俺の同級生

@wizard-T

第1話 俺の同級生

 俺の同級生に、定野太郎って奴がいる。


 中肉中背のそいつは、俺にとって実にめんどくさい存在だ。


「行ってらっしゃい」

「ああ行って来ます」


 今日も俺は家を出て中学に向かう。

 俺の通ってる中学校は一応私学ではある、でもそんなに名門ってほどじゃない。倍率だって2倍に届かなかったらしいし、通学だって徒歩で出来る。

 家から最寄りの中学校は徒歩十二分、今俺のいるとこは徒歩二十分って差があるけど大したもんじゃない。


「おはよう……」


 教室に入った俺はそのめんどくさい存在から目を背けるように、黒板とにらみ合いながら座った。その存在は既に教室に入り、俺と同じように座り込んでいる。背筋が伸びていて、いかにも優等生様のそれだ。


 優等生と言えば、自慢じゃないが俺は成績がいい。小学校では常に一番だった。通信教育のおかげさまって奴なんだろうけど、それでもその好成績ってのは俺にとっての自信だった。

 まあだからこそ母さんも私学を受けさせようって思ったんだろうな。


 ああ話がずれちまった、中間テストだ。範囲はでっかくねえしここでも一番を取ってやろうと思った。これまでと同じように勉強もした。私立と公立のレベルの差ってのがどれだけのもんなのか、まあ俺を含め2倍近い競争を勝ち抜いてきた連中の集まりではある。やってやろうじゃねえかって思った訳よ。

 まあ結果から言えばよ、俺はなんとかクラスで一番になれた。でも国語数学社会理科英語の五教科合計で、俺は2位と4点の差しか付けられなかった。


 まあくどくどと並べちまったけど、その2位が定野って奴だったって事が俺にとって一番今めんどくさい問題だ。一体どんな勉強をしてるんだろう、俺よりずっとしてねえかもしれねえしたくさんしてるのかもしれねえ。

 身長140センチの体で鉛筆を握り、回答を書き込んで行く姿は様になってやがる。だからめんどくさいんだよな本当。




 ――――おい、今なんかおかしいと思わなかったか?思っただろう?

 そうだよ、140センチの中学一年生のどこか中肉中背だって思うだろ?俺は161センチ、クラスで背の順に並んだら三十二人の中で二十番目ってくらいの身長。まあ普通よりちっとばっかし高いって所だ。そんで定野は一番前。誰も疑問に思わねえ。

 その事に対して、あいつがどう考えてるのか俺は聞いてみたい。でも、できない。




 何せあいつには、耳がないんだから。耳がないだけじゃなくて、口もなければ鼻もない。目もない。まあ早い話が、あいつには頭がないんだよ。











 もちろん驚きもしたよ、一体どうなってるんだって。

 でも今じゃすっかり慣れちまった。と言うか、はじめから驚いただけで何も声や態度に出さなかったけどよ。あるいは俺の目がおかしいのかもしれねえ、だってその事に対して他のだーれも口を出さなかったし出してねえんだもん。



 なんとなーく、その事について定野本人に聞くのはタブーみたいになってる気もする。男も女も、うちのクラスの奴も隣のクラスの奴も、それから先輩たちも先生たちも。定野太郎って言うのはああいう人間だなって認識してたのか特段何にも言おうとしない。それぐらいの空気を読める力って奴は俺も持ってる。

 まあ、部活動へと向かうあいつから視線を外せねえ程度のレベルだが。


 部活と言えば、俺は文芸部であいつはサッカー部だ。あんまり部活に興味ねえし、体育会系って言うノリも好きになれそうにねえしおとなしい方がいいかなって。

 でも実際に昔の文学作品とか読んでみたら結構怖いもんだな、それに引きずられて国語の成績が下がらなきゃいいけど。でまあ、俺がこうして建物に籠ってる間定野はユニフォーム姿で外を走り回ってる訳だ。


 無論、サッカー部の顧問の先生兼うちのクラスの体育担当の先生も定野に頭がないって事に対して何にも言わねえ。

 そして定野が1年生にしてレギュラーをやっていることに関してもだ。まあ、部員が15人しかいないから「イレブン」を組もうと思ったら入れなきゃいけねえよな、6人入って来た1年生のうち誰かを。


 しっかしあいつは凄い。ボールは友だちとか聞くけど、まさにああいうのをボールを使いこなせてるって言うんだろうな。この前の体育の授業なんか、すいすいと俺ら棒立ちディフェンダーを抜きまくり、気が付きゃゴール前。

 そしてキーパーなんていないかのように叩きこまれる速いシュートを叩き込む。悔しがるより先に感心しちまうね。いつも決まるとは限らねえけど、それでも1年生にしてレギュラーになるのもお説ごもっともって感じだ。ヘディングはできねえけど、それを差し引いてもまあレギュラーになるのも納得だなと思わせる。

 にしてもさ、俺は基本的に校舎の中に閉じこもりの部活だからいいとしてもあいつは運動部だろ?腹が減らねえもんかね。俺の隣の席の陸上部員、上田優一は俺より五割増しぐらいの弁当を毎日平らげてる。あいつも一年生にして部の顔と言われるまでに活躍してるってのに、似たような立場の人間二人を見てるとどうしてこうも差がつくのか、マジでわかんなくなって来る。



 昼間の弁当の時間、定野は常にぼーっと前を見てる。俺が弁当箱を開けるまでも、開けてから飯を口に運ぶまでも、全部食べ切って弁当箱のふたを閉めても。オブジェのようにそこにいる。

 何を喰う訳でも、何を飲む訳でもない。俺らが大なり小なり飯の音を立てる中、定野はその時が終わるのを待つかのようにじっとしてる。その間いったい何を考えて過ごしてるんだろうか。

 定野は、腹の音を鳴らす事もない。腹が減るって概念すらないんじゃないかとも思えて来る。


 飯が終わるとどうなるか。言うまでもなく、その飯として取り込んだ栄養物を外に出さなければならねえ。そのために便所ってのがある。

 定野が便所に行った姿を、俺はいっぺんも見てねえ。定野が休み時間、教室を出てどこかに向かうのか本当に後を付けた奴もいたが、校内をふらふらめぐるだけで終わったらしい。



 とにかくまあ、勉強の成績はトップクラスで運動もできる。それが定野太郎って奴だ。そんで言うまでもなく、定野はしゃべらない。俺は授業を熱心に受けて成績を上げたいので授業中はなるべくしゃべらないようにしてるが、上田はしょっちゅう他の席のやつとペチャクチャしてる。

 先生からもうるさいと言われるが、流れ弾がこっちに飛んで来るのはまじで勘弁して欲しい。


「千里ちゃんってむちゃくちゃ可愛くねえか」

「俺は千里より美紀さん派だな、リーダーシップが取れててキリッとしてる感じがさ」

「わかってねえな、男ならタッチーだろ。おとなしそうに見えてやる時はやるって感じでツボを抑えてるとこ、ああいうのっていいよな」


 休み時間にこうしてしゃべるのは勝手だ。上田の奴が仲良し三人組でTRUTHってアイドルトリオについて話してる。言っとくけど、俺は一切興味はない。その上田たちのおしゃべりの様子を見てる女子たちを見る方が面白い。俺の見た所、その反応はきれいに三つに分かれる。ああそうって言わんばかりに無視する奴、ったく男の子たちったらと軽蔑って言うか子ども扱いする奴、そして面白そうに眺める奴。


 おい女子たちよ、俺は聞こえてるんだぜ。お前らが同じ教室で五人組の男性アイドルについて語り合ってる事をさ。そのあげく一番目だったらまあどっちもどっちだろって話だし、三番目だったらそれもごもっともだなってなる。でもさ、二番目の奴が同じ事してたら俺は軽蔑するね。そういうのを棚上げって言うんじゃねえのか?


 定野の奴がそういう趣味を持ってるのか持ってねえのか、俺は知らねえ。

 何せ、あいつはこんな時でさえひとっこともしゃべらねえ。適当にふらふら歩いてたり、次の授業の教科書を持ち出してたり、たまにそうでない時でも外で駆け回ってたり。

 まあ、実に折り目正しい学生ライフを送っていらっしゃるお方だ。

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