第122話 故郷

コションの村を制圧した俺達は大森林へ帰還する事なく、一旦彼の村に滞在する事になった。これはコションの戦力をそのまま取り込むための滞在であり、長期的なものではない。コションの兵は全部で五十名居たのだが、領内の治安維持や他領への警戒で分散していたために、今回俺達の襲撃に対応出来なかったのだ。彼等には領主が変わった事を教えておく必要があったので、臨時招集がかけられていた。




「集まったな。既に知っている者もいるが、ここで改めて事情を説明しておく。昨日私の屋敷はケイオス様の襲撃を受けた。交戦の結果我々は敗れ、ケイオス様の傘下になる事が決定した。皆の生活はこれまで通りだが、それを念頭に置いておくように」




引きこもりが続いて外に出る事を嫌がっていた割には、コションは堂々とした態度で集まった兵や村人達に事情を説明している。当の村人達はコションの横に立つ俺に懐疑的な目を向けているものの、特に反対意見を唱えたりはしないようだ。いくら蔑む対象のハーフとは言え、表だって反抗すると容赦なく殺される――その程度は彼等も理解しているのだろう。




村人達と違い、兵の方は従順な態度で俺達に接しているのだが――これには理由があった。遡る事数日前、俺達がコションを傘下に収めた時、急遽集められた彼等は自分達が不在の間に決着がついた戦いに対して、公然と不満を口にした。




「コション様! 俺達が帰ってきたのですから、もう遠慮する事はありません!」


「そうです! 今から再戦してこの連中を叩きのめし、どちらが強いのか思い知らせてやりましょう!」




口々に勇ましい事を吠え立てる彼等に対して、コションは苦虫を噛み潰したような表情になる。爆弾の威力を目にしたのは、コションの他数名の兵士だけだ。あれを投げつけられれば数の差など簡単に覆る。それがわかっているだけに、どう宥めたものか苦慮しているのだろう。ここは助け船を出した方が良いかと俺が口を開きかけたその時、後ろから一人の人物がスッと前に歩み出た。誰かと思えばシーリだ。彼女はすらりと剣を抜くと、俺に対して笑いかける。




「ケイオス様。彼等はどうやら納得いっていない様子。ここはどちらが強いのか、実際に剣を交えて教育してやっては如何でしょうか?」


「何を生意気な!」


「女一人で何が出来る!」


「身の程をわきまえろ!」




シーリの発言にコションの兵達が騒ぎ立てる。罵詈雑言を浴びせられているシーリ本人は何も聞こえていないように涼しい顔だ。彼女は基本、俺の事以外どうでもいいと考えている節がある。今兵士達が上げている罵声も、虫の鳴き声程度に感じているのかも知れない。そんな彼女の様子と騒ぐ兵達を交互に見比べて、俺はしばし黙考する。確かにここは、シーリの言うとおり一度力の差を見せつけておく必要があるかも知れない。なにせ彼等は俺達の実力を知らない上に、数の上で勝っているのだ。納得出来ないのも当然だろう。俺は一つ頷くと、シーリに向き直る。




「いいだろう。シーリ、力の差を思い知らせてやれ。しかしまぁ、流石に一人で三十人を相手にするのは無理があるからな。こっちは四人でいこう。リン、ハグリー、レザール。お前達だけで奴等を叩きのめすんだ。ただし殺すな。あいつ等は後で戦力になるからな」


「承知しました。お任せくださいケイオス様!」


「なんで私が……」


「やれって言うなら戦うぜ。退屈してたしな」


「同感だ。ラウに良いところを持って行かれたからな。暴れ足りん」




俺の指示に従い、四人は武器を手にして不満を口にした兵達の前に出る。兵達もやる気満々なようで、すばやく剣を抜き放つと散開していく。成り行きを黙って見守っていたコションだったが、流石にこの状況になって沈黙を貫く事など出来なかったのだろう。慌てて声を張り上げた。




「お前達! 誰がこんな真似をしろと言った!」


「コション様! やらせてください! でないと俺達は納得出来ません!」


「そうです! 自分より弱い者には従えない! それが魔族ではないですか! 連中の実力を確かめさせてください!」




本来の主であるコションの言葉にも彼等は止まらない。自分の言う事を無視する部下に再びコションが声を上げそうになるが、俺はそれを手で制した。




「ケイオス……様?」


「やらせてやれコション。なに、こっちとしては死人さえ出なければそれでいい。これだけの人数差で叩きのめされれば、流石に大人しく言う事を聞くようになるだろう」




慣れない様付けをするコションに苦笑しつつ俺がシーリ達に対して頷くと、それだけで意図が通じたのだろう。武器を構えて悠然と距離を詰め始めた。




「舐めるな!」




それに素早く反応した兵士の一人がシーリに斬りかかったが、シーリは少し頭をずらして攻撃を躱すと、素早く掌底を顎に叩き込んでその兵士を昏倒させてしまった。一瞬。すれ違うような僅かな時間で、しかも武器を触れさせる事もなく仲間が倒された事に、残りの兵士達に動揺が走る。そんな隙をシーリ達が見逃すはずもなく、彼女達は密集する兵達に襲いかかった。




「おらあっ!」




ハグリーが大槌を一閃させただけで、何人かまとめて武器や盾ごと弾き飛ばされる。彼の膂力と大槌の重量が加わっては受け止めるなど論外で、身を躱すのが精一杯なのだろう。隊列が崩れたところにレザールが突っ込み、手に持った槍を振り回して的確に叩き込んでいく。槍の柄や石突きを鎧のない部分に突き込まれた兵達は、武器を投げ出してその場にうずくまる。中には胃の中身をぶちまけながら転げ回る兵までいる。どうやら激しく内蔵を痛めたらしい。




「まったく……面倒な!」




リンは面倒な仕事を一刻も早く終わらせたいのか、同時に何人かの兵と切り結びつつ、彼等の武器を弾き飛ばしていく。殺す事なく武器だけ排除するなど、圧倒的技量差がなければ出来ない事だ。そして、そんな彼女達より凄まじい戦いを見せているのは、やはりシーリだった。




彼女は自らのスキル『衝撃』を密集した兵に放つと同時に崩れた隊列に飛び込み、剣を振り回して一瞬で数名を昏倒させると、怯んだ兵に対して野獣のように飛びかかった。もとよりシーリとコションの兵では力量差がありすぎる。俺のために戦える喜びを露わにしたシーリはいつもより動きの切れも良く、とても兵士達に止められるようなものではなかった。




時間にしたら五分と経っていないだろう。そんな僅かな時間だけで、威勢の良い台詞を吐いていた兵士達は全員が地に倒れ伏していた。痛みに呻く者、気絶したままピクリとも動かない者、怯えて震えている者など、反応は様々だったが、彼等にどちらが上なのかを理解させる事は出来たようだ。




この件があってから、兵士達が俺に対して反抗的な態度を取る事はなくなった。しかも予想もしていなかった事に、これはコションにも影響を与えていたようだ。彼は自らの誇る兵士達が、僅か四名の賞金稼ぎに叩きのめされた事に衝撃を受けたようで、しばらく口を開けっぱなしにして放心していた。爆弾の威力を目にしては従うほかない。しかし、まさか兵の質でも圧倒されると思っていなかったのだろう。そのおかげで彼の態度は改まり、俺に対して従順になった。これは嬉しい誤算だ。




村人達への説明を終えた後、俺達はコションの屋敷に集まりテーブルを囲む。と言っても食事のためではない。これからどこに向けて兵を向けるかを相談するためだ。それぞれが席に着くのを確認した後、コションが大きな地図をテーブルに広げた。それはこの辺り一帯の詳細な地図で、領主の名前は勿論、地形や高低差まで書かれた物だ。ここまで優れた地図を初めて見たのは俺を含めて何人か居たようで、皆一様に感心の声を上げる。誰が書いたか知らないが、大したものだ。




「さて、では軍議を始めようか。現在我々は大森林を拠点にして、ここと、ここ……を支配領域に治めた。守りに裂く数を除外すると、動員できる兵の数は百にも満たない」




頼まれもしないのに司会進行役を買って出たケニスの説明に、皆が一様に頷く。毎度毎度同じ事を説明するのもされるのも面倒だとは思うが、現状認識の共有を怠るわけにはいかない。




「我々には爆弾があるものの、現状それは秘匿するべき武器であり、おいそれと使うわけにはいかない。みだりに使って対抗する手段を編み出されてしまうのを避けるためだ。ここまでは良いね?」




特に誰も反論の声を上げないのを確認し、ケニスは話を続ける。




「そこで、次の目標をどうするか考えよう。大森林を出る前に、大きな街を攻略するのは力を蓄えてからと決めているからね。狙うのはコションと同規模の領地か、領主の居ない農村だ。今は少しでも兵の数を増やすべきだと思う」




ケニスの言葉を受け、俺は身を乗り出してテーブルに広げられた地図に目をやる。いくつかある領地を視界に治めている最中、その中にある一つの名前に目がとまった。




「……ここだ。次はここにするぞ」


「どれどれ……? うん? 名前もない村みたいだね。あまり戦力としては期待できそうにないけど、本当にそれで良いのかい?」




怪訝な表情を向けてくるケニス。しかし俺はそれに答えず、地図から視線を逸らさなかった。地図に書かれたこの地形。名前などなくても嫌と言うほど知っている。この農村こそ、俺が長年いじめ抜かれた村なのだから。




「ここで良い。誰が何と言おうと次の目標はここだ」


「……事情はよくわからないけど、ケイオスが言うならそこにしようか。では出撃は明日として、みんなも準備を始めてくれ。解散!」




ケニスの指示を受け、参加した面子がそれぞれ準備をするために食堂を後にしていく。様子のおかしい俺に興味津々なケニスだったが、敢えて触れる事なく彼も去って行った。どうやらアイツもある程度の気遣いは出来るようだ。




「ヴォルガー、ディウス、そして糞親父。あいつ等が今どんな状況になっているのか、この目で確かめてやろう。アンジュやワイズにも久しぶりに会いたいしな。世話になった恩を少しぐらい返してやろうじゃないか」




食堂で呟く俺の声は、誰も耳にする事なく虚しく響いていた。

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