テーブルの中の世界

@mizuhira_syu

テーブルの上の序章

 今日の君の朝食は何かな? 白飯? パン? おかずは目玉焼き? それとも、スクランブルエッグ?

 職場や学校に行って、もしかしたら家にずっといるのもありえるだろう。いや、別にそれは関係ないな。とにかく一日を過ごして、家に帰って風呂に入り、寝る。また明日も日常。朝食に食べたものとかが、微妙に違う毎日が続く。

 こうした少しずつ変化する日常の積み重ね、それが人生だ。んで、色々な人の人生が交差して出来るえもの、それが歴史だ。歴史は人々の人生が交差して生まれる。

 一つ一つの日常は水溜まり、人生は川だとするなら、歴史は荒れ狂う大海原のようなものだ。西に王が現われれば、東で革命が起こる。北で争いごとが始まれば、南で新たな地に踏み出す。それぞれの土地に、それぞれの歴史。歴史の教科書一冊で、語り尽くせるものじゃない。


 けれど人間は、全ての歴史を語れる一冊の本を手にしているんだ。

 人類の歴史、良い事も悪い事も全て詰まった、一冊の本。さて、何だと思う?


 答えは……「周期表」さ。そう、学校の理科室の壁に貼られている、宇宙の物質を構成する一覧表。少し意外かもしれないけど、周期表こそ、この世界、人間の歴史を形作る根源要素なんだ。さらにその物語を形作るのが、周期表に載った全ての元素だ。この世界は元素で出来ている。人間は言葉を話し始めて間もない頃から今の時代まで、元素と共にあった。故に、元素に詰まった物語こそ、人類の営みの歴史でもあるのさ。


 うん? 実感が湧かないって? さすがに抽象的過ぎたか。だったら、ちょっと考えてみようじゃないか。


 そうだなあ、もし君が科学に疎くても、酸素なら誰だって知っているよね。それを起点に考えてみよう。

「フロギストン」って聞いたことあるかな。その昔、燃焼の仕組みについて説明するために科学者がこしらえた、架空の物質だ。木とかを燃やすと軽くなるだろう。その理由を、物質からフロギストンが失われたからだと考えた。ところが十八世紀、あるフランス人が、このフロギストン説を打ち破った。

 彼は様々な実験をして、徹底的にフロギストン説について検証した。そして一部の物質——つまり金属——が燃えると、取り入れた酸素の量だけ質量が増えることが分かった。彼は燃焼の定義をし直した。燃焼とは、物質が酸素と結びつくことだ、と。もしもこの発見がなかったら、君がこれを読むのに使っているだろう、パソコンもスマホも生まれやしなかっただろうね。

 そもそも、人類がこうして発展するきっかけになったのは、酸素だ。さっき言ったように、燃焼は酸素と化合することだ。狩猟採集に励む原始人が、落雷によって初めて目にした「火」。彼らが人力で火を起こせるようになったことで、科学の歴史、科学の営みは文字通り、元素によって口火を切ったわけだ。



 こういう「歴史」は、何も酸素だけに秘められているわけじゃない。全ての元素は歴史の中に、私達の人生に、日常にいつも紛れ込んでいる。

 モリブデン。サムライが喉から手が出るほど欲しがったある刀とナチスの兵器。それから温水便座。

 クロム。見る者を永遠に魅了する光り輝く宝石と、J.G.バラードが描いた小説。

 窒素。大雨、豆と戦争、そして宇宙への苦難の旅。

 カドミウム。ゴッホの絵画、公害事件にテロ事件。

 メンデレビウム。苦労人から成りあがった科学者と冷戦時代の科学者、それに国際協調。

 キセノン。人々が歓喜した帰還、人々を揺るがした大論争。

 水銀。不思議の国でアリスが出会った帽子屋、中国の皇帝が飲んだ不死の薬、黄金に憧れて産み出そうとした人間達。


 これだけ列挙すれば分かっただろう。歴史の中の人々の営み、文化、芸術、事件。元素は歴史に、人生に、日常に深く根を張っているんだ。私達はいつも、周りを元素に取り囲まれている。家でも学校でも職場でも、空の彼方へ飛び出したとしても、どこででもだ。君も私も生きている限り(君は幽霊じゃないよね?)決して周期表からは逃れられない。



 そして、この世界のすき間には元素の「記憶」、すなわち「歴史の断片」をもっている人々がいる。

 どうして元素の記憶があるのか、彼ら自身も理由は分からない。ただ彼らは「すき間の町」で、普通の世界に住む人々同じように日常を生きている。単なる人と変わらない。

 ときどき何かがトリガーになって、彼らは元素の記憶を思い出す。すると、彼らの意識は過去の地球に飛び、ほんの少しの間だけ、そこの空気を吸い、景色を眺め、人々の間に混ざる。


 昔のいつか、地球のどこかで見た情景に、彼らは何を思うのだろうね。

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