幼馴染が担任をライバル視している。
@hiroma01
第一章
第1話 冷血の猫
それは漫画などでよく目にするお話。
全く笑わず、口数の少ない人が見せる一瞬の優しさの場面。
公園でお腹を空かせている子猫にパンを差し出す、その顔はもちろん無表情だ。
そして子猫はゆっくりと近づいて、
差し出した【その人の手】に噛み付いた。
青海高校。
ここが主人公である彼、柏木 正人(かしわぎまさと)が通う学校である。
167cmの黒髪で目つきは少々悪め、教師を悩ませる不良の一人だ。
2年B組、本日から彼がお世話になるクラス。
悪い評判が流れている正人と同じクラスになってしまったことに生徒達は当然いい顔はしなかった。
教卓の上に置かれてある席順が書かれた用紙に目を通すと運も良く窓際の一番後ろ、授業をまともに受けるつもりのない生徒からすれば最高の場所。
彼は周囲の冷たい視線になど気にすることなく自分の席に座り窓の外を眺めた。
丁度いい気温と心地よい風が正人の心を穏やかにしてくれる。
「柏木正人!」
「誰だ、俺を名指しで呼ぶや…のわぁ!!」
声がした方へ視線を向けようとした時、彼の目の前をものすごい勢いで通過する謎の物体。
それは高度を下げることなく窓の外のはるか彼方へと飛んでいった。
「犬塚…お前、いい加減黒板消し投げるのやめろよ…」
「生徒会の備品だから大丈夫よ」
「そういうことじゃねぇ!」
犬塚 冬子(いぬづかとうこ)、2年C組で身長は158cm。
正人の家の近所に住む幼馴染、昔は仲が良かったが中学あたりから会話をしなくなり高校からは道のそれた彼を敵視するようになった。
その理由は簡単である。
彼女は前生徒会長が直々に推薦した現生徒会長。
風紀を乱すものがいれば即座に注意をする彼女は正人にだけ攻撃的な態度を取る。
「アンタ、昨日他校の生徒と喧嘩したでしょ」
「あ?小学生がカツアゲされてたのを助けたんだよ」
「…それならしょうがないわね」
そして真面目でチョロイ。
正人は決して悪いことをしたくてしているわけではない、ただ厄介ごとに巻き込まれることが多いだけ。
ポニーテールが特徴的な冬子は彼に指を差し捨て台詞を吐いて教室を去って行った。
私がいるかぎり好き勝手はさせない、と。
彼は大きくため息を付いて再度窓の外に視線を向ける。
チャイムが鳴り響いたと同時に教室の前の扉がゆっくりと開いた。
「皆、座りなさい」
クラスメイト達が絶句する、絶望と言った方が正解かもしれない。
その空気に気がついた正人はダルそうに前方に視線を向けた。
桜の花びらが風に乗って彼の目の前を通り過ぎた。
「B組の担任になった猫宮です」
感情の入っていない表情と口調。
教師の名前や顔など興味はないが、さすがの彼でも担任になったこの女性のことは知っていた。
猫宮 真夏(ねこみやまなつ)。
身長160cm、歴史担当、後ろ髪の毛先を輪ゴムで束ねた30歳女性。
無表情、無感情、光の入っていない瞳、彼女は機械という言葉がよく似合う。
青海高校の【冷血の猫】とは彼女のことである。
その付けられた異名通り、誰に対しても冷たく容赦がない。
「(もったいねぇな)」
正人がそう思った理由。
完璧すぎるスタイルに三十路とは思えないほどの美貌。
どんな男でも一度声をかけただけで終わる、と彼は耳にしたことがある。
「来週は実力テストがあるから」
終わりを告げるチャイムが鳴り、挨拶もせずに冷血の猫は出席簿を持って歩き出した。
「君が柏木君ね」
真夏が向かったのは扉ではなく正人の方だった。
わざわざ出向いて見下ろす形で冷めた目を正人に向ける。
「ナンデスカ」
「ちょっといいかしら」
「了解」
クラスメイト達は思った、いきなり問題児を指導するつもりだ、と。
彼自身も教師に呼び出されるのは慣れており、不敵な笑みを浮かべながら彼女に付いて行った。
「で、何か用ッスか?」
完全に舐めきった態度を担任教師に向ける。
冷血の猫と言われている彼女がどう説教するのか楽しみだった。
「校長から君に注意するように言われたわ」
「へぇ」
彼はこの学校の教師達の中でブラックリストに入るほどの有名人。
「…」
「…」
そして流れる沈黙。
「ん、え?それだけ?」
「ええ、そうだけど」
「お…おぉっ?」
驚きすぎて、だからなんだと言うツッコミが出なかった。
「それ…本人に言っちゃダメなんじゃないか?」
「ん、あ」
「…」
「聞かなかったことにしてくれないかしら」
彼に伝えなくてもいいことだったと気がついた真夏、だがその表情も全く変化がない。
「気を付けて帰りなさい」
「…あ、あぁ」
特に失言したことに反省の色を見せない真夏は感情の入っていない言葉を彼に放ってその場を去っていった。
帰宅していく生徒達の中、取り残された彼だった。
「俺様、降臨」
「すまんがもう一度舞い上がってくれ」
「わかった、ってできるか~い!」
「めんどくせぇ…」
教室にカバンを取りに戻ろうと振り返ると茶色い髪をした強面の男が正人の前に立ちふさがった。
「今の冷血の猫だろ?あれが担任とは災難だな」
合田 良樹(ごうだよしき)、2年D組で182cmの高身長の男。
正人の相方と呼ばれる不良で実家は空手の道場をやっている。
「かもな…、んなことよりゲーセン行こうぜ」
調子の狂ってしまった気分を立て直すため良樹を勧誘する。
「悪いな、今日は極秘任務がある」
「いや極秘なら言うなよ」
「妹に買い物を頼まれてるんだ」
「言っちゃったよ、しかも家庭的な任務だなオイ」
良樹は家事全般をしてくれている妹にだけは頭が上がらない。
それだけを正人に伝えに来た彼は背を向けて最後の言葉を呟いた。
「きっと生きて…戻るから」
「お前は一体スーパーに何しに行くつもりだ」
「じゃあな」
置いてけぼりにされた正人は思った、友達を間違えたと。
正人と良樹の出会いは中学の時、お互いに一匹狼だった彼らは当然ぶつかり合い、その後意気投合して今に至る。
喧嘩では負けたことのない二人がお互いの存在を認め合った。
早めに学校が終わった新学期初日、このまま帰るのはもったいないと彼は一人でゲームセンターに寄った。
格闘ゲーム、レースゲーム、色々プレイするがやはり一人では楽しくない。
適当に時間を潰した彼は店を出る。
家に帰ったところでやることがない、しかし外にいても行きたい場所もない。
「(帰るか…)」
悩んだところで今の彼にはその選択肢しか出てこなかった。
家を離れボロいアパートで一人暮らしをしている彼は徒歩通学。
実家からはそんなに遠く離れていないためこのあたりの地理は詳しい。
今日の晩御飯はどうしようか、と考えながらアパートに向かう途中の古びた小さな公園の横を通る。
「そうか、お腹が空いているのか」
そこで彼は見てしまったのだ。
公園でお腹を空かせた子猫に餌をやろうとしている冷血女の姿を。
―――そして噛まれているところを。
「うおおおっ、噛まれてる噛まれてる!」
急いで真夏の元に駆け寄ると子猫は驚いて逃げていった。
「柏木君か、どうしたの」
「どうしたのじゃねぇ!先生噛まれて血出てるって!」
結構深く入ってしまっているのか真夏の右手から血が滴り落ちていた。
「私ね」
「…」
「猫に嫌われる体質なの」
「今はどうでもいいよねソレ!」
残念がるのか痛がるのかどっちか態度に示してほしいがやはり彼女は全く表情を変えない。
それよりも消毒することが先決だ、と彼は急いで周囲を見渡す。
誰も利用しなくなった公園、水道の蛇口を捻るが水は出ない。
真夏は持っていたハンカチで血を拭くが、野良猫に噛まれたまま放置するわけにもいかない。
「止まらないわね、血」
「少しは焦ってくれ…ばい菌やばいだろ」
「どうしようかとは思っているわ」
それも顔に出てない。
このままでは化膿してしまう、跡も残ってしまうかもしれない。
「ちょっと悪い!」
「あ」
彼は真夏の手を引いて血が出ている部分に口を付けた。
優しく吸って外に吐く行為を数回、菌を口の中に入れている危険など考えていなかった。
「先生、他にハンカチは?」
「あるわ」
正人は洗い立てのハンカチを受け取って真夏の腕に巻きつける。
「ちゃんと消毒しろよ」
「ええ、ありがとう」
じっと真顔で応急処置された手を眺める真夏。
猫に接する時も、噛まれた時も、その後も…。
さすがにここまで無表情で無感情だとは思ってなかった彼。
「ふ…、あははははっ!」
「何、どうしたの急に」
それがおもしろくてたまらなかった。
彼女は冷たい性格をしているのではなく、ただ感情がバカなだけなのだ。
「猫宮なのに猫に嫌われてるって災難だな」
「ええ、昔よく言われたわ」
冷血の猫と呼ばれる猫宮は猫に嫌われる体質をしている。
「コンビニにも消毒液売ってるだろうから忘れんなよ」
「わかったわ、ありがとう」
―――ありがとう。
感情の入っていないその言葉がどうしてか彼の胸にとても響いた。
これがきっかけだったのだ。
高校二年の男子と、30歳の冷血教師。
そして―――。
「(柏木が猫宮先生の手にキスしてたぁあああ!)」
一部始終を見て勘違いをしてしまった生徒会長の冬子。
その日から幼馴染が担任をライバル視するようになった。
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