193 脱出


「それで、そなたは難破したんだったか?」


「はい。正確には難破はしてません。高波にさらわれました」


「それでどうする?」


「はい。街に行って帰る方法を考えたいと思います」


「それは認められんな。人間が我々の居場所が分かったら、この奴隷狩りのような事がなんども起こるだろう。

歴史にも載っている。人族は獣人を人と認めず、奴隷として扱ったと。

古代帝国期の話だが、それ以降獣人は人族と交わらずに生きてきた。それも元の大陸を去るという方法をとってだ。

それをそなた一人のために台無しにしてしまうわけにはいかん」


「あなたはどういう立場の方でしょうか?」


「我はこの辺りを納めておる」


「で、俺はどうなるんですか?」


「そうだな。死刑にするのが手っ取り早いが、我らはそこまで腐ってはおらん。だが自由に歩き回らせる訳にもいかん。

そうだな、我の屋敷で軟禁だな」


「それは困りますね。俺たちにも待ってくれている人たちがいます」


「戻れると思っているのか?」


「平行線ですね。マリア、失礼するよ」


「貴様!」


俺は風で土を巻き上げ、アレックスに叩きつける。

アレックスは腕を十字にして顔をかばう。

その間に森に向かって走る。


「マリア、筏の場所はわかるか?」


「はい、大丈夫です」


「よし、何かあってバラバラになったら、筏の場所で待ち合わせだ」


「承知しました」


後ろから獣人が追いかけてくるが、俺たちの方が早い。いや、アレックスだけは俺たちの速度に追いついている。

これは撒けないか。


「マリア、先に行け。俺はあいつを足止めする」


「でも、ご主人様!」


「早くしろ!俺だけなら逃げれる!」


俺は立ち止まり、アレックスを待ち構える。

あまり時間はかけれない。後ろから追いかけてくる、他の獣人たちが追いつくからだ。

できれば殺したくない。殺したら今まで以上に人族との関係がこじれるだろうからな。


<風魔法>で下からすくい上げるように叩きつける。

踏ん張りがきかずに宙に浮くように弾け飛ぶ。そのまま<風魔法>でさらに上に打ち上げる。


空を飛んでる間なら何もできまい。


俺は後ろを向いて走り出した。

<魔力感知>によると、マリアは結構先まで行っている。歩いて4日の距離だ。斜めに行くので短くなることもあり、走れば1日でつくだろう。


俺は一瞬止まって、後方に土魔法で穴を掘る。深さ5メートルくらいで、幅も20メートルくらい。奥行きは獣人の跳躍力を考えて10メートルくらいにした。魔力を結構持って行かれた。流石に広すぎたか。さらに穴の底には50センチくらいの水を張る。これで穴に落ちたら上がってこれないだろう。


アレックスは気絶したのか、起きてこない。よし。あとは走るだけだ。



全力で走ったら、途中でマリアに追いついてしまった。


「マリア、大丈夫か?少し休憩しよう」


俺はまだ走れるが、マリアは限界だ。


「ゼェゼェ。も、申し訳ありません。足手まといに。。。」


「息を整えろ。まだ振り切った訳じゃない。俺たちが筏に向かってるのはすぐに分かるだろうからな。追いつかれる前にある程度沖に出ておきたい」


「ゼェゼェ。はい、もう大丈夫です。ゼェゼェ」


「全然大丈夫じゃないな。おぶされ、運ぶぞ」


「いえ、自分で、、、」


「出来ないことを出来るなんていうな。早く乗れ!」


「は、はい」


俺は前の教訓を生かして、お姫様抱っこはしなかった。うん、俺もちゃんと学習してるな。


マリアをおぶさったくらいじゃ、俺のスピードは衰えない。

獣人を十分引き離して筏についた。


「マリア、ついたぞ。筏を出すぞ」


「は、はい」


俺たちは二人で筏を押して、沖に出た。

これで追ってこれないだろう。


帆は取り去られていたので、新たな袋をかぶせて、風を吹き付ける。向かうは西だ。


「マリア、先に寝ろ。俺はある程度距離を稼いでからにする」


泳げる獣人がいたら厄介なので、出来るだけ引き離しておきたい。

獣人っていうからには、獣なんだろう。泳ぎの得意なイルカの獣人とかいないよね?



日中は西に向かい、夜は波に漂った。20日ほど漂流したとき、前方に土地が見えた。人族の大陸であってほしい。何かの間違いで獣人の大陸に戻ってきていたら冗談では済まない。


翌日には土を踏んでいた。


「人族の大陸だと仮定して、どの辺だと思う?」


「そうですね、獣人の大陸に行く前に7日ほど北に移動しましたから、アズール帝国じゃないでしょうか?」


「そうだったな。結構北上したんだった。なら数日内陸に行けば村があるだろう。疲れてないか?」


「はい、大丈夫です。船で十分休みました」


「よし、なら歩いて行こう。先は長い」


「はい」


俺たちは久しぶりの大地にホッとしながら、歩き出した。

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