第17話 俺はSだが、可哀想なのは抜けない
「お待たせ、ペレグリン」
「おっ、来たっすね!んじゃ行きましょう!ほら、俺の背中に乗って、しっかりしがみついて下さいね」
昼下がり、俺はペレグリンと玄関先で落ち合った。
ここから村までは、徒歩で約一時間はかかる。
山の上だから真っ直ぐは降りられないし、危険な崖もある。なんでこんなところに屋敷なんか構えるんだ、と思ったがあまり他人との交流を好まないジークヴァルトなら好きこのむ理由も何と無く想像できる。
だが、往復二時間で村まで出向くことは正直いって面倒。
そこで、ペレグリンの出番だ。
彼は、風を操る応用魔法が出来る。
応用魔法とはそれを扱える素質のある者達が使用できる魔法だが、彼はその素質のある者の一人だった。
「んじゃ、行くっすよ!」
ペレグリンは俺をおんぶすると、グッと足に力を込めた。途端に彼の足元に風が発生し、走り出すと恐ろしいほどの加速がついてくる。
初めて彼に背負われて山を下った時は、チビるんじゃねぇのかと思うほど怖かった。感覚で例えるならば、富士山の例の遊園地にあるドド○パを思い起こしてもらえるといいだろう。
ただ何度も何度も体感しているうちに、体が慣れてきたのか酔わないコツを掴み出してきた。
とにかく遠い山々を見つめることだ。
背負っているペレグリンは気づいていないだろうが、俺は毎回ペレグリンに背負われている時は穏やかな観音様のような顔をしている。
これで、村に着いたらヘロヘロだったなんて事にはならないで済む。
5分もすれば、村に到着した。
煉瓦造りの家々が並び、あちらこちらに村人がワイワイといる。俺はペレグリンの背から降りると、ローブのフードをしっかりと顔が隠れるまで引っ張った。
「あ、やっぱ、そのローブは着とかなきゃなんっすね」
「うん。何があるかわからないから」
「く〜〜!俺がそんな綺麗な顔だったら、村中のみんなに見せびらかしちゃうっすよ〜!」
俺だってしたいよ!見せびらかしたいよ!
でも、これは仕方ない。
もしも何かのきっかけで、この顔に傷がつきそうになって力が暴発したら大変だ。力の限界がわかるまでは、安易にこの顔を危険に晒してはいけないだろう。
俺たちは住宅街を歩いて、村の西側にある教会へと向かった。そこは小さな教会だが、村の人たちは皆通っているらしく バザーやら何やらでいつも賑わっている。俺やペレグリンもまた、ここに通っていた。
もちろん、これにも理由がある。
本によると、この村で信仰されている宗教は世界三大宗教のうちの一つであるカルエラ教。そして、勿論この教会はカルエラ教だ。
人間というのは、自分と同じ宗教を信仰している者とはある程度理解を示す生き物。この村に馴染むためには、同じ信仰心を持つ事。彼らが信じている、心の拠り所にしているものを理解することが大事なのだ。
この村の人々の心を掴むためには、このような精神的な部分から攻めて行くべきだ。人は肉体的拘束よりも精神的拘束の方が、より強力に効く。
この教会でカルエラ教を学ぶと共に、村の人々と交流を持つ事がもっともな目的だ。
そして、もう一つの目的は
「あら?ルカ君にペレグリン君、こんにちは」
「こんっちはー、クロエさん!」
「こんにちは」
この美人なシスターを見るためだ。
シスターなんて前の世界じゃコスプレぐらいしかお目にかからなかったが、割といい。この露出が少ないのにもかかわらず、すぐに破けそうなタイツが堪らない。
クロエは俺がこの世界に来てから会って来た女性の中で、なかなか好みなタイプだ。元の世界で岐阜のマルキ・ド・サドと自称していた俺にとって、このどことなくマゾヒスティックな雰囲気はぐっと来た。
「今日は皆んなに絵本を読もうと思っているのだけど、二人も聞く?」
「やだなー、俺、もう絵本とかの歳じゃないっすよ!」
「ふふ、そうよね。昔は最前列で目をキラキラさせながら聞いてくれていたけど、今はもう絵本の歳じゃないわよね」
「え、ペレグリンも聞きに来ていたんですか?」
「わわわっ!ルカ坊っちゃんの前でやめてくださいよ、恥ずかしぃっす!」
ペレグリンは恥ずかしげに慌てて顔を隠した。
オーバーリアクションな奴だ。
それにクスクスと笑うクロエは、俺と目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「ルカ君はどうする?」
「僕はペレグリンと一緒に居たいから、今日は遠慮しておきます。ありがとうございます」
「坊っちゃん……!俺、そんな可愛いこと言われたらギュってしたくなっちゃうっす!」
うるせぇ、お前に抱きしめられても何ら嬉しくないわ。と内心毒を吐きつつ、にっこりと微笑んだ。クロエはそんな俺を愛おしそうに見つめて、ローブ越しに頭を撫でる。
「ルカ君は、綺麗で純粋な心を持っているのね。そんな優しい子には、お菓子をあげるわ。奥の部屋に皆んなに配るためのお菓子が用意しているから、取ってね」
「ありがとうございます、クロエさん」
「よっしゃー!」
「あ、ペレグリン君、一個だけだからね」
クロエの言葉を聞く前に、ペレグリンは風のような速さで取りに行ってしまった。
こんなことで応用魔法を使うなよ。
「それじゃあ、クロエさん。また明日」
「えぇ。あ、そうだ。ルカ君、明日はお昼まで教会が閉まっているから、その後に来てね」
「はい、分かりました」
クロエに別れを告げ、俺はペレグリンの後を追う。あいつは、食べ物と金のことになるとすぐ食いつく。単純明快な男だ。
やっとこさ、奥の部屋まで着いた。
一瞬で消えて行ったあの男は、まったくどのくらいのスピードで行ったんだ。本気出しすぎだろ、全力疾走か。
「ペレグリン、お菓子は見つかった?」
「え、あー、そ、それがっすね……」
部屋の奥で、ペレグリンの声が聞こえる。
何だろう、困り果てたような歯切れの悪い応答だ。
不思議に思って側へ行くと、何やら彼の背後から見えている。
……綿毛?
「そのー、あのー……えっと」
「ひぅっっ……ぐずっ……ふぇぇ……」
羊が、泣いてる⁈
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