ジャスミン・L・フォークナー中編

「お帰り」会社に戻ったとき、オフィス部屋には女しかいなかった。

「ただいま戻りました、リーダー」

「どうだった?」女はレッドのために紅茶を淹れた。

「平行線だったかもしれません」とレッドは言った。

「そういえばロールさんとコッペリア君は?」

「あ、今隣(防音室)。実は新曲作ったんだ」女がいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「あれ、もうですか」

「うん。仕事終わったら、聴いて欲しいな」女は子供のような笑い方をした。

「歌詞はできているんですか?」

「SALLYに頼んだらついさっき返ってきてね、すごいことになっているよ。本当に天才」

「仕事早いですねえ」

「今日は、歌えるかな?レッド」

「調整日ではないですけど大丈夫ですよ」

「じゃあ、終わったら譜面渡す」

「リーダー、僕まだ数学終わっていないんですけど」隣の部屋からオルウェイの声がした。

「今教えるから……ちょっと待って」女は高速でキーボードをたたいた。


1か月後、謝礼とともに一冊の同人誌が送られてきた。差出人の名前は読まなくてもわかる。

「オルウェイはまだ見ちゃだめよ」とリーダーがたしなめた。

「はいはい」とオルウェイが言った。

「歴史の教科書でも見てるよ」

リーダーが同人誌に挟まれていた手紙を見つけ、レッドに渡した。レッドはそれを熱心に読んだ。彼はこの手紙を書いたであろう女性のことを思いだす。


「抑えきれないわ、わかるでしょ」と彼女は言った。

「すごくわかりますよ。どうしようもないんでしょう?」

「ええ。どうしようもないの。あなたなら確かにわかってくれるかもしれないわね。リンガフランカのギター&ボーカル、レッドさん」

「あ、ええ」彼は一瞬動揺する。

「気づいていたんですね」

「もちろん。貴方が表現者だと私もとても話がしやすい。だって多くの人は私みたいに、結婚や仕事を機に表現活動から足を洗ってしまうでしょ?でもそれでも、抑えきれなくなる気持ちもわかるでしょ?」

「ええ。私自身、確かに一線から遠のいたかもしれませんが、いまだに曲を作っています」

「なんで一線を引いたんですか?」

「規模が大きくなりすぎてもいろんなトラブルがあるんです、正直な話」

「……想像がつきます」

「いろんな人がいますからね……。私は、ハイエナみたいに外面だけ見て寄ってくる連中や、雑な仕事をする奴や、ステージに立たないで何か言うやつらや、まあいろいろ見てきました」

「それはとても面倒そうです」

「ええ、とても。私は原点に返りたかったんです。100人くらいしか入らない小さなハコで演奏していたときに戻りたかった。お金もレスポンスもファンの声も、誰かを通さないで触接向かってくるあの時代に」

「今はそれが実現できているんですか?」

「わかりませんね。そうとも言えるし、そうとも言えないです……」

「もしかしてあなたがこの仕事をするのって、趣味?」

「そういうわけでもないですね。やはり生きるためという側面もあります」

「あなたは稼いでいて、こんな副業をしなくてもいいのでは?」

「そういうわけでもないですね……。でもあなたの方は、特に何かを描かなくても困ることはないのでは?」

「いえ、そういうわけにもいかないのです。私は好むと好まざるに関わらず、表現しているときが一番楽しいから……」

「そうですよね」レッドは笑った。

「そうですよね。私なんかは歌っているときが一番生きている感じがします。その純粋な気持ちを旦那様にお伝えすることが最善だと思われますが」

「それは……できないわ」

「ではやはり別の方法を?」

「そうね……」ジャスミンはそう言って遠くを見つめた。

「ねえ、多くの人は表現なんかしないわ。そんなことしなくたって仕事は回るし、地球はまわるし、今日も戦争と平和が繰り返されるのよ。でも、でもどうして、私は描かないと生きていけないのかしら」

「そういう風に生まれたんですよ」とレッドは返す。

「そうそう」と彼は思い出したように言う。

「時間があれば、今度あなたの本を読みたいのですが可能ですか? 一か月の間に、貴人の友人への根回しや調査、偽のSNSアカウント運営などをいたします。また一か月後にお会いしたときん、同時に本の感想も伝えられたらと思うのですが」

「良いけど、絶対に引くわ。新刊では、体育会系の男の子が三人でいちゃいちゃしているもの」

「構いませんよ。通販で売っているんですっけ?」

「そうね。今教えるわ……。でもなんだかすごく恥ずかしい。こんな場でこの話をするなんて」

「そうですね。私も本当のことを言うと恥ずかしいです。大抵の人は歌を歌って生きたりしないものですから」

「そうね」彼女はフフッと笑った。


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ウェディング・メンバー 阿部 梅吉 @abeumekichi

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