飛び込む。

あちこちが崩れて もう箱の形は保っていないが、間違いなく ここがパッセルと俺のいた箱。

瓦礫をかき分けてパッセルの名前を呼び続けた。足元には見知った仲間の死骸がゴロゴロと転がっている。




「……ちゃぁん……兄ちゃぁん……」




か細い声が聞こえた気がして、ハッと声のした方へと向かう。

間違いない、パッセルの声だ!




「パッセル‼︎パッセル‼︎どこにいるんすか‼︎」



「兄……ちゃぁん………」




瓦礫の山の下から声がしてる!

俺は夢中で、瓦礫を剥ぎ取った。手を血塗れにさせて、泣きながら瓦礫の山を掘った。


すると、少しずつ パッセルの姿が見えてきた。

白かった服はすすと血でよごれて、息も絶え絶えなパッセルの姿だ。




「兄ちゃん……兄…ちゃぁん……ごめんね……」



「パッセル、パッセル、もう大丈夫っす!一緒にいるっすよ!」



「うん……一緒が……いいなぁ……兄ちゃん、いないと、さみしいから」



「うん」



「兄ちゃんと一緒に、一緒に、いたい……」



「うん、そうっすね……一緒っすよ」




パッセルは泣き虫の癖に、こういう時だけ笑っていて。俺は、しゃくりあげて泣いた。




「パッセル、俺 見たっすよ。あの扉の向こう。天井は青だったっす、そこに白い綿あめがプカプカ浮いてて、地面は緑で、どこまでも続いてたっす。パッセル、パッセル、きっと俺たちなら何処へでも行けるっすよ。俺とどこまでも、行けるっす。兄ちゃんがおぶって、行きたいところ、何処でも連れて行くっすよ!だから、だから、一人に、しないで……」




震える手で、パッセルの手を包みこむ。

彼の手は、氷のように冷たくて ゾッとした。




「兄ちゃんを一人に、なんて、しないよ……一緒にいるよ……ずっと、兄ちゃんと一緒、が、いいなぁ……一緒にいっぱい色んな所に行きたいなぁ……いっぱい、いっぱい、兄ちゃんと……」




これが、パッセルの最期の言葉だった。



彼はもう動かない。息もしないし、笑わない。

そう思ったら、何もかもどうでも良くなってきて パッセルをおぶって歩き出した。


もう、銃声も悲鳴も怒号も怖くなかった。

ただ、一刻もはやく 俺もパッセルと同じところへ行きたかった。流れ弾が俺の体に当たらないかと思いながら目的もなく歩いた。


逃げ惑う人も、その人を狙って撃つ人も、全てを飲み込む炎も、怖くはない。

もう、何も怖くない。


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