先輩とのキス

「久し振りね!」

「…えっ?」

 驚いて、言葉が出てこなかった。

 目の前には、中学時代の先輩がいた。

「わたし、ここの高校だったのよ。知らなかった?」

「しっ知らなかった、です」

 先輩は再会できたことに、素直に喜んでいた。

 …あの日のことが、無かったように。




 『あの日』。二年前の先輩の中学卒業式の日。

 あたしの面倒を良くみてくれて、仲が良かった先輩。

 ―好きだった。本気で。

 だから、別れ際。

 …キス、をしてしまった。

 先輩の許可も得ず。

 キスしてすぐ逃げた。

 それ以来、一度も会わなかったし、連絡も取り合わなかった。

 なのに…入学した高校で偶然の再会。

 すっ素直に喜べないっ…!

「今日が入学式だったのよね? 学校を案内するわ」

「えっ、えっ?」

 先輩はあたしの手を取り、歩き出した。

 確かに今日は入学式だった。

 終わって親と別れ、少し学校内を回ろうと思っていたところに、先輩と出くわしてしまった。

 …先輩にとって、あのキスは意味の無かったものなんだろうか?

 ……いや、意味を無くしたいキスだろうな。

 高校の中をいろいろと案内されたけど、あたしはどこか上の空だった。

 先輩はキレイになっていた。

 キレイで明るくて優しい。

 とても人気のある先輩だった。

 だから…あたしも恋したんだけどね。

 この二年…忘れるのに必死だった。

 勉強に友達付き合いに一生懸命になったおかげで、県でも有名進学校に推薦で入れた。

 なのにっ! …リサーチ不足だった。

 せめて先輩がどこの高校に通っているかぐらい、前以て調べておけばよかった。

「今日、新入生代表で挨拶してたわよね?」

「えっええ。あっ、見てました?」

「うん、もちろん! 体育館の隅の方で」

 今日は教師と保護者、そして新入生しか体育館に集まっていないハズだった。

「あなたがここに入学するの、新入生名簿で見て分かってたから。あっ、わたし生徒会書記になったの。良かったら生徒会に入らない? あなただったら、中学時代の時みたいに力になってくれそう」

 …そりゃ、中学時代も生徒会に入っていましたよ。

 副会長だった先輩目当てで入って、2年からは会長も務めました。

 けれど、ね。

「…遠慮しときます」

「えっ、何で? 何か入るクラブ、決めてたの?」

「決めてはいないですけど…先輩と一緒にいるのは、まだちょっと辛いですから」

 ここでハッキリ言っておいたほうがいいだろう。

「わたしと一緒なのは…イヤ?」

「そんな悲しそうな顔しないでください。…先輩だってイヤでしょ? いきなりキスして逃げるような後輩を側に置いとくなんて」

「えっ…」

 先輩の顔が真っ赤に染まった。

 …相変わらず可愛い人だなぁ。

 年上なのに、可愛い人。

 よくスキンシップが好きで、抱き締められていた。

 先輩の良い匂いと体の柔らかさに、自己嫌悪するほど感じてしまった昔。

 けれど…近くにいたら、また同じことを繰り返してしまうかもしれない。

「だから、生徒会には入れません。悪いですけど別の人を誘ってください」

「でっでも…!」

「お互いの為、です」

 そしてあたしは踵を返し、歩き出した。

「まっ待って!」

 なのに…先輩は後ろから抱き着いてきた。

「せっ先輩?」

「…もう離れるのは、イヤなの…」

 消え入りそうな声で、先輩は言った。

「ホントは…声をかけようか迷ったの。昔のことが、あるから。でも…」

 ぎゅうっと抱き締められ、あたしは動けなくなった。

 久し振りの先輩の匂いと体温に、一気に胸が高鳴る。

「見かけたらやっぱり…声かけてた。わたし、ヘンなのかなぁ?」

「…それを言うなら、あたしの方が変なんですよ。未だ先輩のこと、好きなんですから」

 ゆっくりと振り返ると、先輩は涙目になっていた。

「あの日…先輩を一方的に傷付けてしまったんだから、素直に諦めようと思っていました」

「きっ傷付いてなんかっ…! たっただちょっと、びっくりしただけで…」

「じゃあ、イヤじゃなかったですか?」

「うっ…うん。イヤじゃ、なかった」

 真っ赤な顔で俯く先輩は、やっぱり可愛い。

 だから、キスをした。

 甘く柔らかな唇。

 二年ぶりの先輩の唇。

「…今はどうです?」

「今も…イヤじゃないよ」

 あたしは先輩を抱き締めた。

 柔らかく、あたたかな感触。

「―好きです、先輩。…二年間、待たせてすみません」

「…うっううん! わたしの方こそゴメンね!」

 先輩はあたしを強く抱き締め返した。

 そして二人でしばらく抱き合った後、笑顔で離れた。

「…えへっ」

「じゃ、次は生徒会室に案内してくださいね」

「えっ?」

「二年も空白の時間があったんですよ? あたしは先輩と一分一秒でも一緒にいたいんです。だから、入ります」

 先輩の手をぎゅっと握り、歩き出した。

「生徒会に!」

「あっ…!」

 そして二人、歩き出した。

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