Track2:Fat Bottomed Girls

乙女、嗜好に煩悶(1)

 確かに最近、自分でもちょっと暗いなとは思っていた。

 あまり人と話をしないし、話してもノリが悪いし、ため息が多いし、笑わない。人によってはかまってちゃんに見えて鬱陶しかったかもしれない。でもわたしは本当にただ落ち込んでいただけなのだ。別に誰かに心配して欲しかったわけではないし、むしろあまり詮索してもらいたくないと思っていた。

 だから学校帰りの電車で、隣に座る宮ちゃんから「紗枝、最近何かあった?」と言われた時、つい動揺して声が上ずってしまった。

「なんで?」

 何かありましたと自白しているも同然の反応を見て、宮ちゃんがわたしから顔を逸らした。腿の上に小さな手を乗せて、きゅうとスカートを掴む。

「ごめんね」

 突然の謝罪。困惑するわたしに、宮ちゃんがその真意を告げる。

「高岡のことでしょ。紗枝に告白したって、本人から聞いた」

 カタン。電車の揺れに合わせて、宮ちゃんが首筋を軽く掻いた。

「もう諦めろって言いたかったんだろうね。未練残してたの、バレてたみたい。それで思ったんだ。高岡にバレてるんなら、もしかして紗枝にもバレちゃってるのかなって」

 宮ちゃんがわたしの方を向いた。そして一目で作り笑いと分かる、無理やりな笑顔を浮かべる。

「高岡に返事してないんでしょ。あのね、もし私に気をつかってるなら、そんなことしなくていいよ。私はもうとっくにフラれてるんだもん。だから紗枝は紗枝の好きなようにして。誰かと付き合ってる高岡を見るより、悩んで落ち込んでる紗枝を見る方が、私にとっては辛いよ」

 ――宮ちゃん。

 ありがとう、宮ちゃん。わたしのことをそんなに考えてくれて、すごく嬉しい。冗談でも、誇張でもなく、最高の友達だと思う。でも、ごめん。

 違うの。

 ほんとに、全然、まるっきり見当違い。確かに高岡くんのことも悩みの種ではあるけれど、お悩みランキングをつけるなら第三位ってところ。しかも一位と二位が強すぎて存在感のない第三位。日本三大仏って奈良と鎌倉は確定で三つ目は名乗ったもの勝ちらしいけど、そんな感じ。でもこんなにも真剣な宮ちゃんに「大丈夫。それはわたしの中でお悩みランキング第三位だから」なんて、言えない。

「――分かった」声に芯を通す。「好きなようにするよ。宮ちゃんのことは気にしない。だから宮ちゃんも気にしないで」

 宮ちゃんに笑いかける。だけどわたしが宮ちゃんの作り笑いに気づいたように、宮ちゃんもわたしの作り笑いに気づく。そのまま作り笑いの理由にも気づいてくれれば良かったのだけど、そっちは勘違いしたまま寂しそうに「そうだね」と呟き、そのうち電車が次の駅について宮ちゃんは下りてしまった。

 一人になったわたしは、スクールバッグからスマホを取り出してツイッターを開いた。オタ活用のアカウントはツボにビビッとくる絵描きさんをひたすらフォローしまくっていて、おかげでタイムラインはわたしの好きな感じの絵が絶えず流れ続ける桃源郷と化している。だけど――

 はあ。

 ため息をつき、スマホをバッグにしまい直す。シートに深く身体を預けて、電車の中をぼんやりと眺める。向かいのドアの傍に二人、中学生ぐらいの男の子が楽しげに言葉を交わしていて、わたしはその距離感の近さについさっと視線を逸らしてしまう。

 彼が居る間は問題なかった。彼のことを考えていれば良かったから。だけど居なくなってから、思考の発散が止められない。彼はわたしの歯車を、わたしの根幹を成していたパーツの噛み合いを、大きく狂わせてしまった。

 三浦紗枝お悩みランキング、堂々の第一位。

 BLが楽しめない。

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