乙女、嗜好に煩悶(4)

 見た目だけなら、普通のかわいい女子高生だ。

 背が小さくて、顔つきも子どもっぽくて、守ってあげたくなる雰囲気を醸し出している。三次元でやるのはなかなかハードルが高いツインテールもよく似合っていて愛らしい。もっともそのツインテールが、ある日いきなり「師匠がポニーテールなのでわたしはこれしました!」と作ってきたものだと知れば、少しは評価も変わるだろうけど。

 莉緒ちゃんが早足でわたしのところまで寄って来た。わたしの向かいの高岡くんには目もくれない。本当にすごい。わたしが逆の立場だったなら、誰もいない部屋に男の子と二人きりな時点で、絶対に立ち去る。

「あの、実は師匠にちょっと相談があるんですけど……」

「待って。なんでわたしがここにいるって分かったの?」

「放送が終わってから師匠の教室に行って、お友達の方に部活の用事で出かけたと聞いたので」

 宮ちゃんたちに「師匠はどこですか!?」と聞いて回る莉緒ちゃんを想像する。――教室に居れば良かった。それならまだ内々に処理出来たのに。

「それより相談ですよ! 師匠、転校した安藤さんとまだ連絡取ってますよね?」

「うん」

「安藤さんに、取材させて貰えません?」

 取材。目を丸くするわたしに、莉緒ちゃんが勢いよく話しかけてきた。

「わたし、今、リアル系のBL小説を書こうとしてるんです。でもなんかリアリティが足りないんですよね。だから今度、新宿二丁目に取材に行こうと思ってるんですけど、そういえばその前に安藤さんがいたなと。そういうわけで話、聞けませんか?」

「……それはつまり、作品のネタにしたいから同性愛者のリアルな体験談を聞きたいってこと?」

「はい!」

 敢えて「ネタにする」という露悪的な言葉を選んだのに、全く効いていない。さすがに釘を刺そうと口を開きかけたわたしの言葉を、別の声が遮った。

「それは失礼じゃね?」

 高岡くん。腕を組み、憮然とした様子で、高岡くんが莉緒ちゃんを見やる。

「部外者がネタにしていいものと悪いものがあるだろ。好きでそうなったわけじゃない。本人はすげえ苦しんでるんだぞ」

「え、でもそれ言い出したらBLはジャンルごとダメだし、わたしだけじゃなくて師匠もアウトですよね」

 即座に言い返され、高岡くんがグッと怯んだ。逆に莉緒ちゃんは止まらない。

「わたしだって雑に扱うつもりはないですよ。ちゃんと実態を理解して、作品に反映させて、読んだ人にも理解してもらいたいと思うから取材したいんです。何とも思ってないなら、それこそ想像で書いちゃいます」

「……取材は別だろ。野球漫画描くのに野球選手に取材するのとは全然ちげえぞ」

「どの辺が?」

「どの辺って……デリケートな部分に触れるし」

「別に話したくないなら話さないでいいですよ」

「……聞かれること自体がイヤかも」

「そんなこと言ったら取材って何も出来なくないですか?」

「……だから気をつかうんだろ」

「はい。ですから、まずは安藤さんと仲が良くて、何でも聞ける師匠を通して許可を取ろうとしています」

 これが、この子の一番厄介なところだ。

 弁が立つのだ。ノリと感性で生きているように見えて、実は彼女なりの論理がしっかり働いている。さらに頭の回転も意外なほどに早く、文句をつければ次から次へと矢継ぎ早に反論を繰り出してくる。なので、迂闊に舌戦を挑むと――

「……まあ、そうだけど」

 こうなる。高岡くんをやっつけた莉緒ちゃんが、再びわたしに顔を向けた。

「そういうわけでお願いします! 取材してもいいか、聞いてもらえませんか?」

「……いいよ」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 莉緒ちゃんが大きく頭を下げた。そして「それじゃあ、また!」と言って入って来た扉から駆け足で出て行く。疲労感から全身の力を抜くわたしに、高岡くんが同じくどこか疲れたような声色で話しかけて来た。

「なんつーか、三浦も大変だな」

「分かってくれてありがとう……」

「いいってことよ。ところで、一つ聞いていい?」

「なに?」

「純くんと話をする口実が出来てラッキーとか、ちょっと思ってない?」

 喉に、空気の塊が詰まった。

 唾と一緒に詰まった塊を飲み込む。だけどその頃にはもう遅い。高岡くんがふっと視線を横に流し、寂しげに呟いた。

「まあ、そこが上手く整理つくまでは、告白の返事も出来ないよな」

 高岡くんが立ち上がった。そしてわたしを見下ろし、はっきりと言い切る。

「オレ、待ってるから」

 わたしに背を向け、高岡くんが美術室から出て行った。再び一人になったわたしはお弁当のご飯を口に運び、上手く飲み込めなくてそのまま食べ続けることを諦める。おかずとご飯が少し残っているお弁当箱の蓋を閉じ、ランチマットで包んで、机に突っ伏して過去を思い返す。

 夕暮れの海辺。片耳のイヤホンで聞いた曲。交わした言葉と、見せなかった涙。

 ――わたしからフッたんだけどな。

 チャイムが鳴った。机と椅子を片付け、お弁当箱を持って美術室を出る。午後の光を窓から取り込んだ廊下がキラキラと眩しく輝いていて、本当に、全く意味が分からないけれど、わたしはコンクールで賞を取った絵のことをなぜか思い出した。

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