第7話 : 魔王×東京×魔法少女

俺は「濁庵ダミアン」を出ると上空へと飛翔する。ビルの合間を抜け、星空をかき消すほどのネオンの光が届かない上空まで昇ると美しい星空と夜景が楽しめる。飛翔魔法で魔力を消費しない天使契約者の特権である。


俺は手帖デバイスで行き先を確認すると一気に下降する。その時だった。ものすごい勢いで俺を追い抜いて行く人影があった。鳥か?飛行機か?す⋯⋯いやなんでもない。


間違いなく女性だった。向かう座標が一緒なら警視庁関係者かも。「魔法」を使えるのは何も天使契約者だけではない。「妖精憑き」という人たちもいる。ただ俺たち天使契約者がそう呼んでいるだけで、彼らは彼らなりに名乗っている名称があるのだ。


 現場は新宿区歌舞伎町一丁目。移民系のバーやキャバクラが多く。売春のあっせんも闇カジノもある東京の魔窟の一つだ。


「エノさん、こっちこっち!」

すぐに時塚と合流する。時塚は拳銃を携行していた。オコロにかけた呪眼から魔法行使の反応が出たのだ。もちろん、呪眼の情報は6課と共有されているため、彼らも出動している。


 そのとき、少し離れた場所で獣の咆哮のような叫び声があがり、焔撃魔法が放たれる。間違いなくポール・オコロの反応だ。俺はそちらへ向う。


 図らずもマトリと6課の共同戦線と化していた。マトリは2課も駆り出されており、2課の妖精憑き、小野寺圭おのでらけいが至法で規制線結界を張り、一般人の侵入を防いでいた。


 そして、いた。ガーゴイル。強化系魔法陣エンジェル・クライによって変化を遂げたポール・オコロ。そして、先ほど俺を追い越して行った人影の主だ。


「ポール・オコロ。あなたを魔向法違反の現行犯により逮捕します!」


 宙に浮かぶガーゴイルに指をさす少女。そう、あどけなさがぬけていない顔立ちはまだ二十歳にはなっていないだろう。というか紺のブレザーにチェックのミニスカート。女子高生か。クリっとした瞳に意思の強そうなきりっとした眉。弓道とかしてたらさぞかし可愛いだろうなあ。

 マントを羽織り、スカートの下にはスパッツを履き、両肘両膝にプロテクター。両手にグローブ。まさかの身体強化系魔法か。


疾風冽冽しっぷうれつれつ朱雀すざく!」

その身体がふわりと浮く。飛翔魔法を使えるのは「妖精使い」。魔力は天使憑きと同等だ。使用魔法からすると「道教系タオイスト」か。


 少女はゆっくりとガーゴイルに近づく。ガーゴイルは大きく口を開け、少女を威嚇する。やがて口から焔撃が放たれるがびくともしない。

「公務執行妨害が追加されました。実力を行使いたします。捲土来来けんどらいらい、玄武!」

突然、スピードを上げた少女は一気にガーゴイルの懐に飛び込むと右フックをガーゴイルの側頭部に叩き込む。痛そうな音を立てて拳が振りぬかれるがガーゴイルにも効いていないようだ。


 「エノさん、応援しましょう。」

時塚に促されたその時、嫌な視線のようなものを感じる。俺が止まったので時塚は怪訝そうな顔をする。これは誰かが見ている。それも魔術的な手法で。

「……偵察魔法?」

 式神のような形代かたしろを使役して偵察する魔法だ。反応はムクドリのように小さいが、かなりの数がいて、魔力が探知できる。時塚は何か思いついたようだ。

 

 「エノさんは魔力源探査ができましたよね。それ魔力追跡ファーマメトリーできませんか?甘露カンロ(エンジェル・クライの符牒)を売って、使用現場をのぞき見してる可能性もありますよ。」

 確かに、放火魔は必ず自分が起こした火災現場に戻るというし、推測としてはきわめて常道だ。それに、あの娘ならオコロの逮捕を任せても大丈夫だろう。


 俺は魔術の痕跡に意識を集中する。魔法陣からあふれ出した魔力エーテル痕を追えばいいのだ。ドンパチの音が聞こえる。オコロが人獣化して放つ圧倒的な魔力にかき消されそうなほど小さな痕跡。それを追う。


 俺たちが行き着いたのは新宿区役所わきの「あずま通り」とよばれる通りだ。移民が経営するバーやキャバクラが多く、うかつに足を踏み入れてはいけない通りでもある。なにしろぼったくりか昏睡強盗の店が多い。強引な客引きも目立つ。所轄も手を焼いていると言っていい。


 たどり着いた店は間違いなく「ぼったくり」キャバクラ。ただ「貸し切り中」になっており、外にアフリカ系移民のいかにも屈強そうなボーイが二人でガードしている。

 時塚が話しかけると貸し切り中の札を指さしてノー、というだけだったが、手帖を提示すると表情が一変する。


「今、表で暴れている男がこの店から出て来た、という通報があった。営業の邪魔はしないから中を改めさせてもらう。」

 はったりだったがボディーガードたちは顔を見合わせ、通した。ドアを開けるとこれまでかすかだったエーテル痕がはっきりと知覚できる。俺たちは地下のVIPルームへと降りていく。後ろからボディガードの一人が付いてきた。


 VIPルームのドアボーイにも手帖を提示して中に入る。部屋の中は大音量でヒップホップミュージックが流され、むせかえるような快楽魔法の気配。

部屋の一番奥の大きなソファのど真ん中にその男は座っていた。横柄に脚を組む。褐色の肌に花柄の開襟シャツを盛大に開き、首から重そうな金のネックレスが下がる。白いスーツに高そうな革靴。薄暗くてもなおサングラスを掛けていた。


「なんだ、お前らは?」

こちらから見て左側のソファに座るヤクザらしき男が誰何すいかする。

俺たちは手帖を提示する。

「僕たちは関東信越特殊法務局魔法取締部です。」

かまずに言い切った時塚を俺は少し尊敬した。


「マトリが何の用だ?」

「現在、外で『エンジェル・クライ』を使用した犯罪が発生しています。魔法の痕跡を追ってここに来ました。あなたがミスター・ブライアン・イガロですね?」


イガロはウイスキーグラスを煽る。グラスを置くとカラン、というグラスを回る音がした。そして顎の前で手を組んでこちらをじっと見る。


「おい、お前たち捜査令状は持っていないようだが、なんの嫌疑があるのか?」

ヤクザが威嚇するように尋ねる。


俺は失礼します、と一言断って壁にかかったモニターをつける。今かかっている音楽のMVが映し出される。俺が手に魔力を込めるとそこにはガーゴイルと戦闘する魔法少女の映像に切り替わる。


「形代を使った魔力通信は違法ですよ。」

「なるほど。しかし、君たちはその罪で俺を逮捕する権限はない。『別件』は使えねんだよ、マトリはよ。」

ヤクザが反論する。それは正しい。


ようやくここで、イガロが口を開いた。

「違うよ浜崎。そいつが言いたいのは、俺には魔力の流れが見えるんだぞ、ってことだ。天使憑きだろう。

そう、俺がブライアン・イガロだ。

お前たち、俺のことをコソコソ嗅ぎまわっていただろう?忠告するが、やめておいた方がいい。お前たちでは俺には勝てない。」


イガロから強大な魔力が滲み出す。俺は背筋が凍るのを感じた。俺は、こいつに似た存在と遭遇したことがある。魔導自衛官だった頃、テロ組織の殲滅作戦に参加した時のことだ。額から脂汗が滲みでる。


「あなたは呪術者オウンガンなのですか?」

オウンガンとは「神官」とも訳されるが「ブードゥー系」の神格との正契約者だ。天使憑きよりは強力である。


「さてな。」

しかし、ここで時塚がイガロを指差しながら宣告する。

「ではこちらも忠告します!イガロ。エンジェル・クライはあなたが生み出した魔法です。私はそれを決して許さない。必ずあなたに罪を償っていただきます!」


「舐めんな、小僧!」

時塚の宣戦布告に激昂した 浜崎に促されたボディガードたちが俺と時塚に掴みかかる。令状のない俺たちを「摘み出す」ためだ。「不退去罪」と「公務執行妨害罪」、どちらにも法的根拠がある。無論、蹴ったり殴ったりはせず、単純に抱えあげて店の外に放り込出すだけだ。不意を突かれた時塚は捕まってしまった。


一方、俺は襟首を掴んだ手の手首を握り潰す。パキッ、といういい音とボディガードが絶叫がVIPルームに響く。俺が手のひらを残りの二人に当てただけで二人とも壁に叩きつけられる。


魔力を重力に変換する魔導格闘術、「九条流」だ。残念ながら武術ではない。なぜなら「目潰し」「金的」「指折り」を禁ずるどころか重点的にそこを狙う戦場の格闘術だからだ。


「これで失礼します。お騒がせしました。自分の足で歩いて出れますんで。」

俺は一礼すると踵を返して部屋を辞した。


店の外で時塚が待っていた。たった20分足らずだったが、酷く長く感じた。俺たちは現場に戻ることにした。









 


 



 


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