音楽から小説を書く
津久美 とら
ある星のお話
これは、ある星のお話。
彼らはいつもお話しをしていました。
お隣さん同士だったので、暇さえあればお話しをしていました。
「知ってるかい? 地球という星が昔あってね。そこにはいろんな生命が誕生したんだ」
「生命?」
「そう。水から生まれて、草や花、木になって」
「草とか花って、水から生まれたの?」
片方はとても物知りで、もう片方はあまり物知りではありませんでした。
「僕はそう聞いたよ。彼らは水が無いと生きていけないだろう」
「確かにそうね」
「そして、その水の中の小さな小さな生き物から、もう少し大きな動物が生まれた」
「動物?」
「そう。僕たちみたいに物を考えたり、考えなくても感覚、本能で仲間を増やしていくものたちのことだよ」
「自分で仲間を増やせるなんて、すごいわ」
片方はいつも、物知りな片方に驚かされていました。
「繁殖っていうんだって。そしてそれよりももっともっと大きくて、草や花を食料にする動物が生まれた」
「草や花を食べるの?」
「そう。そしてその草や花を食べる動物を食べる、同じ種類の動物も生まれた」
「同じ種類? 同じ種類で食べあうの?」
「食べあうんじゃない。草や花を食べる動物を、一方的に食べるんだ」
「ひどいわ!」
物知りでない片方は、草や花や木が大好きでした。
なぜなら草や花や木は、いつも物知りでない片方のそばにあったからです。
そして草や花や木はお互いを食べることは絶対にしないことを、物知りでない片方は知っていました。
「でもね、草や花を食べる動物……草食動物って言われてたらしいんだけど、その動物たちは、色んな進化をしていった」
「進化」
「そう。自分たちを食べる動物、肉食動物から自分たちを守るために、何百年かかけて色んな本能を身に着けた」
「たった何百年かで?」
「そうなんだ。草だけでなく、肉食動物の死骸を食べる雑食になったり、肉食動物よりもたくさんのこどもを産むようになっていった」
「こどもってなぁに?」
物知りな片方も、物知りでない片方も、子どもというものは知りません。見たことがありませんでした。
「それは僕にも分からないんだ。……そしてそのうちに、ヒトっていう新しい生き物が生まれたんだ。地球で何よりもいろんなことを試した生命だね」
「試した?」
「何百年か何千年かかけて、自分たちが周りに合わせて進化した。それは他の動物とも同じなんだけど」
物知りな片方はゆっくりゆっくり話します。
「ヒトはその内に、自分たちに合うように周りを変えていったんだ」
「どうやって?」
「まず、ヒトは火を生み出した」
「火ってなぁに?」
「そうだなあ。死んで乾いた木や草を擦り合わせると、赤くて熱いものが出てくるんだ。ちょうど太陽みたいな感じのものだね」
「太陽って、あの太陽? ヒトは太陽を生み出したの?」
「太陽の、とってもとっても小さいもの。それを火と呼んだんだ」
物知りでない片方も、太陽くらいは知っています。太陽はとても有名だったからです。
「それを使って、他の動物を食べたり、光の代わりに使うようになった」
「賢かったのね」
「他の生命たちより、うんとね。だけど、その地球をなくしてしまったのも彼らだったんだ」
「そのヒトのせいで、地球って星もなくなってしまったの?」
物知りでない片方はとても驚きました。
まさかたった一つの種類の生命が、一つの星をなくしてしまうなんて、考えられなかったのです。
「ヒトは色んなものを生み出した。それは科学とか文明って呼ばれて、やっぱり何百年かかけて少しずつ進化していったんだ」
「何百年かかけて進化したなら、ヒトと同じね。ヒトの仲間だったの?」
「いいや。人が生み出した現象だよ。ヒトは進化するごとに、どんどんどんどん賢くなっていったから、生み出すものもどんどんどんどん進化していったのさ」
「すごいのね」
物知りでない片方は、少し分からないところもあったけれど、とても感心しました。ヒトがすごいことだけはよく分かったからです。
でも、物知りな片方は少しだけ寂しそうな顔をします。
「だけどその内に、ヒトは自分たちに周りを合わせようとしすぎて、地球を少しずつ壊していった」
「地球はとても小さかったの?」
「いいや、他の星と比べても、そんなに小さくはなかった。もちろん太陽ほど大きくもなかったけどね。ヒトがたくさんになりすぎたんだ。地球で何億年もかけて生まれた他の色んな生命たちは、ヒトの進化やそれに合わせた環境に耐えられなくなって、居なくなっていった」
「……」
物知りでない片方は、とても真剣に聞いています。
「そして少しずつ、今度は地球がヒトに合わせられなくなっていったんだ」
「それで、地球はなくなってしまったの?」
「そう。ヒトが気づいたときにはもう遅かった。ヒトがたくさんたくさん増えて、住む場所が無くなった。でもヒトは水の中や土の中では生きていけないから、どんどん住める場所を増やした。そしたら、どうなると思う?」
「うーーーーーーん」
物知りでない片方は、とても真剣に考えます。
「他の生命が住める場所が無くなっちゃう?」
「正解!」
「じゃあ、ヒトも居なくなっちゃうじゃない」
「でもヒトは賢かったから科学を使って、好きではないけど食べられる物や他の生命も生み出した」
「ヒトは地球よりすごかったのね」
「だけど忘れちゃいけないのは、ヒトは地球にしか住めないってこと。少しずつ壊れていく地球に、今度はヒトが追い付かなくなった。地球が壊れる速さはどんどん早くなって、水も少しずつ無くなった」
「じゃあ、草や花や木もなくなってしまったの?」
「悲しいことにね」
物知りでない片方は、思わず泣いてしまいそうになりました。だけど泣いては大変なので、ぐっと我慢します。
「水が無くなって、空気が無くなって、ヒトも居なくなってしまった。だけどボロボロに壊れた地球は直らなかったんだ」
「悲しいお話だわ。そんなことが他にもあるの?」
「もしかしたら、あるかもしれないね。僕たちが知らないだけかもしれない」
「壊されてなくなってしまうなんて」
「そう。だから僕は幸せものだなぁって最近思うのさ」
物知りな片方は、もうすぐなくなってしまいます。それはとても自然なことでした。彼らはいつの間にか生まれて、いつの間にかなくなっていくからです。
それは何億年、何百億年という長い時間の中で、何度も何度も繰り返してきたことでした。
だからこそ地球という星がヒトに壊されてなくなってしまったお話は、彼らにとってはひどく悲しいお話だったのです。
「わたしもあなたみたいに自然になくなっていきたい」
「そうだね、僕たちにとってはそれが一番幸せなことだね。でも、僕ときみとは違うから」
そう、物知りでない片方のすぐ近くには、いつも草や花や木がありました。そして水もありました。内側には暖かな液体が流れていました。それはたまに、思わず泣いてしまったり怒ってしまったりすると、表に出てくるのです。
その度に少しずつ、物知りでない片方は変わっていきました。
物知りなもう片方のそばには、草や花や木はありません。だけど水はありました。内側に暖かな液体は流れていなかったので、泣いてしまったり怒ってしまっても、何も変わりませんでした。水は少しずつ冷たく、固くなっていきました。
そしてもうすぐ、物知りな片方はなくなってしまいます。
彼らにとってはどちらも普通のこと。自然なことでした。
「さあ、もうそろそろお別れだね」
「うん。たくさんお話してくれてありがとう」
「僕こそ、おかげで退屈しないですんだよ。ありがとう」
そう言って、物知りな片方はなくなっていきました。
物知りでない片方はほんの少し寂しい気持ちでしたが、自然になくなった物知りな彼のことは、幸せものだと思いました。
そしてそれでもやっぱり、自分のすぐ近くに草や花や木があることを、嬉しく思うのでした。
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