こわいはなし
はろるど
第1話 勇者
パパは、僕のことをたくさん痛くする。
ママは、それを見ると泣いちゃう。でも、ママが泣くと、パパはもっと怒って、ママのことも痛くする。
ママと二人きりの時、ママは僕をぎゅってして、「ごめんね、ごめんね」と言っていっぱい泣く。ママ、泣いたらパパが来ちゃうよ。そう言ったら、ママはもっと泣いちゃった。どうしたら良いか分からなくて、ママの涙を止めたくて、ごめんなさい、もうしません、ごめんなさい、とじゅもんを繰り返した。だけどやっぱり、ママの涙は止まらなかった。パパの手や足も、止まる時もあるけど、止まらない時もある。
このじゅもんをいつ使うかで、何かを止められるかどうかが変わってくるらしいっていうのは知っている。でもやっぱり、ちゃんと止めたいときに止めるのは難しい。
だから僕は、パパが居るときはいつも隠れん坊をしている。隠れん坊は、まだ公園に遊びに行っても怒られなかった頃に、よーちえんの、ちゅーりっぷぐみのみんなでやった遊び。鬼を決めて、そっと息を潜めて、どきどきしながら見つかるのを待つ。見つかると、僕、なぜか分からないけど笑っちゃうんだ。楽しかったなぁ。
もうよーちえんには行かないって言われたのが悲しくって、いっぱい泣いたときにはじめてパパに殴られた。顔がじんじんして、耳がぴーんって音でいっぱいになって、床にぶつけた身体が痛くて、びっくりして涙がひっこんじゃった。僕を殴るとき、パパも泣いてるの、僕知ってる。きっと僕が泣くのがパパを痛くするんだなって思って、よーちえんでならった通り、ごめんなさい、もうしません、って言ったら、その時は殴るのをやめてくれた。
この間はお風呂の中に隠れていたら夜まで見つからなかったけど・・・・・・見つかった時に、お風呂に入りたかったパパの邪魔をしたって言って、パパにシャワーで殴られた。痛かったなぁ。あんまり痛かったから、思わず逃げようとしちゃったんだけど、「逃げるのは悪い子」って言って、追いついたパパにもっと痛くされた。
だから今日は、台所の棚の中に隠れているんだ。
パパの足音が近付いてくると、胸がどきどきして、目が閉じられなくなるのに目を閉じたい気持ちでいっぱいになって、きゅうって身体が縮こまる。
そうだ、パパが昔読んでくれた絵本の勇者みたいに、僕も剣を持ってたらどうかな。僕は勇者の役で、パパは怪物の役。大きなトロールが、おなかがすいたぞーって言って襲ってくるのを、剣でやっつけるんだ。パパ、覚えてるかな。一緒に遊んでくれるかな。
そっと庖丁を抜き取ったけど、かたん、と音がしてしまって、パパは気がついたみたい。ううん、もうごっこ遊びは始まってるんだから、悪いトロールだ。悪いトロールが、人間のにおいをかぎつけて探し回ってる。
悪いトロールが、戸棚を開けた。その瞬間に、えいっ!と剣を目の前に突き出す!
ぎゃあ、と叫んで、悪いトロールが顔を押さえた。絵本通りだ!パパ、覚えててくれたんだ!
えっと、勇者はあの後どうしたんだっけ。あっ、思い出した。悪いトロールを良いトロールに変えて、みんなで仲直りしたんだった。僕も勇者だから、パパを良いトロールに変えなきゃ。
そうだ、「逃げるのは悪い子」。たくさん痛くするのは、悪い子の僕を、悪い子じゃなくするためだってパパが言ってた。
だから僕は、「悪い子」のトロールが四つん這いで逃げていく足や、背中に、何度も剣を突き刺した。
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