二億十三万八千二百十九の花束
エリー.ファー
二億十三万八千二百十九の花束
勇者よ、よくぞここまで辿り着いたと言わせてもらおう。
多くの苦難があったのだろう。
そのことは分かる。
しかし。
しかし、だ。
少しだけで良いだろうか。
本当に少しだけでいいのだ。
この扉の前で待ってはくれないか。
いい。
ほんの少しでいいのだ。
この魔王様の部屋の、この扉の前で立っていてほしい。
少しだけでいいのだ。
もう。
な。
魔王様はいない。
昨日、亡くなったよ。
いや、決して体の弱い魔物であったということではない、ただ、その魔界の統治は難しいものがあってな。人間界は、やはり、その人間しかいないだろう。分かっている、もちろん、他の兎や鳥などの動物はいるだろうがな。
あぁ。
魔界は多くの種族の集合体だ。寄合みたいなものの方が考えやすいだろう。
無理をしていたからな、魔王様は。
疲れていたのに、勇者の対策も行っていて、それはそれは日々、溜まっていく仕事に追われていた。
いや。
お前を責めている訳ではない。
こういうことはよくあることだ。
勇者であるお前も、ここに来るまで多くの苦労があったのだろう。ただ、それと同じだけの苦労をこちら側もしていた、というだけのことだ。このことに言い訳の余地を持ってくるようなことはしない。
そういうものだ。政治も、勇者も、経済も、世界も、どこもかしこもな。
だから、すまないんだが、な。
もう、お前が倒す相手はいない。
魔王様がいなくなったことで、権力の集中化は解かれるので人間界へ足を踏み入れるというのも少なくなるだろう。まぁ、魔界に人間が足を踏み入れることもかなり少ないが、例はある。魔物だけが人間界に足を踏み入れるな、というとやはり横暴な条約ということになって、反感を買いやすい。できれば、人間も魔界に踏み入れることのないように、というような条約や、法律を通してほしい。
そうだな。
だた、少しですぎた発言かもしれなんな。
何せ、もう、戦う前から敗北が決まって、魔王様はいない。
これが、こちらの状況だからな。
先ほどの内容は忘れてくれ。
それは、もう。
そちらに任せる。
こちらは同じ魔界の王族に知らせを出すのと、使いのものを送って、葬式の参列者の名簿を作るので精一杯だ。
一応、魔界では、葬式という習慣があるんだが。
これ、知ってるか。
お前の親父さんも、有名な勇者だっただろう。
こちらの世界に来て、お前の親父さんが、今の魔王様の祖父を倒された時。
その魔王様の祖父の葬式を執り行おう、と言ったのが、魔界でも葬式が行われるようになった始まりなんだよ。
それまでは、魔物の死体というのは、人間の死体と違い、皮膚が厚いのと体温が高い分、腐敗が進みやすく二日ほどで爆発することがあってな。火葬も土葬もできず、火口からさっさと投げ込むのが普通だった。
葬式なんてのはまずしない。死体になったら、ただの厄介なものでしかないからな。
お前の親父さんは人間界から菊を持ってきて、確か、蝋燭のようなものだったか、それに火を付けて、十字のようなものを作って地面に差し込んで、そこに名前を刻んで、何か熱心に拝んでいたよ。
後で人間界の葬式を調べた時に、随分と文化をごちゃまぜにした葬式だということが分かったんだがな。
でも、な。
魔王様を人間に殺された部下としても。
ここまでしてくれるのであれば、いいか。と思えてな。
復讐も何も湧きあがる訳がなかった。
今の魔王様も、結局は引退したのに口を出す王族と、力もないのに権力だけあるような部下にせっつかれて無理矢理、人間界への侵攻を開始したようなものだ。
勇者よ、お前もそうなんだろう。
いや、な。
なんというか。
世知辛いよな。
どんな争いであれ、前線にいるのはいつも被害者だ。
どうする。
いや、もしもあれなら、客室ならあるから、そこで泊っていくか。あぁ、大丈夫だ。人間にも食べられる料理は心得ている。料理長に直々に作らせよう。あいつなら大丈夫だ。
部屋の中にシャワールームがあるし、確か、枕は新しいものに代えたばかりだから、問題はないだろう。見たところ軽いアトピーだな、それならシーツは別のものに代えたほうがよさそうだな。
エントランスにソファーがある。そこに座って待っていてくれ。
門番にいるエンゴアドルはな、お前の親父さんに帰り際にもらった、英雄のお守りという装備品を未だに身に着けてるんだ。あれの特殊効果は、人間にしか適用されないから、意味なんてないんだけどな。
あぁ。
話しかけてやってくれ。
喜ぶだろうし、抱きしめてくるかもな。
はは。
あははは。
いやぁ。
お前の親父さんなんだけどな。
お前も知ってると思うけどな。
良い勇者だったぞ。
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