魔法使いと高校生

赤月なつき(あかつきなつき)

序章

風がほおを撫でたのだ。生温かくて不快な風。もう夏も終わるというのにこの暑さはなんなのだろう。鬱陶しい。腹が立つ。なぜこんな季節があるのか。腕についた傷に障るじゃないか。ああ、こんなことを考えても仕方がない。靴を脱いで少しだけ足元が涼しくなる。目の前には青空と雲。遥か下には人々が歩く道。身軽になって、自由になって、この傷も忘れて幸せになれる。……そんなことを思って足を踏み入れる。真っ逆さまに落ちていく。

いや、足を掴まれる。なんだ?誰だ?上を見る。するとそこには自分の足を掴む浮遊する女がいた。女は自分の体を持ち上げて、屋上の床に置いた。

「よくも私の前で死のうとしたわね」

そう、怒気で震えた声で語る。

「は?」

「私は自殺が一番嫌いよ。だから、死なせない」

「意味がわからねえ」

「わからなくて結構。……そんでなんで死のうとしてたの?」

「……答えたくない」

「あっそ」

女は俺が寝転ぶ足の横に座った。女はおそらく美人に類するだろう。黒髪と紫の瞳。誰が見ても綺麗と、称するだろう。

「もし、悩みがあるなら聞くよ」

「え……」

「人は死のうと思った時、辛いことから逃げるためだと自分に理由をつける。その理由を解決すれば貴方は死なない。違う?」

彼女の顔が歪む。

「え、ちょっと……なに、泣いてんの?」

「ご……め…ん……その……そんなこと言われたの…すごく久しぶりなんだ」

僕はゆっくりとけれども大粒の涙を頬に垂らして、滲んだ彼女の顔を見た。すると、温かな肌があたる。温もり。不快な風とは違う。確かな温かさ。

「ごめん。偽物の肌だけど、我慢してよ」

偽物の?

「なん……で」

「ん?気にしなくていいよ。私が抱きしめたくなったからだし」

情けない。初めて知る人に、女の人に、慰めてもらうなんて。男なのに。強いはずなのに。どうしても涙が止まらない。目からポロポロと落ちてく雫。埋まる胸元に溜まる染み。それら全てを受け止められてるような気がした。この傷も痛みも愛してもらっているようなそんな気が。

目を腫らして彼女を見る。もう歪まない。

「大丈夫か?」

「うん……ごめん」

「謝ってばっかり、まあいいけどね。……話せる?」

「うん」

彼女は優しく隣に腰掛けてくれた。




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魔法使いと高校生 赤月なつき(あかつきなつき) @akatsuki_4869

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