続・彼女が好きなものはホモであって僕ではない
浅原ナオト
Track1:Is This The World We Created…?
壊れる世界(1)
目が覚めた。
開放された後ろの窓から教室に風が吹き込む。はためくカーテンの鳴らす音が沈黙に響く。おれ含めたクラス全員が、まるで時間を止められたように固まっている。止めたのは教壇の前に立つ、大人しそうな風貌の転校生。
「別に特別扱いして欲しいわけではないです。ただ、言いたかっただけ。それで何が変わるわけでもないので、あまり気にしないで下さい」
――いやいや。
無理やろ。常識的に考えろや。東京もんは頭イカれとるんか。それともお前がイカれとるだけか。なあ、おい。
「趣味は読書です。あとイギリスのQUEENというロックバンドが大好きで、しょっちゅう聞いてます。昔のバンドなので皆さんはあまり知らないかもしれませんが、もし好きな人が居たら語り合いましょう。あ、一応言っておきますけど、QUEENのボーカルであるフレディ・マーキュリーは同性愛者だと言われていますが、僕がQUEENを好きな理由とそれは何も関係ないです。そこは勘違いしないで下さいね。前の学校でそれ言われてキレちゃったことあるんで」
転校生が照れくさそうにはにかんだ。いや、そこ、はにかむ場面ちゃうやろ。何ちょっといい思い出風に語っとんねん。ツッコミ待ちか。
「とにかく」背筋を伸ばし、転校生が仕切り直す。「今は引っ越してきたばかりで、はっきり言って右も左も分かりません。今日も学校に来る途中に軽く迷いそうになりました。土地のこと、学校のこと、これからみんなに色々と教えて頂ければ嬉しいです。よろしくお願いします!」
転校生が勢いよく頭を下げた。隣で見守っていたおっさん、コバリンこと担任の小林先生が「はい、拍手ー」と手を叩き合わせる。コバリンにつられて教室中から拍手が沸き起こり、衝撃の告白を受け入れられた転校生が嬉しそうに笑う感動的な絵面が出来上がる。なんやこれ。
「んじゃ、お前ら、なんか質問あるかー」
コバリンの問いを受けて、一人の女子が高々と手を挙げた。遠慮のなさに定評のある榎本。おい、お前。まさか。止めろ。
「じゃあ、榎本」
「はい! あの、彼氏はいるんですか!」
――やりやがった。
机の上に突っ伏したい衝動に駆られる。そんなん言えるわけないやろ。おれらは色恋の話なんか――
「今はいない、かな」
教室が軽くどよめいた。女子の黄色い声も混ざっている。呆気に取られるおれを尻目に、転校生が淀みなく語り出した。
「昔はいたけど、カミングアウトしてない人だし、言えません。それでいい?」
「うん。おっけー。あんがとー」
人さし指と親指でマルを作り、榎本が席に着いた。続けてコバリンがまた質問を募り、今度は大勢の手がバッと上がる。コバリンが「人気者やなあ」と転校生をからかいながら一人を指名し、そいつが転校生に質問を投げ、転校生はまたそれにすらすらと答えた。
それから三人の質問に答えたところで、コバリンが「ここまで!」と手を打った。教室中から「えー」と声が上がる。その不満そうな反応を満足そうに見届けたコバリンが、みんなに向かって声を張り上げた。
「あとは仲良うなって聞けや。ええか、お前ら。俺はお前らのこと信じとるけどな、下らん理由で転校生イジメるようなダッサイ真似しおったら、根性叩き直したるからな。覚えとけよー」
「「「はーい」」」
元気の良い返事が教室中に響いた。それから転校生が空いている席に座り、コバリンがいつも通りのホームルームを始める。おれは涼しい顔でコバリンの話を聞いている転校生の横顔を凝視しながら、ぐるぐると考えを頭に巡らせる。
あまりにも、あまりにも堂々としている。まるで納得出来ない。おれの聞き間違いだったのだろうか。いや、そんなはずはない。こいつは確かに言った。
自分は同性愛者だと。
おれと同じなのだ――と。
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