バーバラ・モートン後編

「最近旦那さんに何かプレゼントされたりしませんでした?」ロールが彼女に訪ねる。

「ええっと……」

「お菓子研修とか、お菓子とか……」コッペリアが口を挟む。

「ああ、お菓子を良くもらうようになりましたわ。でもそれって、あの人が彼女と会っているからその贖罪なのかと……」

「ええ、彼は新人のマーガレットさんに特別研修をしているそうですね。その代わりに、旦那さんはあなたへのプレゼントの相談を彼女に送っているそうです。ちょうど、結婚記念日や貴方の誕生日のときに」

「……そんな……! そうだったの……」

「ええ。少なくともこの一か月見た限りでは、貴方の旦那さんはマーガレットさんと二人きりになっておりません」コッペリアは続けながら、パソコンの画面を開き、写真を見せた。そこにはデパートでお菓子とアクセサリーを選ぶ二人の写真があった。

「特別研修は仕事が終わった後の会社の調理室で行っておりますし、貴方へのプレゼントを買いに行くのも、大抵はデパートなど人の多いところです。マーガレットさん自身があなたの旦那さんを好きかどうか、そこまでは私たちにはわかりません。私どもは人の心を読めるわけではないのです。ただそれならば、貴方の旦那さんはマーガレットさんの誘いを断っているということです」

「そんな……」

「だから、離婚とか、そういうことは考えない方がいいですよ」ロールが優しく言う。

「さて、依頼の話はここまでです」とロールは言った。

「ここからは雑談になりますが、あなたはニューヨークの学校に通っておられましたよね?」

「ええ」バーバラは不安げにうなずいた。次にロールが何を言うのか、予測がつかなかった。

「その頃の知り合いとは今でも交流を?」

「ええ……。お互い忙しい身ですからそこまで頻繁に会えるわけでもありませんが……お互い会えばいい刺激になりますし……。交流が無いわけではありません」

「そうですか。それは楽しそうですね」ロールが笑った。コッペリアは俯いていた。

「どうしますか? あと一か月間延長して調査しますか?」コッペリアが冷静に言う。

「そうね……。いや、いいわ。また何か私から変だな、と思うことがあればまた電話してもいいかしら?」

「勿論構いませんよ」ロールは爽やかに笑った。

「一か月間有難うございました」

「また、いつでも」ロールとコッペリアが頭を下げた。


 「にしても、もやもやしますね。今回の件は」コッペリアが事務所に戻ってソファに座るなり、ため息をつく。

「君は若いし、彼女とはラブラブだから想像もつかないよね」ロールが鞄をロッカーに入れながら言う。

「あの依頼人本人の浮気はスルーしなきゃいけないなんて」コッペリアはパソコンを開きながら、再度ため息をついた。

「お疲れ」10代後半くらいの女子が、部屋の奥でパソコンを弄っていた。

「ボス、今帰りました」ロールが言う。ボスと呼ばれた女はロールに熱いコーヒーを出した。

「今回は、まあこんなもんか。お代はきっちり頂いたしね」女がコッペリアのパソコンを覗きながら言う。

「どう?きつい?」女がコッペリアに言う。

「結婚に対する幻想は少なくとも僕の中から消えましたね」

「まあ結婚なんて生活だからねえ」女はお暖かい緑茶に梅干しを入れながらすすった。

「でも依頼人が浮気しているなんて……」コッペリアが寂しそうに言う。

「そりゃ罪の意識とかがあるから、逆に依頼してくるんだよ。今回の依頼人の場合は、学校時代の先輩と浮気したのは一度だけだし、自分自身混乱していたんじゃないかな。自分のしたことに整合性を保ちたいから、旦那のあら捜しをすることなんて、十分考えられることだよ」

「もののはずみだったってことですかね?」

「……そこまでは私たちにわからないし、口出しできない部分だよ。以来の範囲を超えているし。でも少なくとも、彼女は旦那さんを愛している。旦那さんも彼女を愛している。それでいいんじゃないのかな……」

「過去のことは伏せてずっと生きるってことですかね?」

「それはその人次第だけど」女はゆっくりお茶を飲んだ。ロールは黙ってコーヒーを飲んでいた。

「……それでも、辛いよね。きっと。いろんな辛さがあるんだよ」女はそうとだけ言った。

「彼女とは順調?」女は話題を変えた。コッペリアは少しだけ表情を和らげて、

「彼女も忙しい身だからなかなか会えないけれど……」

「彼女、今ウィーンだっけ?」ロールも会話に加わる。

「ええ。今はまたオペラに駆り出されています」

「すごいなあ、彼女が有名バイオリニストなんて」

「僕も負けてらんないですよ……」

「そういやリーダー、昨日曲作ってましたよね?」

「うん。ちゃんとできたよ。一回、仕事終わったらピアノ弾いてみてよ、コッペリア」

「リーダー自分で弾けるじゃないですか。まったく、昔キーボードの大会で僕をのしたくせに」

「まあそれは置いておいてさ……、新曲の率直な意見聞きたいんだよ」

「まあやりますよ」

「お、新譜? 見たい見たい。譜面あります?」ロールが身を乗り出す。

「今印刷するよ」

「どうします?また動画配信します?」ロールが笑顔を取り戻す。

「一番だけしようかな」リーダーが言い終わらないうちに、

「新曲ですか?」事務所のドアが開いて、高い男の子の声が響いた。

「そう。オルウェイお帰り。今回フィルインはかっこよく頼むよ。タムたくさん回してさあ」

「おお。いいですねえ」事務所に制服を着た若い、というより幼い男の子が入ってくる。どちらかと言うと制服に「着られて」いる。

「歌詞は決まってます?」

「ううん。どうしようか悩んでる。またPに連絡とるよ」

「わあ、新曲だあ」オルウェイは鞄をソファに置き、冷蔵庫を開けた。

「早く配信したいですねえ」冷蔵庫の中のオレンジジュースを開けながらオルウェイが嬉しそうに言った。

「レッドさん、今日はまだ外回りです?」

「うん、別件」女が答える。

「一人で大丈夫ですかね?」

「……あとで私が行くよ。少なくとも今ここにいなくてたぶん、よかった」

「そうかもしれませんね」とロールが言った。

「やっぱりまだ……」コッペリアがロールの方を振り向いて言う。

「本人はもう大丈夫だって言っているんだけどね。もう七年も前のことだからって。でも、あれは……」

「だからこそ……今は曲を……」女が呟いた。

「え?なんですか?」

「レッドの妻が出て行ったのはもう7年も前だ……。そこから曲を作りながら同時に会社に入って独立したけど……未だに彼はあの話題を避けるからな」ロールが目を伏せながら言った。コッペリアもオルウェイも何も言わなかった。部屋の中に一瞬冷たい空気が流れた。

「……曲を、彼にちゃんと見せないとな」と女が言った。

「……そうですね」ロールがほほ笑んだ。

「よし。Pにもアレンジの連絡しなきゃな。オルウェイ、勉強の調子はどうだ?わからないことあれば聞けよ、コッペリアに」

「なんで僕なんですか」コッペリアがすぐさま反応する。

「今日は数学やらないとドラムできません」オルウェイが教科書を取り出す。

「そういえば、今日の夕飯はパスタにしますけど、ケーキも食べませんか?」ロールが声をかける。

その日の夜、事務所はいつもと変わらず賑やかだった。

「……好きだな、今が」女は誰にも気づかれずに呟いた。

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