短編集「棘人とネコ」

 短編集:「棘人とネコ」

 作者:鍋島康之助

 出版社:鳳凰書店

 発売日:2011/3/9

 出版形態:文庫本(初版と第二版は赤版、再校閲後の第三版以降は青版)

 収録作品:「棘人とネコ」

     「影響婦女子」

     「帝都大鉄塔前南口交差点」

     「碧い泪」

     「盛夏、透明人間君と希望さんと麒麟檸檬」


 初版帯:乃木坂町少女歌劇団支配人出雲魚籠さんオススメ。「乃木坂町少女歌劇団の多くの作詩を書いて下さる、鍋島康之助先生の珠玉の短編集です。表題の『棘人とネコ』は乃木坂町専任劇場での乃木坂町少女歌劇団による公演予定ですので、更にお楽しみ頂ける筈です。」 




 ・ 『棘人とネコ』赤版 あらすじ

 時は戦国時代の武田領内。武田の赤備えの大隊長の飯富虎昌を筆頭とし飯富一族の勇猛さは、発現する棘を持って数々の戦場で轟かせ、武田の赤備えを盤石たるものにする。


 しかしその飯富虎昌も、武田信玄の嫡男義信の傅役に就いてから状況は一変する。今川氏との内通を快く思わない、棘の出ない任人たる弟山県昌景の御館様への注進によって、今川許すまじの武田家謀反人として嫡男義信一派は自害へと追い込まれ、飯富一族の棘人と任人は二極化が加速する。


 運命の1573年。上洛を目指した武田軍団で信玄が頓死する。馬を返し領内に戻ってきた武田軍団だが、一部の領民の間で信玄の頓死の噂が程なく囁かれ始める。

 抜群の洞察力で信玄に飼われた愛猫権左は信玄を頓死と察しては、躑躅ヶ崎館を離れ武田領内を練り歩く内に、行商に出ていた飯富虎昌を祖父とする飯富真狩と出会う。

 真狩に毛並みの良い斑猫と見知られてか、何故か権左の名前を当てられ怖々とする権左。権左たじろぐ中、武田家の噂を聞き知ったる真狩に有無言わさず抱きかかえられては、信玄の最大配慮の厳命で棘人の隠れ里たる大富郷庵に連れ帰られ、客人の庵に御座を敷かれては権左持て成され、まあ良いかと満喫しては御当主然とそのままご機嫌のままに居着いてしまう。


 しかし1575年。武田勝頼の粛正の中、甲佐同盟を結ぶべく腹違いの妹藤花姫を佐竹氏を婚儀を進めようとするも、藤花姫は秘匿される父信玄を何としても悼むべく躑躅ヶ崎館を脱走する。

 道知らずのままに領内を彷徨う藤花姫。沢であわや遭難しかけた所を、大富郷の庵から勇躍飛び出した権左に窮地を救われ道案内を促されるままに大富郷に辿り着く。

 薄汚れ食事も取らず沢での遭難で記憶を失った藤花姫。その御姿は武田の藤花姫ではないかと郷士に囁かれるも、いや躑躅ヶ崎館にて病いに伏せているので他人のそら似だろうの一言で、一文字拝領し藤間と呼ばれる様になる。そして権左が御連れになったとあれば歓待せざる得なくなり、藤間は庵に向え入れられる。

 その頃の武田家は藤花姫の失踪で大わらわになるも、婚儀不成立では甲佐同盟が危うくなる為、そのまま鬼籍へと移す。

 藤間は献身的にも大富郷の民芸品の育成に務め、その染織りは商人でも評判になり、次第に織機を増やして行くのであった。


 巡り1578年。藤間も妙齢となり、飯富の血を引く真狩とごく自然のままに、権左が縁で夫婦になる。真狩自ら棘人の性で自らの手を眺め恐縮しかないも、藤間は頬笑みながら諭す「権左が、その棘を怖がらないなら、問題は無いでしょう」


 そして1582年。庵を果敢に飛び出る権左に、何事かと付きそう真狩に藤間。その先には躑躅ヶ崎館を失意のままに後にする武田家御家人の長すぎる程の列。真狩藤間遠目にも、武田家の先々を案ずるしかなく。

 落涙が未だ止まらぬ藤間は漸く記憶が再びと「真狩さん、私は武田信玄の娘の藤花姫です、これで、もう私の思い出の家は無くなってしまった」と悲嘆に崩れるも。真狩感情が昂っては飛び出す棘を隠しながら「そんなの、信玄公の愛猫権左はすっかり大富郷の主人であるし、藤間がいるべき場所はちゃんとあるよ」と諭す。藤間すっかり得心のままに真狩のやわらかく飛び出た棘の手をしっかり握り、一世の縁がはきと繋がれて行く。



 ・『棘人とネコ』青版 あらすじ

 迷走する武田家の終末。織田軍団の進軍で、武田領内の全ての村が悉く焼き払われて行く。必死の徹底抗戦も無双の滝川兵団の前で果てる棘人達。シェークスピアの四大悲劇を凌ぐ苛烈さは歴史の虚ろいを残酷にも映し出す。

 苛烈すぎる戦いで倒れ行く全武田領民達。その中には、手荒くも焦土と化した村々で、尚も無惨に袈裟懸けにされても、手を取り合ったまま果てたうら若き夫婦真狩藤間の姿も。骸になっても、その傍らで尚も寄り添うかなり毛並みの良い一匹の斑猫の佇まい。


 躑躅ヶ崎館に分け入る織田軍団本隊。信長公が未だ骸となって転がる数多の領民に、中でも棘人を見入っては。

「であるか。異人は残らず引き出して消せ、世に猛き者は、安寧の世の差し障りになる。これぞ厳命である」




【鳳凰書店備忘録】

 人気創作家鍋島康之助の短編集と有って、初版その発売日に第二版も決定。しかし、第二版発売後2週間後に、当局の検閲によって即時回収を同意させられる。

 その要因は、収録作品「棘人とネコ」の中でに、棘人(とげじん)と任人(にんじん)の表記になる。既に棘人は、戦国時代の民話の中の人物で有り、改めて創作の広がりを持たせる事は罷り成らない。

 そんな馬鹿なになる。棘人は今も大富町に居を構えて実在している。徳川帰属国立図書館には、確かに文献もある。ただそれも、参政に異議申し立てしようと、徳川帰属国立図書館を尋ねると、悉く禁書扱いになっていた。

 暫くして、鳳凰書店に御礼状が届く。それは御三家:執権総帥一橋玲奈・執権助役尾張莉乃・執権参与常陸陽菜の名義の、とても恐れ多いものだ。園遊会での恩賜でも御三家名義が無いと言うのに、何故の御礼状。源社長は、お取り潰しかと失神したらしいが、内容は本当の御礼状で、弱き儚きものへの配慮に誠意を深く感じましたの、7行の熱い文面。

 そう、棘人は武田家滅亡と共に、民話の片隅と共に日本国から消え去った。今更、何を荒立てようかになる。

 増刷の際には、意を汲んだ鍋島康之助の修正で、非常で西洋的な戯曲に新たに生まれ変わる。

 ただ、第三版以降の読者意見葉書では、その大富町の町長からの郵送で、ここ迄人間扱いしないのは、天下の鳳凰書店にも程があると殴り書きされる。

 そして源社長が、お詫びに大富町に行ったそうだが、正門で弓矢の嵐を受け、命からがら帰って来たと。もう棘人に触れるなは、鳳凰書店を超えて、繊細な問題になる。

 何れの関係者、もしこの鳳凰書店備忘録にたどり着いたならば、もう触れるな。これはもう、生命に関わる事だ。心しておくように。


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