第123話 すれ違い

「ケイオス。ここが君の生まれた村かい?」


「……そうだ。ここが俺の村……糞の掃きだめみたいな所だよ」


「ケイオス様を生み出した村ともなれば、何か神聖な地なのかと思いましたが……案外普通ですね」




興味深そうにキョロキョロしているケニスやシーリと違い、俺はこんな光景飽きるほど見ているので、今更何も感じたりはしない。




ここに戻ってくるのは何ヶ月ぶりだろうか。出て行ってから随分長く感じるが、実際には半年かそこらだろう。相変わらず寂れていて、汚らしい木造家屋が建ち並ぶだけの何の特色もない村だ。久しぶりに姿を現した俺を村民達が驚いた顔で見ているが、誰も近寄ってこようとはしない。出ていく時に親父達をぶちのめした影響だろう。




そう言えばこの村には村長役の魔族がおらず、糞親父が好き勝手やっていたはずだ。つまり、話をつけて傘下に入るよう説得する対象が居ない。少々面倒だが村人全員を集める必要があるだろう。俺は麦祭りで使われていた広場に足を運び、周囲をグルリと見回してみる。誰も彼もが当巻きに見ているが、こちらに聞き耳を立てているのはわかったので、連中に聞こえるように声を張り上げた。




「全員集まれ! おいそこ! 家の中に籠もっている奴らも連れてこい!」




突然の命令に顔を見合わせた村人達は、しぶしぶといった感じで広場に集まってくる。中には過去俺に対して何をしたのか気にしている者もいるのだろう。露骨に怯えた様子を見せているのが何人もいた。




俺の背後にはリーシュ達賞金稼ぎとケニスを始めとする魔族の兵が控えている。武器を所持した彼等の威圧感は相当なもので、逆らおうと言う気も起きないのだろう。村人の数は全部で五十人前後と言うところだ。ひょっとしたら俺がいない間に誰かが死んだり、子供が生まれたりしたかも知れないが、見た限りでは変化は無いように思える。




見慣れた村人の顔を一人ずつ眺めていく。目線を合わせた途端サッと逸らされた。ひょっとしたら俺が仕返しに帰ってきたと思っているんだろうか? やるなら出ていく時にやっているし、俺もそこまで暇じゃない。一通り連中の顔を見たところで、一番気になる面子が居ない事に気がついた。




「ん? ヴォルガー達はどうした? それにアンジュは?」




顔を見るのも嫌な糞親父達が居ない。ひょっとして逃げたのだろうか? どう言う事か問いただそうと口を開きかけたその時、村人達を割って一人の男が進み出てきた。




「彼等ならいないよ。アンジュも村を出ていった。久しぶりだねケイオス」


「あんた……ワイズじゃないか!」




懐かしい顔に思わず顔がほころぶ。ワイズ――四十になるかならないかと言ったこの魔族は、こんな村に似つかわしくない知的で穏やかな男だ。この村で彼と娘のアンジュだけは俺を差別する事なく良くしてくれた。碌に教育を受けていない俺に色々な知識を教えてくれた恩人でもある。外の世界に対する憧れを持ったのも、彼の話す外の世界の冒険譚が原因なのだ。久しぶりの再開に喜びたいところだったが、彼の口からは気になる言葉が出てきている。今はそれを問いただすのが先だ。




「ワイズ。どう言う事か教えてくれ。親父達はどうなった? それにアンジュがどうして村にいないんだ?」


「ヴォルガー達は、君が村を出てしばらくすると、いつの間にか居なくなっていたよ。今までが今までだからね。力を失った彼等に他の者が辛く当たっていたんだ。それが耐えられなかったんだろう」




やはり予想通りか。たとえ村に残ったところで、好き勝手やって来ただけに村人達の恨みも深い。力を失って逆転したとなったら最底辺の扱いが待っているからな。あいつ等は弱い者に威張り散らす事が出来ても、その逆は絶対に出来ない。そう言う奴等だ。




ワイズから親父達の話を聞かされ、俺はそれきり奴等に対する興味を失った。今更連中がどこかで野垂れ死のうが、別の地に移り住もうが、俺にとってどうでも良い事だ。しかしアンジュは違う。彼女が村を出たと言うのは聞き流して良い情報じゃない。続きを促すと、ワイズは解っているとばかりに頷いて言葉を続けた。




「アンジュは君を追いかけていったんだよ。スキルを得たと言っても、ハーフだからどんな扱いを受けるかわからない。だから手助けしたいって、止めるのも聞かずに出て行ってしまった」


「なんだって!?」




行動力のある女だと思っていたが、いくら何でも無茶が過ぎる! 何の技術もない女が一人で村を出たところで野垂れ死ぬだけだろう! あまりにも予想外の行動に開いた口が塞がらないでいると、そんな俺を見かねたのか、ワイズは苦笑しつつ補足してくれた。




「心配しなくても良いよ。アンジュにはスキルがあるからね。いつの間に手に入れたのか知らないけど、あれが使えるなら、誰かに害される事は無いはずだ」


「スキル? アンジュが!?」


「どこで手に入れたのかは何度聞いても答えなかった。しかし、君も突然スキルが使えるようになったんだ。アンジュがそうなっても不思議じゃないだろう?」




俺がスキルを使えるようになった原因は麦神の石像なんだが……、ひょっとしたらアンジュも同じようにあの像に血を捧げたんだろうか? だとしたらスキルが使えるようになったのも納得いく。俺がスキルを得たその時、アンジュはその場に居たのだから。




「そうか……。なら、とりあえずアンジュは無事なんだろう。入れ違いになっちまったけど、再会できたら仲間に引き込むよ」


「それなんだがケイオス。君は何をしにここに戻ってきたんだ? もうこんな寂れた村に用はないだろうに」




そうだった。アンジュの行動に驚かされて、本来の目的を忘れるところだった。俺は緩んだ表情を引き締め直し、その場に居る全員に聞こえるように声を張り上げる。




「今日ここに来たのは他でもない。今日からこの村は俺が統治することにした! 既に近隣の村のいくつかが俺の支配下に入っている! 今日からお前達は俺のために働いてもらうぞ!」




途端に広場はざわめきに満たされる。貧しいとは言え、自由にやって来た村を突然支配下に納めたと宣言されたのだ。反発するのも無理はない。これが他の村なら時間をかけて納得させるところだが、生憎と俺は一部を除いてこの村の住民に情けをかけるつもりがない。背後に控えたハグリーにチラリと視線を送ると、彼は心得たとばかりに前に進み出て、愛用している巨大な大槌を力一杯振り下ろした。




ゴンッ! と鈍い音を響かせて大槌は地面にめり込む。大きく穴を空けた地面と、それを易々と振り下ろしたハグリーの怪力に怯え、村人達は声も上げられないでいた。




「ケイオスは俺達の頭だ! 文句があるなら俺達が相手をしてやるぜ!」




ハグリーが一括してシン――と静まりかえった広場。そんな中で唯一動きを見せたのは、やはりワイズだった。彼は他の村人同様驚いているようだが、怯えた様子は見せていない。




「ケイオス。今の話は本当かい?」


「ああ。本当だ。俺は本拠地に加えて、いくつかの村を支配下に置いている。この村も他と同様俺の役に立ってもらう事にした」




俺の言葉に少し考え込んだ様子のワイズ。しばらく考えを巡らせていた彼は、一つ頷くと顔を上げた。




「わかった。そう言う事情なら、ケイオス、君の支配下に入ろう」


「お、おいワイズ!」


「いいのかよ!?」




慌てて口を挟んできた村人を一瞥し、彼はうっすらと笑みを浮かべる。




「なに。構わないだろう。今の所この村には統治者がいない。有力者の庇護が受けられるというなら進んで受け入れるべきだと思うよ? それが例え、君達がいじめ抜いたハーフだとしてもね」




ワイズの言葉に、まだ何か言いたそうにしていた村人達は黙り込む。ひょっとしたら、彼が俺の統治に反対してくれるとでも思っていたのだろうか? そんなわけがないだろうに。恩人のワイズはともかく、他の連中は死ぬまでこき使ってやるつもりなんだ。




「話は決まったようだな。ではワイズ。どうやら今の所あんたがこの村の責任者らしい。今後の統治について話がしたい。席を設けてくれるかな?」


「お安いご用だよケイオス。双方が納得いくよう、心ゆくまで話し合おうじゃないか」




村人達をかき分け俺達はワイズの家へ足を向ける。さて、この村の連中をどう扱ってやろうか? 徴兵するか、年貢を重くするか、どうするのも俺の自由だ。半年前では考えられないような立場の違いに、俺は知らずに笑みを浮かべていた。


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