小学生のキス

 アタシの好きな人は、女の子。

 同じ小学5年生とは思えないぐらい落ち着いていて、キレイな彼女が好き。

 でも…彼女は別世界のような人。

 上級生からも告白されるし、雑誌ではモデルをしているし…。

 勉強はいつもほとんど100点だし、スポーツだって…。

 あっ、自分が情けなくなってきた。

 彼女と同じクラスになれただけで、十分だ。

 今日も遠くから彼女を見つめる。

 見ているだけなら…良いよね?

 彼女を見ている人なんて、他にいくらでもいる。

 その他大勢の一人で良いの。

 誰にも言わないから、何も言わないから。

 好きでいさせて。




 あたしの通学路は、土手。

 広く底の浅い川の土手の土道をとことこ歩く。

 土手沿いには桜の木が植えられていて、春になるとここを通るのが毎朝楽しくなる。

 でもここはいつ通っても、気持ち良い。

 夏の緑の匂いと、川の涼しい音色がまたステキ。

 一人でとことこ。

 ぼんやり欠伸をしながら帰り道を歩く。

「ふぁ~あ」

 周りに誰もいないので、大きな欠伸を隠さずにする。

 昨日は夜更かししてしまった。

 理由は彼女の特集雑誌が出たから。

 秋物の洋服に身を包んだ彼女を見ていたら、思わず夜遅くなってしまった。

 昨日発売されたばかりの雑誌を持ったクラスメイト達が、今日彼女を囲んでいた。

 彼女は笑顔で相手してたけど…。

 雑誌が発売されるたびに、アレじゃあ疲れそう。

 ウワサではテレビ出演の話まで来ているみたい。

 そうなったら、あんまり学校には来ないようになるだろうな。

 …せめて、小学校を卒業するまでは………ううん。

 同じクラスでいられるうちは、出来れば彼女と一緒にいたい。

 でも、儚い願いだろうな。

 ウワサじゃ学校で一番人気の男子、生徒会長と付き合っているって言うしなぁ。

「はぁ…」

 アタシが男の子だったら…今と大して変わらないか。

「どうしたの? ため息なんてついて」

「えっ!」

 振り返ると、彼女がいた。

 笑顔で、一人で、彼女が、いた。

「えっ、えっ? どっどうしたの?」

「今日はこっちから帰りたかったの」

「そっそう」

 彼女の家、ここら辺だったっけ?

 首を傾げると、彼女はアタシの手を取り、歩き出す。

「一緒に帰りましょう」

「えっ? あっ、うん」

 彼女は笑顔。…逆らえない。

 しばらくは何も話せなかった。

 彼女は鼻歌を歌って、上機嫌。

 だけどアタシは何だか居心地が悪くて、話し出した。

「雑誌見たよ! 可愛い服を着てたよね」

「そう? ありがと、嬉しい」

 うっ…! モデルスマイルと分かっていても、彼女の笑顔はまぶしい。

「良いよね、ああいう服が似合うって。アタシなんていっつもボーイッシュ系ばっかり着てるから、うらやましくって」

「でも似合っているじゃない。可愛いわよ」

「あっありがとう」

 えへへ、と笑う。

 お世辞だと分かっていても、嬉しい。

「ねぇ、好きな人、いる?」

「えっ!」

 思わず声が裏返ってしまった。

「いっいることはいるけど…」

 目の前に。

 彼女はいきなり立ち止まり、振り返った。

「―誰?」

「えっ?」

「好きな人」

 なっ何か眼が怖い…。

 顔は笑顔なんだけど、眼が笑っていない。

「ええっと…。そっそういうキミは?」

「わたしの好きな人は目の前にいるわ」

「………えっ?」

「アナタのことよ」

 そう言って、アタシを指さしてきた。

「えっ、何で!」

「何でって、好きだから。他に理由はないわ」

 たっ確かにそうだろうけど…。

「それで、アナタの好きな人って誰?」

 ぎゅうっと手を強く握られる。

 いっ痛い。これって嫉妬!?

「あっアタシの好きな人は…」

「うん」

「めっ…目の前に」

 そしてアタシは彼女を指さした。

「えっ? わたし?」

「うっうん」

 首を縦に振る。

 すると彼女は輝く笑みを浮かべた。

「なぁ~んだ! 心配して損した!」

「わっ!」

 いっいきなり抱き付かれた!

「ずっと心配してたのよ。付き合っている人とかいるんじゃないのかなって」

「そっそれを言うならキミだって、生徒会長とのウワサがっ…!」

「ウワサはウワサよ。彼とは悪友なだけ」

 あっ悪友って…。

「ふふっ。でも嬉しいわ」

 間近で見られる彼女の笑顔に、頭に血が上る。

「これからよろしくね」

「えっ、よろしくって…」

「もちろん、こういうことよ」

 そう言って、彼女はアタシにキスをした。

 甘く、柔らかな唇。

「ん~!」

 すぐに離れて、彼女はわずかに赤くなった顔で、額と額をくっつける。

「わたし、嫉妬深いんだから」

「そっそれを言うならアタシだって!」

彼女のことが好きだから。近付く人にはみんな嫉妬している。

「うん、とっても嬉しい!」

彼女は再び歩き出した。

「これからわたしの家に行きましょう。いっぱい話したいことがあるの」

「うっうん!」

「家に帰ってからも、毎日電話とメールしてね? 休日はデートで、登下校も一緒よ!」

「うっうん…」

 ちょっちょっと、しんどそうだけど…。

「それから…」

「まっまだあるの?」

「もちろん!」

 眩しい太陽の光を浴びながら、彼女は輝く笑顔を見せた。

「毎日好きって言って、毎日キスしましょうね!」

 まっ毎日…。

 ちょっと考えたけれど、それも良いかもと思った。

 だって、繋いだ手の感触が、とても心地よかったから。


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