題:忘れられない思い出

 主人公、誰もいない部屋に足を踏み入れて立ち尽くしたまま、部屋を見回す。

 母が苛立った様子で、台所の奥から声をかける。


 母「ぼーっとしてないで早く始めてよ、やることいっぱいあるんだから。部屋の片付け終わったらベッド外に運ぶから手伝って」

 主人公「はーい」


 主人公、それに対して大声で返事をし、ゴミ袋を持って部屋の中央に進む。中央にある低いテーブルの上にはペンケース、ティッシュ箱、期限が過ぎた処方箋と飲み薬。主人公、それらを一つずつ袋の中に入れる。次に、机の脇に積み上げられていた新聞紙やスーパーのチラシを紐で縛る。

 それが終わると、部屋の隅に置かれた収納ケースから物を取り出してゴミ袋に放り込む。読書用のメガネ、数字パズルの本、電話帳、手編みのひざ掛け、新品のままの毛糸の束。

 初めは一つ一つ確認しながら入れていたが、段々と手つきが雑になる。ゴミ袋が二つ分いっぱいになったところで口を結び、壁にかかった新しい電波時計を外したところで、母の


 母「ちょっと!布団運ぶからこっち来て!」

 という声が聞こえた。それに対して

 主人公「わかった、今行く!」


 と主人公は返事をし、一度部屋を振り返り、ゴミ袋を持って部屋を出た。





「お年寄りの部屋って物が多いんですよ。私たちがスマホにメモしちゃうことも、一つ一つ紙にメモしたり、電話帳を使ったりしているんです。この話は祖父母の死後に家の片付けに来た話なんですが、そんな情報量の多い部屋から人が居なくなった時、残された物こそがその人の思い出とか、生きていた証みたいなものが宿っているんじゃないかと思ったんです。時計は進んでいるのに新聞紙の日付とかは止まったまま、とかこれお婆ちゃんよく使ってたな、と思いながら片付けしなきゃいけないとか、凄く嫌だな、と考えて、この話を作りました。……以上です」


 我ながら、ペラペラとよく回る口だなと思った。


 一瞬教室が静かになると、心地良い温度の春風が窓から入ってきて、私たちの肌を撫でる。

 こちらを真剣に見ていた班員達は、私が話し終わるとまばらに拍手した。私が椅子に座ると隣に座っていた班員が立ち上がり、同様にプレゼンを始めた。


 私は自分の番が終わったのをいいことに、頬杖をついて部屋の前に置かれたホワイトボードに書かれた「お題:忘れられない思い出」という文字を眺めた。文字通りのお題に沿って脚本を作る授業で、各々が考えた「忘れられない思い出」を発表している。完全フィクションの物語を作る人もいれば、思い出深い実体験を発表する人もいた。


 私は、この話を嘘とも真とも言わなかった。そもそも提出期限直前で適当に書いた話だったし、優秀作品に選ばれてやろうとも思っていなかった。今日がプレゼンの日とは知っていたが、何一つ準備もしてこなかった。さっきの台詞は全て口から出まかせだ。自他共に認める口下手が、よくもここまでペラペラと喋れたと自分で感心してしまったほどに。


 私の祖父母は死んでないし、遺品整理もしたことがない。だから、この適当な物語になんの思い入れもない。だけど、この中の何か一つでも現実になったとしたら、きっと私はこの物語を喜んで訂正するんだろう。それは、祖父母が死んだ時かもしれない。どこか遠い親戚の遺品整理に借り出される時かもしれない。


 この話はいずれ真になる、いや、真にしてしまう嘘だ。


 私は大切な人の死さえ、喜んで物語にしてしまうのだ、という確信と嫌悪感。

 人の死をネタにすることに対する嫌悪感ではない。なぜなら、私はミステリー小説もバトル漫画も喜んで読んでいるのだから。一般的な話ではなく、恐らく他の人は理解することのない、やわらかい部分の話だ。

 もしかしたら、私は、その時その時を忘れない為に物語を作っているのかもしれないな。


 ガタリと椅子を引き摺る音が隣で響いて、ふと我にかえる。ちょうどプレゼンが終わったらしく、私は慌てて周りに合わせて拍手をした。聞き流してしまったのは申し訳ないが、彼の脚本は後で読ませてもらおう。


 温い風に鼻をくすぐられて、私は一つくしゃみをした。

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