近い将来
わたなべ すぐる
自室
【近い将来、俺はいわゆる成功者になる予定www】
【大金ゲトして、ヒトヤマあてたるwww】
「……なんだ、こいつ。」
なんとなく目についた酒場に入ったら、やたらとゴテゴテした装備を身につけた見慣れない奴が、やたらと草を生やしながら、やたらと周囲に絡んでいるのを見つけた。いまハマってるこのオンラインゲームは、比較的民度は高い方だと思うが、やはり時折、こういう現実と二次元を拗らせちまった奴を見かける。
【妄想乙www】
【マジレスすると、未来の成功者がこんなニートタイムにゲームしてるわけねーだろwww】
周囲の奴らは面白がってレスを返していたが、俺はそんなノリにもなれなくて、結局何もアクションを起こさないまま、その場を出た。
「……マジ、妄想乙。」
いったんPCの前から離れ、呟きながらベッドに倒れこむ。きっと画面の向こうのあいつは俺と同種の人間だ。社会の歯車の一つになる予定だったのに、どこかで道を間違えたのか、もしくは道からはじき出されたのか。このままではどうにもならないと分かっているけど、具体的に何をどうするわけでもなく、何の価値を生み出すこともないまま毎日を無為に過ごす。そして夜になれば、いつかきっとこの状況が好転するはず、という根拠のない希望に頭を狂わされるのだ。
「とにかく、金がねーことにはなあ……。」
金が無いことには、何も始まらない。だが、その金を得る手段が、年々年老いて小さくなっていく両親にたかる以外に他はない。その両親も、最近は金を出し渋るようになっている。両親からすれば、なんでもいいから働けよ、の一言につきるだろうということは理解しているが、自慢じゃないが、俺は今まで一度も働いたことがないのだ。高校1年の時に不登校になって以来ずっと引きこもりで、コンビニやらアニメショップやらには行けるが、基本的には外出もしない。友達もいない。こんな状態で今更雇ってくれるところがあるわけがない。俺から言わせれば、そうした単純な事実を理解し、受け入れようとしないのは、やたら被害者ぶっている両親の方なのだ。
「ちっ。今日はもう寝るとするかねー。」
その前にこっちのゲームにも一通りログインしておくか、とベッドサイドに置いていたスマホをたぐり寄せたところで、遠慮がちにドアがノックされる音がした。
この叩き方は……
「誠太ちゃん?まだ起きてる……?」
やはり、母親だ。父親は、もっと遠慮がない。近頃はノックもなしに入ってこようとすることもある。まあ、自前で用意した鍵をかけている以上、勝手に入れるはずはないのだが。
「……起きてるけど。なに。」
「ちょっと話したいことがあって。中に入れてもらえない?」
「話ならそこですればいいでしょ。」
ぶっきらぼうに応える。この部屋は俺の唯一のテリトリーだ。滅多なことでは他人は中に入れたくないし、見られたくない。
「……実は、お父さんの知り合いの方から、誠太ちゃんにどうかって、お仕事の話があったんだけど。」
「……仕事?……どうせ、工場とか土方とか、時給数百円の世界でこき使われる底辺ジョブでしょ。俺、そういうのやるつもりないから。」
できる気もしないし、とは心の中でこっそり付け加えるだけにしておく。
「そういうのじゃないのよ。なんでも、治験?みたいなお仕事なんだって。」
「治験……?」
今よりはまだ、具体的に何とかできないか、と自分自身に希望を抱き、学歴・経験不問でそれなりに稼げるバイトをネットで探していたとき、そんなフレーズを目にしたような覚えがある。まあかなり昔のことで、記憶は定かではないが。
「そう。食品会社のお仕事なんだけどね。……悪い話じゃないと思うから、興味があったら、連絡するから、教えてね。ここに、仕事内容の説明書、置いておくから。」
母親はそういうと、ドアの隙間から、A4サイズの紙を一枚、差し入れた。
「ちゃんと、読んでね。」
「……まあ、気が向いたらね。」
なるべく興味がなさそうに聞こえるよう、単調に答えて、耳を澄ます。母親がドアの前から立ち去る音が聞こえてから、さらに1分待ち、俺は差し入れられた紙を読み始めた。
***
《急募!未来の食品産業を創り出すお手伝いをしていただけるお仕事です!》
我々、フューチャー・フーズ・カンパニーは、忙しい現代社会を生きる皆様のため、より健康的かつお手軽にお楽しみいただける新時代の食品開発に日々邁進しております。
そのプロセスの一環として、治験者の方には、現在開発中の新製品を一定期間継続してお召し上がりいただいた上で、製品が身体に与える影響についてのデータの取得について、ご協力をお願いしております。
治験期間中は原則として弊社の指示通りに行動していただきますため、制約の大きい治験内容となっております。
治験者の方のご負担は一般的な治験に比べ、比較的大きくなるかと存じますので、拘束期間によって、最大1000万円以内の負担軽減費をお支払いいたします。
***
「いっせんまん!!??」
思いがけない数字に、悲鳴に近い声が出る。いくら多くたって、10万とかそこらが相場じゃないのか・・・?
紙にはその他にも、求める人材(基本的には誰でもOKなようだ)や会社の概要、連絡先やらが書いてあったが、具体的にどういった食品を開発しているのか、という点には触れられていなかった。
「怪しすぎるだろ、これ……。」
とはいうものの。一応は親父を通してきている話だ。ネット検索で、"楽して稼げるバイトです!"をクリックしたわけでもなければ、街中で声をかけられたわけでも、顔も名前もうる覚えの元同級生から突然話をもちかれられたわけでもない。
「……1000万、か。」
それだけの金があれば、俺の人生はまだ、やり直せるのだろうか。
《少しでもご興味をお持ちいただけた方は、是非一度、ご連絡ください!》
黄色でマーカーを引かれた、最後の文章が俺の目の前でチカチカと踊る。
翌日、いつものようにドアの外に用意された朝ごはんを食べ終わった俺は、空になった食器の上にその紙を置いた。
子供の頃に買ってもらった赤色のマッキーで、【話だけ聞く。】とだけ、裏面に書き足して。
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