第9話 屋敷にて
ヴィレジの屋敷に拠点を移してから数日が経った。その間俺は今まで当たり前に行って来た雑務から解放され、見た事も無い料理や初めて味わう酒などに舌鼓を打ち、至福の毎日を過ごしていた。
「ケイオス様、以前お話ししたスキル持ちの知人が招待に応じ、先ほど屋敷に到着いたしました。現在は別室でくつろいでおりますが、後程食事を与えますので、スキルの内容をそれとなく聞き出しておきます」
「わかった。上手くやれよ」
すっかり俺の下僕としての立ち振る舞いが板についたヴィレジが、部屋を訪れてくるなり平伏して目的の人物の来訪を告げる。俺とヴィレジの関係を老婆が随分と気にしていたようだが、今のところ直接問いただされた事は一度も無い。丁重に扱えと言われた手前、無礼を働いて主の不興を買う事を恐れているのだろう。俺は食事会が始まると同時に隣接した小部屋に移動し、ヴィレジと客の会話に耳を傾けた。
屋敷に招かれた客の容姿は40を超えるか超えないかと言った年齢の男で、でっぷりと肥えた体形のために、今にも着ている服のボタンがはじけ飛びそうだった。じっくりとその醜い体を凝視すると、確かにスキル持ち特有の反応が見られる。男は汚らしくクチャクチャと音を立てながら豚のように皿の上の料理を口いっぱいに頬張りながら、まだ全て飲み込まない内に用意されたワインをあおる。ドアの隙間からその様子を眺めていた俺は、本当に味の良し悪しが解っているのか疑問に思うほどだった。
「それで、急に会いたいとはどう言った心境の変化だ?お前とは以前の取引でもめて以来、疎遠になっていたと思うのだがな」
男は呼び出してきたヴィレジの意図が解ら無いようで、食事の内容よりも自分を呼んだ目的の方が気になるようだ。そんな男の態度に、ヴィレジは慌てず騒がず事前に打ち合わせた通りの返答を口にする。
「その事でだよ。以前の事はこちらにも非があった。いつまでも意地を張るより、お互いに歩み寄った方が利益になると思わないか?」
男は怪訝な表情を隠さず、ヴィレジの顔を凝視する。彼の知っているヴィレジとは、こんな殊勝な言葉を口にする男ではない。自分と比べて格下だと判断した相手には、とことん冷徹に振る舞う男のはずだ。そんな奴が商売のためとは言え、仲違いした相手に歩み寄ってくるのがいまいち信じられない思いだった。
「…まあその意見には同意するが、お前はそんなに金に困っているのか?」
「…恥ずかしい事にね。ある投資話に乗ってみたら、蓄えた財産のほとんどを持っていかれてしまったよ。だからこうして、恥を忍んで君に取引を持ち掛けている」
ヴィレジの話は真っ赤な嘘、出鱈目だ。奴の財産は全く目減りなどしていないし、投資話など俺のでっち上げに過ぎない。だが男はヴィレジの窮地に手を貸せばそれなりの利益が見込めるとでも思ったのか、特に熟考する事も無く話に乗ってきた。
「そう言う事なら、話を聞かないでもない。ただし、取り分には配慮してくれよ?」
「もちろんだ。では、我々の明るい未来のために乾杯しよう」
上機嫌になった男は次々と注がれた杯を空にしていく。出された料理も食べつくし、ただ酒を飲み続けること数時間、泥酔した男に対して初めてヴィレジがスキルの事を尋ね始めた。
「ところで、君の持つスキルとはどんな効果があるのだ?俺はスキルを持たぬ身だから、以前から興味があったんだ。良かったら教えてくれないか?」
「あぁ~、スキルね。スキル…俺のスキルはなぁ…幻術って言う素晴らしいもなんだ。そこに無い物をあるように見せたりする、凄いスキルなんだよ…凄いんだ…聞いてるか?」
半分眠りそうな男の口から、やっと目的であるスキルの効果を聞く事が出来た。たったこれだけ聞き出すために、何時間もドアに聞き耳を立てていなければならなかったのが苦痛でしょうがない。しかし話の内容にはとても興味をそそられた。幻術…要は幻で相手を混乱させるってスキルなんだろう。今の魅了も便利だが、万人に向けて常時使えると言う利便性は魅力的だった。
「奪ってみるか…」
完全に眠りに落ちた男を客室に寝かせる様にヴィレジに指示を出すと、俺はスキルを奪った後の為の準備に入った。まず何よりも金が要る。この数日で持ち運べるだけの現金はヴィレジに提供させていたし、換金出来そうな貴金属の類も旅装と一緒に持ち運べるようにしてある。後は武器と防具だ。女の力でも振り回せる程度の短剣と、上半身だけは守れそうな皮鎧も用意させた。これでいつでも逃げ出せると言う訳だ。
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泥酔した男の体は、目覚めた時に暴れ出さないようにベッドに縛り付けてある。それと同時にヴィレジも身動き出来ないように縛った上に猿轡で助けを呼べないようにしておいた。男からスキルを奪えば、ヴィレジにかけられていた魅了の効果も消滅するため、俺が無事に逃げ切るまでは時間を稼がせてもらおう。
客室に足を運ぶと、男は縛られている事にも気がつかない程大きなイビキをかきながら眠り込んでいた。目隠しをされ、猿轡で口を塞がれているのに気様なものだと思う。この様子では数発殴る蹴るしたところで目を覚ます事は無いはずだ。酒臭い呼気を吐き出す男に顔をしかめながら、俺はベッドの脇まで歩みより、右手に出現させた短剣を一気に男目がけて振り下ろした。
「ふぐぅ!」
短剣が男の体に突き刺さりスキルの吸収が始まると、男は自分の体に起きた異変に驚いて目が覚めたようだ…が、縛られたままでは逃げ出す事も抵抗する事も出来ず、目隠しのおかげで状況も把握できない。結果、男は唸り声を上げながら徐々にその体を縮ませるだけだ。はち切れそうな程肥え太った体は痩せこけていき、その体はまるで何日も飲まず食わずで生活した浮浪者のように細くなっていく。
男が体を縮ませるのと同時に、俺の身体にも変化が訪れる。胸元で隆起していた二つの膨らみは無くなり、長年見慣れた筋肉の少なく薄い胸板が姿を現し、股間には懐かしい感触が戻って来たのだ。男に戻れた事実に小躍りしたくなる気持ちを抑え、速やかに屋敷から脱出するために用意してあった荷物を担ぐ。小走りになりながら玄関まで向かうと、ヴィレジの部屋がある屋敷の奥からウーウーと唸る声が響いてくる。どうやら魅了の効果が切れてヴィレジが正気に戻ったようだ。
俺はそんな声を背後に聞きながら、居心地のいい屋敷を後に、新天地目指して走り出した。
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