第33話 真打の登場と戦争の顛末
俺が恐る恐る振り返るとそれは九条の爺様であった。
「待たせたの。ここまでよう持たせたもんじゃ。大したものよ。」
珍しく褒め言葉だ。
「エノさん。九条閣下があとはお引き受けくださるそうです。我々は下がりましょう。」
時塚は爺様から俺を引き取るとエレベーターへと向かう。倉崎たちが操るギアたちがまるで俺たちを出迎えるように入り口まで両側に並んで立っている。無論、これは結界を張って俺たちを通行をガードしているに過ぎないのだが。
爺様は穏やかで、そして威厳に満ちた声で言った。
「イガロよ。うちの子たちが大変世話になったようじゃのう。我が契約主は『試練の天使』でな。これくらいの試練なら良い勉強だと喜んでおった。だが、ここまでじゃ。これ以上あなたが戦いを望むなら私がお相手をしよう。」
イガロは魔術の構えを解かない。戦闘を続行する意思を示したのだ。ここで「黙れジジイ」などと間違っても口にしないところが、イガロが敵としていかに恐ろしいかを示している。
「エノさん、胸をはりましょう。ある意味でエノさんの勝利ですから。」
時塚は励まして言ってくれているのだろう。まあ、最終決戦で負けかけた挙句に爺様に尻拭いをさせる、という主人公としては歯切れの悪い結果ではある。しかし、これが現実だ。俺は強いが
しかし、痛みで胸なんか張れるか。肋骨逝ってそうだな。あとで治癒をかけるか。その時、俺は微量の魔力を察知する。時塚、ちょっと立ち止まれ。俺はおもむろにベレッタを抜くと正面のエレベーターの扉目掛けて魔弾を何発も撃った。
「エノさん。」
時塚が驚いた声を出す。しかし、扉の前に人が倒れていた。時塚は俺を座らせるとそこに駆けつけ、確認する。それはメリッサ・イガロだった。
彼女は光学迷彩魔法で姿を隠し、正面から狙撃を試みたのだ。ギアの張った結界によって彼女にとって俺を狙う場所はそこしか残されていなかったのだ。いや、逆にギアの張った結界こそが彼女をそこに誘い込んだとも言える。彼女は俺の放った電撃魔弾「
「これで、エノさんの完勝ですね。」
そうだ。四天王は全て始末したのだ。勝利条件を満たしたのは俺の方だ。
「
イガロが激昂する。まさに怒髪衝天ぶりに俺たちは迷わずエレベーターへと急いだ。
妻に気を取られ過ぎのイガロに爺様は毒気を抜かれたような顔をする。
「お主の相手はこの私だ。妻がそれほど大事なら、なぜここまで連れて来た?いやいや、我らが淡白すぎるだけかもしれんな。」
俺たちが現地本部のホールまで降りると、倉崎たちは撤収作業に忙殺されていた。
「離脱の準備を急げ!……爽至、よく粘ってくれた。お前のおかげだ。さっさとここを出ろ。」
モニターに映し出された映像はもはや異世界バトルであった。正契約者同士の無尽蔵な魔力同士のぶつかり合いは危険極まりない。「光点の激しい明滅があります、ご注意ください。」のテロップが出そうなほどだ。
やがて、雌雄が決した。
「早くしろ!来るぞ!」
その時要塞がうなりを上げ始めた。崩落がはじまったのだ。考えてみれば、当然のことだった。この要塞は魔法によって建てられ、維持されてきたのだ。術者がいなくなれば、当然、崩壊する。
「こらイガロ、お前たちも逃げんと大変なことになるぞ。」
敵の眷属たちも次々と要塞から逃げ出す。おそらく逃げ遅れた者たちもいるだろう。俺たちもぎりぎりで脱出し、医療仕様のハンヴィーに収容される。轟音と地響きとともに要塞はまさに落城したのだ。
「エノさん、勝ちましたよ!」
時塚が俺にそう話しかけたときには、すでに意識をぷっつりと切らしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺が目を覚ましたのは4月1日だった。これは枕元に置いてあったデジタル時計にそう表示されていたのだ。決戦が29日だったはずだから、24時間以上は寝ていたのか。
俺が目を醒ますと、そこは病室だった。先回入院した防衛医科大の病院とは違う感じであった。俺に意識が戻ると自動的にナースコールがかかるシステムなのか、女性の看護師さんが二人ほどやってきて点滴やら俺の脈拍やらの面倒を見る。
「お目覚めですか?」
白衣を翻しながら病室にやってきたのは響子様と時塚だった。
「戦争は、どうなりました?」
俺は少し起き上ると治療への感謝の言葉も忘れて結果を尋ねてしまった。
「まず、あなたの容体について説明させていただいてもよろしいかしら?」
響子様が言うと、時塚や看護師さんたちが笑った。
そうか、笑える、ということは勝ったんだな。そう思うと再び疲労がぶり返した感がして、俺は再びベッドに背をつける。
結局、爺様の力の前にさすがのイガロも歯がたたず、戦争は終結した、ということだった。流石に爺様、アメリカ第7艦隊程度の敵が相手なら一人でも十分、というチート魔導師に勝てる相手は地球にいる大天使の聖者(正契約者)くらいだろう。ただ、爺様は浮かない顔をしていた。
「あやつを取り逃がしてしもうた。あの時、イガロのやつは要塞の全魔力を引き上げ、異界の門にぶち込みおった。やつは
イガロが異世界で魔王になれるかどうかはわからないという。いつかまた、力をつけてこちらの世界に攻め寄せてもおかしくはないのだそうだ。それは倉崎が聞いた話を時塚を通して聞いたことだ。でも、今度また硫黄島に行ってお礼をしにいかなければならないだろう。
現在は要塞の残骸の撤去や、逃げ遅れた人たちの捜索やら救出など、警察、消防を始め都庁や自衛隊も、後始末に翻弄されているそうだ。
「祭が祭でしたからね。後片付けが大変なようですよ。あ、そうだ。響子様、実は僕たちの挙式が決まったんです。是非、スピーチなどお願いしたいのですが⋯⋯。」
え、宮様に出席してもらえるの前提なの?このチート庶民め。
午後の検査で完全回復が確認され、俺は退院を許可された。
「エノさん、退院おめでとうございます。」
芽依ちゃんがお見舞いというかお出迎えに来てくれた。俺と時塚と芽依ちゃんは病院前の満開の桜並木を一緒に歩く。たくさんの人出だった。もし今回の戦争に名前をつけるとしたら「さくら戦争」かな⋯⋯。
そういえば、ブラックパンサーはどうなるの?イガロがいなくなったから解散するの?時塚は苦笑した。
「あー、それがですね。そううまくいくわけじゃないみたいです。イガロの後継者がアメリカから来るみたいですね。マリー・ラヴュー7世というアメリカ国籍の白人女性だそうです。
俺は時塚から画像を見せられて大声をあげそうになった。だって、サングラスをしていたものの間違いなくその女はサーシャ・ルビンスキーだったから。時塚は新たなる敵の出現に興奮を隠せないようだ。
俺たちが千鳥ヶ淵の本部へ挨拶に行くと、そこはもうすでに解散式も終えており、疎開してもらっていた地域住民も招いて祝勝パーティが開かれていた。俺はお客様ぶろうと思っていたが、倉崎に肉焼き要員に徴用される。2年も滞在していないが、一応アメリカで仕込まれたBBQ魂を披露する羽目になる。俺の食べる分の肉を芽依ちゃんが取っておいてくれて本当に良かった。
「エノさん、食べながら焼かないと。」
時塚よ、知った口をたたくならお前も焼けよ。
俺は、有給を取って二日ほど実家に帰ることにした。色々と両親に心配はかけたが、戦争に巻き込むわけにもいかず、しばらく顔を出せなかったからだ。それに、当事者は戦争が終わるまで東京から出られない呪いがかかっていたこともあり、仕方ないことだった。両親はいろいろ不満もあったが、とにかく、俺の無事の帰還を喜んでくれたのだ。
これが、俺たちの戦争の顛末であった。
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