わたしの花子さん

ぽっか

【わたしと花子さん】1














レモンの匂いがする。芳香剤の。




本物のレモンを嗅いだってこんな香りはしないのに、今、甘ったるく鼻の奥にこもるこの匂いを、どうして私はレモンだと思うんだろう……。

と、いうのはよくわからないけれど、それは見事に食欲を削ぐ香りだった。




「はあ…」




ここは私立サンテレジア女学院、高等部13号館4階北側女子トイレ。






私は今、洋式トイレの蓋の上に腰掛けて小さなお弁当箱を膝の上に開いている。

右手にはお箸。


お弁当の蓋と箸箱は滑り落ちて邪魔だから、ドアフックに引っ掛けたスクールバックの中に突っ込んであった。



この状況はそう、あの!(と言えるほど有名か知らないけど)ランチメイト症候群の症例が一つ、「便所飯」だった。



ランチメイト症候群しょうこうぐんとは何か。

知らない方の為には解説が必要だろう。


学生の救世主メシア=ウィキペディア様曰く、それは精神科医の町沢静夫氏によって名付けられたコミュニケーションの葛藤かっとうを示すものらしい。



学校や職場で一緒に食事をする相手ランチメイトがいないことに一種の恐怖を覚えるというもので、その患者の思考回路と言うのが、以下の様なものである。




「一人で食事をすることはその人には友人がいないということだ!」

→「友人がいないのは魅力がないからだ!」

→「だから、一人で食事すれば、周囲は自分を魅力のない、価値のない人間と思うだろう!」




さらに、断られることで「価値のない自分」を意識してしまうことを恐れるが故に、自分から誰かを食事に誘うこともできないらしい。

そうやって一人になった自分を隠そうとした結果、便所に救いを求める者も居ると言うのだ。



なるほど。

理屈はわかる。

でもでも、でも。

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