<禱れや謡え花守よ・異聞>霧を祓い霧を渡る

七篠 昂

霧原春雪

 霧原家きりはらけ


 それほど名のある家系でもなければ、歴史も浅い。

 初代の霧原、雨雪うせつが、霧払いの一族だったこと。

 そこから霧原と名字を改めたこと。

 刀霊〈霧渡きりわたり〉を下賜されたこと。


 一族として、春雪はるゆきは優れていた。

 十二歳の時に祖父、天嗣あまつぐから家督を継ぎ、花守となった。


 剣の筋も良く、霊力も程々にあり、なにより〈霧渡きりわたり〉との契約が行われた。

 とうかあまさき

 健やかに過ごしてほしいと、兄は何時も願っていた。

 この生き方や家督に不満もなく、それを嫌だと感じたこともない。

 二人を護れるのであれば、これ以上の素晴らしい事は無いと。


 〈霊境崩壊〉と同時に、その願いは果たされぬものとなった。




「ああ……お祖父様、父上、母上、雨咲あまさき……。こんな事になるなんて」

 夕京ゆうきょう市、深山みやま区、霧原家の屋敷。

 そこには事切れている家族が並べられていた。

 周辺には切り払われた霊魔の骸。一掃した後に、春雪が離れ離れになると寂しいだろうと連れてきたのだ。

 祖父、父、母、弟。妹は叔父の家に預けられていたからこそ、並ぶことは無かったが、それが幸いだったのかを春雪は確信することは出来なかった。

 既に脇差〈天霧あまぎり〉は折れ、屋敷も時期に崩壊するだろう。


「この状況だ。助けは来ないだろうね?」

 腰に下げている〈霧渡り〉に触れれば、確認するように周囲を見渡す。ここはもはや現世とは到底言える場所ではなかった。


『人の気配がない。周辺にはもう我々しか残っておらんよ』


 なにせ、のだ。


「やはりそう見えるか。困っちゃったね」

 外套インバネスを羽織り直し、立ち上がる。

 周辺は驚くほどに音がない。生きている気配も同時に何一つ感じ取ることが出来ない程である。


『まさしくここは地獄の入り口と言った所だ』


 〈霧渡り〉が告げる。刻一刻と瘴気が濃くなっていくのを春雪は感じている。

 何時自身が霊魔になってもおかしくない程の濃密さだ。

 入口はあれど出口はここにはない。言う通りにここがこの瘴気の入口なのではないかと春雪は思う。

「僕はここで死ぬだろう。霧原としての役目が果たせなかったのが残念だけど、せめて花守としての役目は全うしよう」

 霊魔の気配を感じ取ればゆっくりと刀を引き抜き、八相に構える。


 いくらかの霊魔を切り、その骸を足にかけ懐から取り出した煙管を咥える。

 先端に火をつけ、紫煙を燻らせる。

 妹が「殿方の流行り」だと贈ってくれた品物だ。

 元気にやっているだろうか。

 そんな事を考え、目を細める。

 妹の灯花とうかは生まれつき

 良すぎる故に、霊魔の気配に過敏だった。

 世が世なら、〈霧渡り〉は彼女と契約を行って居たかもしれない。

 霧原としての血を濃く受け継ぎ、その目はもはや異能の域に達している。

 だが、それを発揮する世の中ではなかったし、春雪がそれを良しとしなかった。

 今の世の中の、普通の女の子として育ってほしい。やや過保護だったことについては否定できなかったが。


『主よ。数は多くないがまた一塊が寄ってきている』


「最後の一服なんだから、もう少し味あわせてくれればいいのに。全く粋ってものが解ってないなあ」


 苦笑し、煙管の先端を近場の瓦礫に打ち付け灰を落とす。

 立ち上がり肩に担いだ刀を握り直せば、肺に残った煙を吐き出す。

 おそらく最後になるであろう休憩を終えて、春雪は歩みを進める。 

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