生態調査
冒険者シュナイダーは背後の追跡者を振り切るため全力で走っていた。シュナイダーはレベル25の冒険者だ。この稼業を始めて3年になるが別段高いレベルというわけではない。それでもレベルを持たない相手なら容易に振り切れる俊敏さをもつ。だがこの追跡者は見失うことなく追い続けてくる。背後と頭上から定期的に聞こえる鉄と鉄が擦れ合うような音は止むことがない。シュナイダーは無手だった。いつもダンジョン攻略を助けてくれる得物はホームに置いてきている。冒険者はダンジョンに潜るとき以外は帯刀を基本許されていない。襲われてから反撃をせず逃げ続けているのはこのせいだった。こんな目に合うなら安いからと裏路地の娼婦で済まそうとせず、歓楽街の娼館に行くべきだったと後悔する。
「クソッ、やってやるぜ……」
だがそれももうやめだ。細道から開けた場所にでたシュナイダーは振り返って敵が来るのを待ち構える。ここからなら敵が来るのは正面からだけだ。少なくとも不意打ちは防げる。見回しても武器になるようなものは転がっていないが、最悪ゴミ袋でも投げつけてやろうか。
しかししばらく待っても細道から敵が来る様子はない。追われているときに聞こえた不快な金属音も途絶えている。
引いたのだろうか。自分の荒い息遣いだけがやけに耳に響く。
まず感じたのは浮遊感だった。次に感じたのは首に冷たい何かが巻きつく感覚。
「……」
締め上げられ声すら出せない。必死にもがくが、首に拘束はむしろ強くなる。必死に息を吸おうとしたとき、鉄の香りが広がった。
それを最後にシュナイダーの意識は途切れた。
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しばらく待ってから冒険者の肉体を降ろす。今回のやつは逃げ足の速い、活きのいい人間だった。きっと姫様もお喜びになるだろう。
冒険者の横顔を見やる。その顔には恐怖が張り付いていた。
「悪いな」
口だけの謝罪を述べる。腕から延びる赤錆の鎖はうごめきながら冒険者の全身に巻き付いていく。鎖は小刻みに震えながら肉塊を絞り込んでいく。
姫様に仕える身になってから、誰であろうと犠牲にする覚悟を決めた。
鎖が冒険者を食らいつくす。そこにはもうわずかな血しぶきしか残されていない。
「……」
近くに転がるゴミ袋を蹴る。鎖を飛ばして建物に引っ掛け、一気に飛ぶ。
今日はもうあと一人、狙うとしよう。
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ゲントランパードは廃屋の二階から一連の光景を見ていた。今回の標的はあの鎖の男だ。ゲントが観察を始めてから三人の人間が彼に殺されている。そのおかげで彼の攻撃方法はある程度把握した。
攻撃は全て、両腕に嵌めた手枷から延びる鎖で行われる。厚い鎖を腕に巻き付けての殴り。相手に絡めてからの叩きつけ。そして先ほどのように首に垂らしてから吊るすこともある。移動にも使えるようで、鎖の先端をかえしの形にして建物に引っ掛けて飛べる。中レベル冒険者の速さにも付いていける代物らしい。
ここまでの分析で彼が「スキル持ち」であることが推測できる。「スキル」は多くは冒険者が持つもので、修行や研鑽を基に習得するらしい。剣や槍、斧など、それぞれに対応したスキルが存在するらしいが冒険者でなく、剣術や流派を学んだことのないゲントは詳しいことは知らない。
そこまで考えて溜め息をこぼす。今回の標的は外れだ。いつものように娼婦と酒に酔った相手を狙うのとは違う。殺し合いになるかもしれない。だがそれでもやる必要がある。この鎖の標的は一般の冒険者も賞金首も見境なく襲う。このまま放っておけば賞金首狩りである自分の食い扶持も潰されてしまうのだ。
リーデッド・ロアル。手配書に書かれていた名前と報酬料金を思い返す。これまでの観察代を引いてもお釣りがくる。あとはどれだけ支出を抑えて討伐できるかだ。
装備を調整する必要がある。ゲントは廃屋を後にした。
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