眠ってしまいたい

 死のうと思った。

 特にこれといった理由もなく、その方が楽だと思った。


 死ぬにはどうすればいいのだろうか。

 痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。

 出来るなら眠るように、静かに死んでいきたい。

 インターネットの検索欄にキーワードを入力してみる。


「苦しくない自殺方法」


 一番最初に出てきたのは、厚生労働省の相談窓口と電話番号だった。ズラッと出てくる、「お話を聞かせてください」だの「つらかったですね」だの、思ってもいないような定型文が書かれた窓口のサイトがヒットする。


 違う。知りたいのはそういうことじゃない。

 しかし、こんな聞いている側が気を病んでしまいそうな窓口の担当をさせられている職員は大変だな、と、顔も名前も知らない職員に少し同情した。

 諦めずに下の方までスクロールしていって、同じような文章が書かれた行政のサイトが粗方無くなると、今度は自殺未遂経験者のブログや胡散臭い個人サイトが出てきた。


 片っ端から開いて読んでみる。

 曰く、

 睡眠薬は今はどれも質が良いのでダメ。

 練炭自殺も成功率が低い。

 硫化水素も然り。

 飛び降り、線路へ身投げは迷惑がかかるので却下。


 首吊りは案外お手軽なようだ。

 よくドラマで見かける、天井からロープを吊り下げる方法ではなく、ドアノブに引っ掛ける方法もあるそうだ。気道を塞ぐのではなく、頸椎を痛めつけるのだとか。


 後は凍死。

 人間の身体は想像以上に温度変化に弱いもので、特に寒さが厳しい訳でもない東京でも、酔っ払いがベンチで潰れてそのまま、なんていうことが時々あるらしい。眠って、そのまま死ねるなんて最高だな。


 調べる限り、首吊りか凍死が良さそうだ。

 私は暗いな部屋でスマートフォンを眺めながら寝返りを打った。窓の外では四、五種類ほどの虫達が心地いい音色で鳴いている。窓から入ってきた風が冷たくて、かけていた毛布を肩まで引き上げた。


 私は自分の行為が可笑しくなって、ふっと息を漏らした。


 死にたいと言いながら、死ぬ方法を調べながら、少しの肌寒さにも耐えられない。暖かくて柔らかい布団にくるまって、何でもない時間を過ごしている。


 隣の家の電気が消えて、更に部屋の中が暗くなる。

 徐々に、スマートフォンの光がぼやけてきた。

 瞼がどんどん重くなって、下がっていくのが分かる。

 頭の中は霞みがかかったようで、段々と身体が浮いているような気持ちよさが全身を包んだ。

 私はその欲求に抗うことなく、スマートフォンを手放した。


 あぁ、どうしようもなく、


 眠ってしまいたい。

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