壊れよ世界(2)

 昼過ぎ、部屋でゴロゴロしているとLINEに直哉からメッセージが届いた。

 内容は『いま電話してええ?』。おれは三十秒ほど悩んで『ええよ』と答えた。すぐに通話が届き、おれはベッドの縁に腰かけてそれを取る。

「よー。休んどるらしいやん。元気?」

「元気やったら休まへんやろ」

「元気なのに休んどるんやろ。純から聞いたで」

 聞き捨てならない言葉が耳に入り、おれは全身を強張らせた。

「……どこまで聞いた」

「たぶん、全部」

「アウティングやぞ」

「お前は強姦未遂やろが」

 そう言われると返す言葉がない。黙るおれに、直哉が調子よく語る。

「まあ純はお前と喧嘩してもうたって俺に相談しただけやけどな。聞き出したんは俺のトーク力や。お前がゲイなん知ってるちゅうのもピンと来て俺から話したし、バラしたんはむしろ俺やで」

「はあ!? 何しとんねん! 知らんかったらどうするつもりや!」

「どうにでもなるやろ。あいつも仲間やし。むしろ、俺がカムしとんのにお前が黙っとる方がおかしいねん。なんで言わなかったん?」

「なんでって……」

「他のダチには言えんでも、純には言えたやろ。んなら強姦せんでも3Pに持ってけたかもしれへんのに」

 言わなかった理由。バラされると思ったから――ではない。おれが恐れていたのは間違いなく、バラされることではなくバレることだ。おれは世間ではなくあいつに、自分が男を好きになる人間だとバラしたくなかった。バレたらあいつは自分も対象であることに気づく。そうなれば――

「明良」

「――え、あ、なんや?」

「とにかく明日は来て、謝ってくれや。場もセッティングしたるわ。純、俺と一緒に学祭回っとるから、話つけといたる」

「なんでそんな急いどるん?」

「大声コンで告白するって言うたやろ。出来る雰囲気やないねん」

 なるほど。じゃあ、文化祭が終わるまでは謝らない方が――

「今、そんじゃ謝らんどこって思ったやろ」

 読まれた。直哉の声に呆れの色が混ざる。

「なにが『勘違いすんな』や。めっちゃ好きやん」

「いや、おれは別に」

「襲っといて言い訳は通じんぞ。まあ、順番守ってくれればええわ。ところでお前、純のブログ読んどる?」

「ブログ?」

「前に送ったやん。あれにお前のこと、書いてあるで」

 どくんと、全身の血流が大きく波打った。

「別に襲われたとかは書いてへんけどな。とにかく、読んでみ。そんで謝りたくなったら連絡くれや。サポートしたるから。俺って優しいやろ」

「おれが謝らんと自分が困るだけやろ」

「……まあな。とにかく、頼んだで」

 通話が切れた。おれはLINEを閉じ、ウェブブラウザを開く。ブックマークから安藤純のブログを選択してタップすると、微妙な読み込みを経て画面が切り替わり、最新記事のタイトルが目に入ってきた。

『Is This the World We Created…?』

 読みはじめてすぐユーチューブのリンクが表れ、それが洋楽のタイトルであることが分かった。アーティスト名、QUEEN。転校一発目の自己紹介で好きだと言っていたことを思い出しながら、ブログの続きを読む。


『今日は、この曲ばかり聞いていました。

 東京から大阪に引っ越して、新しい自分に生まれ変わって、新しい世界を創ろうと頑張って来ました。そしてそれは、上手くいっているとも思っていました。だけど全部、勘違いだったのかもしれません。「これが僕の創った世界なのか?」。そう感じる出来事が、今日ありました。

 僕は強くなったのでしょう。生きているだけで誰かを傷つけられるほどに。それを悪いことだとは思いません。お前は弱いまま苦しんでいれば良かったなんて認められない。ただ弱かった頃の自分を忘れて、驕っていた。それは反省すべきところだと思っています。

 自分が嫌で、嫌で、どうしようもない。そういう時期は僕にもあったのに、同じ想いを抱えている人に「甘えるな」と言ってしまった。いや、そういう時期があったからこそ、言ってしまったのかもしれない。昔の自分を否定したかった。僕は強くなったんだ。お前は消えろ。そういう自己嫌悪を、他人にぶつけてしまったのかも。

 自分を愛するためには、他人に愛される必要があって、

 他人に愛されるためには、他人を愛する必要があって、

 他人を愛するためには、自分を愛する必要がある。

 僕は「他人に愛される」ことでこのループに切り込むことができました。なのに他人に「自分を愛する」ことで切り込めと言い放ってしまった。それがどれだけ難しいか、誰よりも僕が、分かっているはずなのに。

 次に会ったら謝りたいと思います。許してくれるかどうかも、それがいい方向に動くかどうかも分からないけれど、とにかく謝る。大勢の人が僕を愛し、僕を正のループの中に放り込んでくれたように、今度は僕が誰かを愛して、誰かを正のループに放り込む一人になりたい。

 それが、本当の意味で「強くなる」ということなのだと、そう思います』


 ユーチューブのリンクをタップする。

 物悲しい雰囲気の音楽が流れる。英語は壊滅的だから何を言っているかなんて全く分からないけれど、いい声だなと思う。きっとこの声も、音楽も、あいつを正のループとやらに放り込んだ要素の一つなのだろう。羨ましい。自分の支えになっているものを持っている人間は、いざという時に強い。

 曲が終わった。ブラウザを閉じ、LINEを呼び出す。通話を飛ばすと、直哉はすぐそれに出てくれた。

「どした?」

「ブログ読んだ」

「そっか。そんで、どうする?」

 おれは部屋の隅のハンガーラックに視線をやった。ぶら下がっている制服を見つめて、大きく深呼吸をする。

「今から行く」

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